第224話 宣誓の儀

 ギシュトを出て五日目。

 特に道中何事もなく、一行はヴェーラント王国のかつての王都であるミルカに入った。ここまでは街道が非常に整備されていたので、本当にスムーズだった。


 ミルカはかつては十万もの人が住む大都市だったが、今の人口は二万人ほど。それなりの規模であるとはいえるが、この世界においては中小都市であることは否めない。

 ただ、かつての戦争でもこの街の中心近くにある大聖堂だけは無被害で残った――よほどのことがない限り神殿には普通手を出さないのがこの世界のルール――ため、今でも当時の威容を残しており、オルスバーグ王国、グレンベル王国両王都にある聖堂よりも、大きくて立派だという。

 現在のミルカがあるのは、聖堂のおかげと言ってもいい。


 ヴェーランド王国の建国は四百年ほど前。

 帝国に属するヤーラン王国の隣国でありながら、北部の起伏のある土地を利用して幾度かあった帝国の侵攻を食い止め、帝国の支配を跳ね除けてきた王国で、当時帝国としても厄介な存在ではあったようだ。


 しかし帝国の方針が時代と共に変化し、帝国は当面西側にあるヴェーランドに対して防衛体制だけ整えて侵攻しなくなった。内密に不可侵協定があったともされる。


 その後、肥大化した軍の圧政に苦しんでいた北部と、帝国に抗うためとして搾取され続けた南で叛乱が起きて王都ミルカが攻め滅ぼされ、ヴェーランド王国は消滅。

 その後継を巡って争っていたところを帝国に突かれて結局帝国に恭順することになったというわけだ。


 それでも、帝国の方針で王国の体制は維持されたのだから、ある意味では温情的だったのかもしれない。ただそれゆえに、両国は少なくとも当初、非常に仲が悪かったらしい。


「といっても、この話自体が二百年も前のことだからなぁ」


 ランベルトが半ば呆れ気味にぼやく。


「実際、別にオルスバーグ王国もグレンベル王国も、国民や大半の貴族はお互いを敵視していないんだ。してるのはホントに、王族とごく一部の貴族だけだ」

「問題はその急先鋒がお前の父親であることだろうな」


 オルスバーグ王ガリアス。

 彼がグレンベル王国を徹底的に敵視してるがゆえに、一部の貴族もそれに同調してるという。ただ、別に嫌っているだけで、戦争をしようということは――帝国同士だからそもそもできないが――ない。


「でもなんか妙なんだけどな。俺が子供の頃、祖父……つまり先代の国王に幼い時に聞いた話じゃ、別にグレンベル王国とはもう敵対してる感じはなかったんだよ。それが、父上は明確に嫌っててな」


 ケイネイオンのその話に、一行は不思議そうな顔になる。

 人間、怒りを何年も維持するのは結構難しい。

 そのうちどうでもよくなるからだ。

 無論、集団として怒りを抱えているならそれが世代を超えて受け継がれることもあるだろうし、実際、オルスバーグ王国とグレンベル王国は、数十年はお互いを嫌っていたらしい。


 とはいえ、同じ帝国に属する国同士。

 帝国の方針には逆らえないし、交易などは普通に行われる。

 結果、融和が進み、今では国民同士では全くお互いに対する嫌悪などないという。

 国民がそうなれば王家もいつまでも――となりそうなものだが、少なくとも現国王はグレンベル王家を毛嫌いしているらしい。


「なんか個人的事情でもあるのかな……っと、あれか。前に来た時も見たが、さほど大きいわけではないが美しいな」

「あれを大きいわけではないといえるのは、帝都に住むお前だからだと思うがな」


 ランベルトが普段いる帝都の大聖堂は、言うまでもなく大陸最大の聖堂だ。

 それに次ぐのは、アルガンド王国の王都アルガスにある大聖堂とされる。

 ちなみに、総本山とでもいうべき聖都ファリウスにある大聖堂は、そこまで大きなものではないという。


 実際、その聖堂は非常に美しかった。

 コウの感覚では、建築様式はどちらかというとイスラムの寺院の方が近い。

 ただ、とにかく白くて美しい。

 太陽の光を受けて、まるで聖堂自体が輝いて見えるかのようでもある。

 湾曲したドーム状の屋根の頂点にあるのは、この世界の信仰のシンボルでもある、円十字の飾り。


 そしてその敷地に入っていくと、別の馬車がすでに停車していた。

 それを見て、ケイネイオンが馬車を飛び出す。

 ケイネイオンが出た後に、向こうの馬車からも一人、鮮やかな赤い髪の女性が出てきた。


「アミスタ!!」

「ケイネイオン……久しぶりです。お元気でしたか?」


 二人は会うなりいきなり抱き合っている。

 なんとも情熱的だと驚くばかりだが――。


「彼女が?」

「ああ、グレンベル王国第二王女、アミスタ殿だ。俺も多少は知っている」


 コウの言葉にランベルトが答え、それから視線をずらし――目を見開いた。


「え……イルザーク陛下……?」

「え?」


 アミスタが出てきた馬車から出てきたのは、五十歳前後と思われる男性。

 しかしその纏う旅装は、明らかに身分の高いものだと分かるものだ。


「久しぶりだな、ケイネイオン王子。それと……ランベルト殿だったか。ご迷惑をおかけした」


 かなり髪に白いものが混じっているその人物こそ、クベルシア王イルザークその人だったのである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「驚きました。まさか国王陛下自らいらしてるとは」


