第225話 遺恨解消

「ケイネイオン、何をしている!! すぐ戻るぞ!!」


 いきなり入ってきたガリアスは凄まじい剣幕で迫ってくる。

 ガリアスは今年で五十二歳。

 背はそれほどではないが、若い頃から鍛えていたであろう身体はまさに筋骨隆々という感じで、豪奢な衣服をまとっていても、その内側の肉体が鍛えられているのがよくわかる。身長も二メートル四十セテス近い。


 それが凄い剣幕で迫ってくるのだから、その威圧感はかなりのものだ。

 ケイネイオンはどちらかというと線が細く、父親にはあまり似ていない。おそらく母親に似ているのだろう。

 だがそれでも、迫ってくる父親に対して、アミスタを庇うように立つと、真っ向からその視線を受け止めていた。


「父上に報告があります。私はたった今、アミスタを妻とすることを宣誓し、神々がこれを認めました。たとえ父上がなんと言おうが、私の妻はこのアミスタ以外にはいません!」


 その言葉を聞いて、ガリアスは唖然とした顔になり、それがやがて文字通り真っ赤に染まっていく。


「なんてことを!! 神官殿、その宣誓は無効だ!! すぐ取り消してくれ!!」

「オルスバーグ国王陛下。いくら国王陛下御自身の言葉であっても、それが認められないのは、よくご存じでしょう。この二人は神々にお互いが夫婦であることを誓い、神々がその誓いに偽りはないことをお認めになった。その結果は、絶対です」


 なおも食い下がるガリアスに対して、しかし神官は穏やかに応じている。

 一方でコウはなるほど、と納得もしていた。


 つまりこの儀式は、奇跡ミルチェによって、二人の誓いが嘘偽りなく、本心からのものであるのかを判断しているという事のようだ。

 結婚には経済的な事情や家柄などの問題になるのだろうが、いずれにせよ夫婦となるにはお互いが夫婦になることを納得してることが絶対条件になるということだろう。

 このように強引に儀式を実行するのは稀だろうが、借金のカタに結婚させられる、といった場合はおそらくこれが認められないに違いない。

 王位や公爵位の継承と同様、曖昧だが確実な判定がされているのだろう。


「しかしこれ……どうなるんだ?」

「私に聞かれても……」

「正直後は、当人同士の問題という気がするが……お?」


 ランベルトの声に、コウとエルフィナが言い争ってる渦中に視線を戻すと、イルザークが割って入ってきていた。


「オルスバーグ王……いや、ガリアスよ。いつまでもいがみ合っても仕方あるまい。そもそも、お前の父はもうお互いこだわってなどいなかったではないか」


 どうやら、少なくともイルザークの方はオルスバーグ王国への確執などないようだ。むしろ、その話かける態度は、国王同士というより、友人のような気安さも見える。

 だが、それに対して、ガリアスは顔を文字通り真っ赤にして怒鳴り声をあげた。


「お、お前がいうなぁ!!」

「ガ、ガリアス!?」


 この反応はイルザークにも予想外だったらしい。

 驚いて数歩後退あとずさる。


「そもそもお前が……お前がいたから……」

「ガリアス……?」


 ガリアスはぶるぶると肩を震わせている。

 その様子は、どちらかというと国王という感じではない。


「どうなってるんだ……?」


 コウからすれば、流血沙汰にさえならなければいいと思っているのだが、それにしても雰囲気が異様だ。

 少なくとも、ガリアスは本気で怒っているようには見える。

 ただそれは、あくまで国王としてではなく、一人の人間として、だ。

 いわば、オルスバーグ王家とかグレンベル王家とかではなく、イルザークという個人に対しての怒りがあるように見えるのだ。


「あの話ってこの二人だったのかな……もしかして」

「ランベルト?」

「ああ。私が学生だった頃に聞いた話なんだけどな……」


 ランベルトによると、かつて学院に二人の帝国に属する王国の王位継承権者がいたらしい。

 お互い隣国の王子であり、同じ帝国に属する者同士、意気投合したという。

 ただ、そのうちの一人が、後に入学した女性に一目惚れしてしまう。

 その女性は、もう一人の方の知り合いという形で知り合ったらしいが――実際には婚約者だったらしい。

 当然、彼の恋は実ることはなく。というか婚約者だった事実を知って意気消沈して学院を早々に去り――その後王位を継いだという。


「どこのラブコメだそれは」

「は?」

「……すまん、何でもない」


 思わずコウは日本語で悪態をついてしまっていた。

 意味がある程度わかったらしいエルフィナも、何とも言えない表情をしている。

 おそらく似たような感想を持っているのだろう。


「それがまさかこの二人と?」

「あの話がいつの時代の話なのかは伝わってなかったんだ。なんだが、妙に具体的だったからな……あのお二人だとしたら、せいぜい三十数年前。だとすると納得もできるんだが」


