第228話 ザスターン王国
冒険者ギルドはほどなく見つかった。
三階建ての大きな建物で、一階が受付とホール、それに酒場が併設されている。
中に入ると結構な数の客がいた。
どうやら、酒場は一般客も利用可能のようだ。
あるいは、冒険者と依頼者との相談でも使うのかもしれない。
「いらっしゃい、見ない顔だね」
奥の受付と思われるカウンターへ行くと、座っていたのは年かさの女性。四十歳かそのくらいだろうか。
「ファリウスに行く途上ではあるんだが、この街には十日ほど滞在する予定なんだ。それで、遺跡調査とかが出来ればと思って」
コウとエルフィナはそう言うと、『証の紋章』を出す。
その紋章の表を見て女性はまず驚き、裏を見て目を丸くしていた。
「驚いた。東からってだけでもびっくりだけど、しかもこのランクって」
銅ランクを持つ冒険者は滅多にいない。ましてコウは、近接と法術が銅。遠距離も黒だ。
エルフィナも遠距離は赤。これもそうそういる者ではない。
「またすごいけど……ファリウスってことは聖地巡礼?」
「そんなところだ。まあ俺たちは護衛だが」
「うん、まあそれは良いけど。遺跡ねぇ。でもここの遺跡は、ほぼ調査され尽くしているよ?」
その返答は予想はしていた。
事前に聞いた話では、このザルツレグにある遺跡は、ドルヴェグの様に地下深くにあるわけではなく、この街の地下がそもそも遺跡のようなものらしい。
つまりドルヴェグにあるそれより、遥かに行きやすい。
そのため、発見されてからすでに三百年ほど経っていることもあって、ほぼ調査され尽くしていて、めぼしい発見はもうここ百年ほどはないという。
ただそれは、あくまで入ることができる領域に限る。
あのドルヴェグの遺跡の様に、入ることができない場所がある可能性はあるのだ。
「とりあえず、その調査とかの資料が見てみたいんだが」
「冒険者なのに変わってるねぇ、あんたら。まあそういう物好き冒険者も、たまにこの街には来るけどね」
古代の遺跡にロマンを感じるという人種は、やはりどこにでもいるらしい。
彼女から資料館の場所を教えてもらった。
そこは、冒険者ギルドが運営している資料館らしく、冒険者であれば基本的に閲覧ができるらしい。
冒険者には基本最大限の配慮がされているという。
元々ザスターン王国は、この場所に発見されたカラナン遺跡を調査するために作られた小さなキャンプがその始まりだ。
千年ほど前にこの遺跡が発見されるまでは、ファリウスへの巡礼路はこのカラナン砂漠を避けて、少し南側を通る路が一般的だったらしい。
当初見つかっていた遺跡もそれはそれで貴重な情報が多く、かつドルヴェグの遺跡より行きやすいという利点から、古代の調査を行う人々がここに集まるようになり、いつの間にか大きな都市になったらしい。
人が集まれば当然、管理統治も必要になる。
当時の人々が話し合った結果、特に古い四つの家が一つの王家となって統治することになったという。これが四百年ほど前のことだ。
王国といっても、他国の様に王の後継者がその王の子供というわけではなく、その四つの家から適切な年齢の者が次の王に選任される。
地球で言えば有名どころだと神聖ローマ帝国の皇帝か。
違うのは、王を選ぶのが当事者自身であることと、この地がそこまで王権を欲するほど魅力的ではないという問題点か。
その四つの家とて、元は研究者の家系らしい。
そういう背景があるため、ザスターン王国は学究の都として栄えてきた。
他国からも積極的に研究者を受け入れ、遺跡の研究をはじめ、法術の研究などの一大都市となったのである。
かつては遺跡内部の調査のため、
ザスターン王国の産業は、主に二つ。
一つは砂漠特有の農業生産。
この国は王都であるザルツレグ以外は、わずかに小さな村が存在するだけの小国である。
領土と言えるのも、ほぼカラナン砂漠のみ。
ただ、この砂漠でも意外に作物は獲れるらしい。
コウなどは砂漠で農作物などできるのかと思ってしまうが、少なくともこのカラナン砂漠ではできるという。