 ランベルトが恭しく頭を下げる。

 コウとエルフィナもそれに倣った。

 一体これで何人目の国王だ、と思いたくなってくるが。


「なに、この場にはただの父親としてきただけだ。娘に必死に訴えられてな。ケイネイオン王子には以前一度だけ帝都でお会いしたことはあるが……いい若者になったようだ」

「やや走りすぎるきらいはありますが……そうですね。誇れる友人です」

「次期帝都神殿長にそう言っていただけると、親としても嬉しい。貴殿がもう一人の見届け人になっていただけるのか?」

「ええ。お二人の友人として、是非」


 イルザークは満足げに頷く。

 やがて、ランベルトが声をかけられて、聖堂の奥にある祭壇の方へ向かう。

 一方のコウは色々と当惑していた。


「なんていうか……そういえばあまりこっちの世界の結婚の制度知らないからな……結婚観もよくわからないし」

「コウの世界はどうだったんですか?」

「地域によって色々だ。俺のいた国は……それでも色々あったが、基本的には書類を行政に届け出れば結婚自体は成立する」

「書類出せば……ずいぶん簡単ですね。まあ、森妖精わたしたちも大概ですけど」

「そういえば聞いたことなかったな」


 コウにしてみれば、エルフィナとこの先も一緒にいるとなると――どの世界にいるかはともかく、エルフィナの結婚観は知っておきたいところではある。


森妖精エルフの場合、結構緩くて、夫婦になるという概念は結構希薄なんです。一緒に住んだら家族、という程度で。まあ人間エリルの文化の影響は受けてて、結婚という儀式を行うこともありますが、それはどちらかというと子供の親を定義するためなので、子供がいないとなんとなく『家族』になってる、という感じですね。なまじ寿命が長すぎる上に、子供は氏族全体で育てるのが森妖精エルフなので、氏族全体が家族という考えの方が強くて」


 そこまで話してから、エルフィナは一息ついて、何かを思い出すように顎に指をあてる。


「ただ、私は……前に話した通り少し特殊でしたので、両親に育てられました。その、文字ルーン適性が皆無だと分かるまでは普通でしたが、その後は氏族とも距離を置いてたので。それに考えてみたら、両親も他の家族よりも結びつきが強く思えましたから……やっぱり昔人間社会に出ていたんだと思います」

「なるほどな。まあ、異文化だと結婚に対する概念も違うからな……」

「共通してるのは、神々に誓うところですね。これだけは種族が違っても同じですし」


 確かに、大陸全土を同じ宗教が支配してるのがこのクレスティア大陸だ。

 一夫一妻制であるのも、神殿がそう定義しているからだという。


「あ、始まるみたいですよ」


 エルフィナに言われて、顔を上げると、神殿の祭壇の前にケイネイオンとアミスタが立っていた。


「ごく普通の服装でやるんだな」

「誓いが重要ですからね。コウの世界は違うんですか?」

「そうだな……特別な衣装を纏うのが一般的だ。地域にもよるが」

「それは多分、お披露目の時ですね。その時は特別だそうですが、宣誓の儀式はお互いのありのままを受け入れて誓いを交わすから、という理由で普段着の方が多いと聞きます。私も伝聞ですが」


 確かに、それはそれで納得ができる話だった。


 見てみると、祭壇の向こう側に神官が一人。これが多分この儀式を取り仕切る神官だろう。

 そして祭壇を挟んでこちらに背を向けているのが、ケイネイオンのアミスタ。

 その横に、ランベルトが立っている。


「大いなる神々、四大しだいの柱、それに従う数多の神々よ御照覧あれ。ここに今、新たな誓いを捧げ奉る――」


 結婚式といえば、どちらかというと華やかなものだと漠然と思っていたコウだが、この儀式はどちらかというと厳粛な気持ちにさせられた。

 文字通りの『誓いの儀式』だ。


 儀式は二人の宣誓に続いて、神官がなにやら神に祈るようにすると――光が溢れた。魔力の動きをわずかに感じたので、ほぼ間違いなく何かしらの奇跡ミルチェが行使されたのだろう。


「汝らの誓いが偽りではないこと、神々は確かに承認した。ここに、新たに夫婦が誕生したことを、神々の名において言祝ことほごう」


 神官のその言葉を享けて、ケイネイオンとアミスタの二人が恭しく頭を下げる。


「おめでとう、ケイネイオン、アミスタ」

「ありがとう、ランベルト。君がこの地を訪れてくれたからこそだ。本当に感謝する」


 どうやら儀式は終わったらしい。これで結婚が成立するのかと思うと、コウにとってはどこか不思議な気持ちになるが、考えてみれば書類一枚提出すれば成立する日本も大概な気はする。


「しかしこれからどうするんだ?」

「この誓いは父上でも反故にはできない。あとはもう、頑張って説得する――」

「ケイネイオン――!!」


 突然バン、と聖堂の扉が開く。

 現れたのは、イルザークとほぼ同年代と思われる男性。

 というよりこの様子からすると――。


「ち、父上!?」


 ケイネイオンが驚いているのをみて、コウもエルフィナも現れた人物が誰なのかが分かった。

 オルスバーグ王国の現国王、ガリアスが突然現れたのである。

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