 そもそも、何も言わずに去ったというのに、その後に一目惚れしていたとされているあたり、どっかで漏れたということになる。

 もしこの二人のことだとすれば、とんだ醜聞という気がする。むしろ羞聞しゅうぶんか。そんな言葉はなかったと思うが。


 その間にもガリアスがエスカレートしていて、一方のイルザークは困惑気味だ。もはや息子のケイネイオンすら放置されている。


「その話が本当だとしたら、オルスバーグ王家がグレンベル王家を敵視している理由って……」

「かもな。違うと思いたいが、あれを見てると本当にそれな気がする」


 だから、本当に王家と一部だけなのか。

 コウとしても、記憶する限りこんな事情で敵対する国は見たことがない。

 いや、実際には国としては敵対していなかったわけで、そういう意味では――やはりよくわからない。


「……これ、どうするんだ、この先」

「コウ。俺に聞くな。俺も分からん。やはりこういうのは女性に意見を聞きたいな。ミレア、どうだろう」


 突然話を振られたミレアは、呆然として、それからゆっくりと首を横に振る。


「これをどうしろというのですか、という感じです。第一、仮にも国王の地位にある方に、私などが意見できるわけないでしょう」

「それもそうか。私も所詮は一神官だしな。やはりここは、身分など関係ない、かつ皇帝陛下にも認められた冒険者の出番か」

「ちょっとまて。体よくこっちに押し付けるな。神官だって立場は同じだろう」

「私だって困ります」


 エルフィナも首を振る。

 コウとしてもあの興奮気味のガリアスをなだめる方法などない。

 無理やり法術で眠らせるなどは不可能ではないが、どう考えても不敬罪直行便だろう。いくら冒険者が権力におもねることがないとはいえ、さすがにまずいと思う。


「どうにかなる状況じゃないだろ……これ」

「まあいつまでも言い合えるはずもないし、そのうち……ん?」


 ランベルトが怪訝そうな顔になる。

 振り返ると、なにやら言い合ってる二人に近付く人影があった。

 さっきまで居なかったから、いつの間にか聖堂に入ってきた人物らしい。

 背は大分小さい。子供かとも思ったが、背の低い女性のようだ――と思ったら。


 スパーン、と。

 小気味良いとすら思える音が、聖堂に響き渡った。


「え?」


 エルフィナが唖然としている。横でずっと黙ってみていたティナも同じで、コウも全く同じだ。

 音は、人の頬が平手で叩かれた音。

 音の発生源がガリアスの頬だと理解するのに、誰もがしばらくの時間を要した。

 さすがに、いきなり国王を平手打ちする者がいるなど、誰も考えない。


「あ・な・た? 何をなさってるのですか?」


 突然頬をはたかれたガリアスは茫然と、自分の頬をはたいた人物を見やった。

 背の高さは、ガリアスより頭二つは低い。頬をはたくのにも手を伸ばしてさらに背伸びをしないと難しいと思えるほどの差だ。

 エルフィナより背が低いくらいである。

 纏っている服やその背丈から、女性であることはすぐわかるが、その背の小さな女性に、ガリアスがむしろ圧倒されているようにすら見えた。


「ま、まて。なぜおまえがここに……」

「あなたが城を出たというから、追ってきたんです。まったく、政務も放り出して何日も……まあ、オルスバーグ王国の行政官は優秀ですから、半月くらい国王不在でも大丈夫でしょうけどね。でも、かといってこの勝手はひどすぎますね」


