第227話 砂漠の街

 ロンデット族が住まう荒地――後で知ったがそのままロンデット台地というらしい――を抜けると、景色が一変した。

 レフテール河からこっち、荒地とはいってもそれなりに草などはあり、水場などもあったのが、ほとんどなくなる。

 やがて見えてきたのは、乾いた大地。

 土というより砂という方が正しいそれは、コウは以前パリウスにいた頃に見たことがある。


「カラナン砂漠。東部にあるというキュペル砂漠ほどの大きさはないが、ほぼ完全に砂しか存在しないという点では、あちらより厳しい大地だな」


 ランベルトが説明してくれる。

 話によると、ほぼ直径二百キロ四百メルテ程度の砂漠で、大きさとしてはそれほどではない。

 また、中央にカラナン河というそこそこの大きさの河があり、法術具を使わずとも水を得られるので都市が建設される要件も満たしている。

 そしてそこにあるのが、ザスターン王国の王都、ザルツレグだ。


 砂漠の真ん中に人口十万人をも抱えている大都市だという。

 こんな場所に都市を造らなくてもいいのでは、と思ってしまうが、それには理由があった。


「ザルツレグは、古代遺跡の上に建設されているんだったか?」

「コウ、よく知ってるな。……まあ興味があったから調べてたのか」

「ああ。遺跡といえばドルヴェグ王国が有名だが、ここの遺跡もおそらく相当に古い。一説には、神殿の歴史と同じくらい古い時代のものとも云われていると聞いた」

「らしいな。まあ……私はあまり興味がなかったから、前回来た時は軽く滞在しただけだったんだが」


 ザスターン王国の王都ザルツレグといえば、古代の研究が盛んなことで知られた学究都市として名高い。

 かつては大陸中の智者がここで学んだという。

 もっとも現在は、帝都ヴェンテンブルグの方が規模も設備も上な上に、ドルヴェグへの調査もしやすいということであちらの方が学究都市としても知られているが、このザルツレグに来るという者も少なくはないらしい。


 その理由が、古代から伝わる膨大な蔵書にあるとはコウも知ってはいたが、遺跡が、それもあるいはエルスベル時代に踏み込むような遺跡があるとは知らなかった。


「なんか目の色が変わったな、コウ。やはり冒険者としては魅力的か」

「まあ、な。過去の、それもそんな古い時代のことを調べられるというのは楽しいのは否定しない」


 実際のところはもっと切実な問題もある。

 エルスベル――統一国家エルスベルが一万年前に消滅したのは間違いない。

 そしてその時に、悪魔ギリルの大襲来があったのも確実だ。

 そしてそこから千年。

 ヴェンテンブルグ近郊の湖の底にあった遺跡から、少なくとも千年もの間一部の子供たちが隔離されて生き延びていた――正しくは保護されていたのは間違いない。

 その結果、妖精族フェリアへと変化した可能性まで見出されている。


 もし、このザルツレグにあるという遺跡が、あの湖底遺跡やドルヴェグにあったあの遺跡と同時代のものであるならば、新しい情報が手に入る可能性もあるのだ。


 正直に言えば、エルスベルについて調べる、積極的な理由はコウにはない。無論、エルフィナにも――神王エフィタスフィオネラと誤認される問題はあるが――ない。

 ただ、なぜかコウは、このエルスベルについて調べることが、地球との接点を見つけるカギになる気がしているのだ。

 それはあるいは、今より遥かに進んだ――地球の科学文明すら上回るほどの――文明なら、あるいは竜にすら叶わない世界を越えることを可能にするという気がするからか。


 そして後もう一つが、原初文字テリオンルーンのことだ。

 現在ほとんど伝わってないとされる、一度はエルフィナの命を奪った原初文字テリオンルーン

 教団の誰かに使い手がいるのは、おそらく間違いはないとコウは睨んでいる。あのバーランドのグライズ王子の協力者には、おそらく真界教団エルラトヴァーリーがいたのは確実だ。