そもそも、この砂漠はコウの知る地球の砂漠とは様相が違い過ぎた。
地球であれば、砂漠はどこであれ、昼は非常に高い気温になる一方、夜は冷え込むというのが定説だ。
コウはあまり詳しくはないが、砂漠では昼より夜に移動する方が普通だとは聞いたことがある。
ただ、この地ではそれは当てはまらない。
そもそもこの砂漠は、今の季節――つまり夏――の昼でも気温はコウの感覚では二十度程度。つまり非常に過ごしやすい。ただ、空気はとても乾燥しているので、とてもカラカラであるという印象だ。
そして夜はあろうことか、冬には河が凍り付くという。
時々冷え込むときは、春や秋でも凍るらしい。
つまり凄まじく寒い。
真夏でも、早朝だと水を張った桶に氷が張っていることがあるというのだから驚きだ。
砂漠の砂は非常にサラサラで、美しい砂丘を見せてくれるが、その実その砂はほとんど暑くなく、むしろ冷たいくらい。さらに夜は凍り付くほどの冷たさになる。
そのため、この地域では砂に食べ物を入れて保管するというのが一般的に行われているらしい。
そしてこの冷たさを利用した特殊な作物があるようだ。
もう一つが、遺跡の調査結果そのものだ。
このカラナン遺跡は層が深くなるほどに時代が古くなる、多層型の遺跡だ。
この遺跡が実際に利用されていたのは、おそらく千五百年ほど前までとされているが、その後この地は人から忘れ去られ、千年後に再び発見された。
何かしらの事情があって放棄されたのだと考えられており、それについては今も謎だ。
ただ、当時の記録によるとこの辺りは砂漠ではなかったことが
いずれにせよ、以後五百年もの間この遺跡は調査が進められ、現在ではほぼ研究しつくされた場所とされているが、その調査の膨大な資料はすさまじい量で、現在でもなお、新たな発見があるという。
特に大きいのは、この地にかつてあったと思われる施設の一つに、当時の法術研究に関するものがあって、これが現在では失われた技術であるらしい。
そのため、こと過去の法術技術の研究については、いまだに大陸第一の街であるという。
ちなみに現代の、
コウとしても、この過去の技術の中に、
すでに失われたとされる、
そして、コウ自身の中にあるかも知れない、
「遺跡自体にも行っては見るんですか?」
「そのつもりだ。けど、まずはせっかく先達の資料があるなら、見ておかない手はないからな」
するとエルフィナが、少しだけ複雑そうな顔になる。
「また私に……『フィオネラ』に反応する装置があるかも……ですね」
コウはそれにはすぐに返事は出来なかった。
エルフィナにとっては、自分の正体に不安を覚えてしまうものでもある。
一万年以上前にいたと思われる存在と、自分が誤認されるというのが、どういう気持ちになるのか、コウには正直に言えば分からない。
ただ、エルフィナはずっと、この世界ではありえないとされる能力を持っていて、それに悩むこともあった筈だ。
もし自分が、自分がこれまでに信じていた自分ではないと、その可能性を示されてしまえば――やはりどうしても、気持ちが不安定になるのは仕方ない。
ドルヴェグでも不安を吐露していたし、あの時は持ち直してはいるが、やはりどうしても気にはなるのだろう。
あの時ほどに不安にはなってないようだが。
「大丈夫だ。何があろうがエルフィナはエルフィナだ。それに、エルスベルの情報は……多分俺たちには必要なんだと思うし」
「分かってます。ずっと一緒にいるためですから」
エルフィナはそう言うと、コウの腕を抱き込んだ。
その様子に、思わずコウの頬が緩む。
「さ、行きましょう。でも、ほどなくお昼ですから、この街の特産品であるヤウェル焼きも食べるのです!」
とりあえずなんであるか分からないが、相変わらずの食べ物への執心に笑みをこぼしつつ、コウとエルフィナは資料館に向かうのだった。
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