 たじたじとなるガリアスに対して、女性はなおもずい、と前に出る。


「まて、ファティマ。これには訳が……」


 ファティマと呼ばれた女性が睨むと、それ以上言葉が続かない。


「ああ、あの方がオルスバーグ王妃、ファティマ様か」

「まあ、王妃だろうとは思ったが……」


 文字通り凸凹夫婦だ。

 挙句に、どちらが強いかといえば小さい王妃の方なのも明白。

 完全に何も言えなくなって押し黙ってしまったガリアスを見て、イルザークが割って入った。


「ファティマ殿、お久しぶりだ。貴女が突然いらっしゃるとは驚いたが……」

「イルザーク陛下。こちらこそお久しぶりです。この度は素晴らしいご息女を我が息子の嫁として認めていただき、心より御礼申し上げます」


 どうやらあちらも知り合いらしい。

 和やかに話している。


「……なあ、これって俺たちもう帰ってもいいんじゃないか?」


 コウとしては、何とも言えない気持ちになる。

 どう考えても自分たちの出番はない。

 そもそも普通に考えたら、王都から馬車で五日もかかる距離を、王子、国王、王妃が別々に移動してきてる時点で、もはや訳が分からない。


 そうしてる間に、どうやら話し合いは終わったらしい。

 ケイネイオンがこちらにやってきた。


「その……すまない。うちの情けないところが全部出てしまった感じだが……」

「まあ、冒険者は守秘義務もあるからな……黙ってるよ」

「神殿も同じだ。まあ、別に言いふらす理由はないし……」

「お兄ちゃん、結婚おめでとう」


 ティナが色々ぶった切っていきなり祝辞を言う。

 だが、よく考えてみれば確かにその通りで、まず言うべきはそれだった。


「そういえば、それが先だな。ケイネイオン、アミスタ、おめでとう」

「ありがとうございます、ランベルト様」

「ありがとう、ランベルト」


 ランベルトに続いて、コウもエルフィナもミレアも祝辞を述べる。

 そうしてるうちに、小さな王妃に引かれて、一回り小さくなったようにすら見えるガリアスもやってきた。


「ランベルト様。この度は息子のために尽力下さり、感謝します」

「いえ、ファティマ殿下。私たちは旅の途中で、少しだけ手助けしただけです。むしろ、この決断を一気に行ったケイネイオンが凄いとは思いますし」

「この人には良く言って聞かせておきますから。さあ、戻りますよ。どうせあなたのことだから、単騎駆けで追ってたんでしょう。途中の街から馬車が来るように手配してますから、今日は宿で休んで、明日には戻りますよ」


 そういうと、ガリアスを引っ張ってさっさと立ち去ってしまう。

 その後に、ケイネイオンとアミスタが続く。


「一応補足しておくとな。ガリアス陛下は戦士としても非常に有名で、近隣でも随一の騎士として知られている。で、王妃であるファティマ殿下なんだが……あの方、飛行騎獣の乗り手なんだ」

「……なるほど」


 ランベルトの説明に、コウとエルフィナは思わず深々と頷いた。

 色々規格外な存在らしい。

 というか色んな意味でお腹いっぱいになった気分だ。


「この後……どうしようか」

「どうもこうも……予定通り旅を続けるんでいいんじゃないか?」


 コウの言葉に、たしかに、とランベルトが頷く。

 そこに近付いてくる者がいた。イルザークだ。


「ランベルト殿。此度は面倒ごとに巻き込んでしまい申し訳ない」

「いえいえ。旅のついででしたから。ケイネイオンは信頼できる男です。きっと、アミスタ殿を幸せにするでしょう」


 するとイルザークも嬉しそうに頷いた。


「うむ。わしもそう感じておる。ところで、旅のついでとのことだが……ファリウスに向かわれているのか?」

「ええ。色々事情があり」

「であれば、グレンベル王国まではわしも同行しよう。道中の安全は請け負うぞ」


 さすがに国王と王女だけで来てたわけではなく、中隊規模の軍を連れてきてはいたらしい。むしろ単独出来てるオルスバーグ国王夫妻が異様なのだろう。


「それはありがとうございます。助かります。いいよな、コウ」

「断る理由はないよ。どちらにせよ、同じ道を行くんだろう?」


 ある意味とんだ茶番劇に巻き込まれた気がするが、一行は無事、グレンベル王国までの旅路を進むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る