 おそらくはあの欠陥品の天与法印セルディックルナールを埋め込む技術も、真界教団エルラトヴァーリーによってもたらされた可能性は否定できない。

 あの遺跡から発掘したような感じではあったが、あの遺跡の存在を教えられた可能性は高いだろう。


 いずれにせよ、そうなると真界教団エルラトヴァーリーに迫る鍵も、やはりエルスベルにある可能性がある。

 エルスベル時代に原初文字テリオンルーンについての知見があったかどうかは分からないが、あの国民すべてが天与法印セルディックルナールを扱っていたような文明だ。

 当然、文字ルーンに対する知識も、今より高くても不思議はない。そもそも、法術クリフ自体、エルスベル時代の技術であるというのが定説だ。


 ともあれ、このザルツレグであれば、その古代の知識を紐解ける可能性がある。

 これはこの旅が始まる最初から話していた話で、このザルツレグには数日間は滞在する予定だ。

 もっとも、これには他の理由もあった。


「じゃあ、ミレアは……戻るのは十日後か」

「そうですね。移動含めてそのくらいに。すみません。従司祭なのに」

「いや、構わない。コウ達もこの街に用事があるらしいし、ここまでかなり強行軍で来てたからな。少しゆっくりするのもいいだろう」


 ミレアは、このザスターン王国が故郷だという。

 実家はザルツレグではなく、少し離れたところにある村らしい。

 ここまで来たので、折角だから里帰りするという。

 片道三日ほどかかるらしく、それなら、ということで十日後に再集合となった。


 ヴェンテンブルグを出発して、すでに二カ月余りが経過していた。

 ここまでは、ほぼ予定通り順調とはいえ、十分な休息をとった期間はあまりない。

 補給のために一日二日は停泊することはあっても、基本移動のし通しだ。さすがに、目に見えない疲労がたまってきている時期でもある。


 ザスターンから先は、数日西に向かった後、エルファル河という河の上流から再び船に乗る。この河はそのままランカート王国の王都まで通じていて、船の上では十日から半月は過ごす予定だ。

 その前にも、十分疲労を回復させておきたいというのもある。


「コウ達はとりあえず調べものか」

「ああ。ちょっと色々とな。古い時代のことを調べたいというのもある。ランベルトはどうするんだ?」

「私は神殿を手伝うよ。ここの司祭様は父の古い友人だしな」

「ティナちゃんはどうするの?」


 エルフィナに問われたティナは、うーん、と考え込む。

 神殿にいても退屈なだけだろうが、調べものメインのコウやエルフィナと一緒というのも、それはそれで、というところなのだろう。

 なんのかんのいって、まだ十一歳の少女だ。


「私もランベルトお兄ちゃん手伝うよ。私、この先神殿に入るんでしょう? なら、お仕事覚えないとだし」


 その答えは、まさしく模範的と言っていいものだったが、かといってそれをティナが心底望んでいるかといえば――多分違う。

 それは、この場にいる三人にはわかりやすすぎるほどに分かった。


「ティナ。十日間全部というわけにはいかないが……そうだな。何回かはこの街や周辺の名所とかを見てまわろう。俺も、ずっと調べ物をしていたら気が滅入るからな」

「そうですね。私もずっとそうしてたら、多分……寝ます」


 実際、エルフィナはずっと調べもので籠ってるのは無理だと思っていたというのもある。

 ただ、その言葉にティナはすごく嬉しそうな顔になった。


「いいの? お兄ちゃんたち、忙しいんじゃないの?」

「いいさ。棍を詰めれば成果が上がるというものでもないしな。ま、とりあえず今日は、色々情報集めはしたいところだが」


 時刻はまだ十二時前。

 この辺りは時間がかなり遅いので、お昼ごはんまではまだ二時間ほどある。


「じゃあコウ達はこのまま自分たちの都合を優先してくれ。俺は神殿に行くが……ティナはどうする?」

「うーん。今はランベルトお兄ちゃんについてく。ちゃんと神殿長にもご挨拶したいし」

「わかった。それじゃあ、とりあえずは……ギルドか」

「ですね。じゃ、ティナちゃん、またあとで」

「昼食時には神殿に行く。ランベルト、後は頼む」

「任された」


 それに頷くと、コウとエルフィナは馬車を降りる。

 ギルドの場所は道すがら聞けばいい。

 この街はそれほど大きくはないので、探すのは難しくない。


 去っていく馬車を見送ってから、コウとエルフィナはお互いに向き合った。


「さて、とりあえずギルド探しつつ、だな。……そういえば、この街も名物料理とかあるのか?」

「もちろん。それも楽しみです」

「……後で聞くことにするよ」


 コウが苦笑しつつ応える。

 それに少し不満そうな顔をしたエルフィナだが、すぐ笑顔に戻るとコウの腕を取って、歩き始めるのだった。

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