第223話 王子の決意

 翌日。

 コウ達一行は、予定通りにギシュトを出発した。


 そして翌日の朝には予定通りギシュトを発った一行ではあるが。

 御者台にはいつもならランベルトかコウ、ミレアの誰か一人だけなのだが、今日はランベルトとコウが並んで座っている。

 ティナはもちろん馬車の中だが、ミレアも馬にまたがって外にいた。

 中にいるのはエルフィナとティナだけ――ではなく。


 街を出て、もう十分に離れたと思えたところで、ランベルトが馬車の中を覗き込む。


「ケイネイオン。多分もう大丈夫だとは思うぞ」


 ランベルトのその声にこたえて、椅子の上に積まれた毛布からもぞもぞと出てきたのは、ランベルトと同じくらいの年齢の男性だった。

 かなり赤みの強い髪に、同じく赤い瞳。容姿はまず整ってると言っていいほどで、体格的にはランベルトと同じくらい。


「しかし……ユミリア殿から話を聞いた時は本気かと思ったが……」

「すまん。こうでもしないと、街を出してもらえそうになかったからな」

「まあ俺たちは予定通りの旅程ではあるんだが……面倒ごとは勘弁してくれよ?」


 ランベルトはそういうが、これは十分面倒ごとではないかと、コウは思っている。


 ケイネイオン・ファルツハール。

 オルスバーグ王国の第一王子である。そして王太子、つまり次期王位継承者だ。

 ランベルトより一つ年上の二十六歳だが、彼はかつて帝都の学院でランベルトと共に学んだ、いわば学友らしい。

 帝都大神殿の長の息子と、帝国の一王国の王子。身分的にはそれほどおかしなものでもないのだろう。

 それで年齢も近いとなれば、友人になるのは不思議はない。


「ユミリア殿に話を聞いた時はどうしようかと思ったが」

「ランベルトがギシュトに来ていると聞いた時には俺も驚いたさ」

「よく俺たちがいると分かったな。別に王宮に行ったりはしてないはずだが……」

「俺も詳しくは聞いてないな。ただ、街でランベルトを偶然見たという事……だったよな、ユミリア」


 すると、もぞもぞと別の毛布のふくらみから人が這い出てきた。ユミリアである。

 ものすごく多くの毛布の中に入っていて、なかなか出てこられなかったらしい。

 主に寒さ故に。


「あの、なんかすごいたくさん食べる人がいるって楽し気な噂が街であって、気になって見に行ったら、ランベルト様がいたんです」


 その言葉に、コウとランベルトは顔を見合わせ、それから馬車の奥にいる二人の、この一行では最も身体の小さい少女と、次に体の小さい森妖精エルフを見た。

 その二人は、話に気付いてないのか二人でぼんやりと外を見ている。


「ああ、なるほどな。それなら納得だ」


 ランベルトとコウは思わずお互いに頷いてしまった。

 あの二人の食べっぷりはさぞ目立ったことだろう。


「で、事情は軽くユミリア嬢から聞いたが……」

「ああ。わからずやの父上ではどうしようもないからな」


 意気込むケイネイオンに対して、ランベルトはやや呆れたようにため息を吐いた。


 ユミリアの語った話によると、ケイネイオンは隣国であり、オルスバーグ王国とは仲が悪い――とされている――グレンベル王国の第二王女アミスタと恋仲だという。

 しかしその仲を、父でありオルスバーグ国王でもあるガリアスは認めてくれない。それならば、強引にでもアミスタを連れ帰って王子妃としての婚姻を済ませてしまおうというあまりにも大胆な計画だった。

 そしてその場所に、両国の中間地点であり、現在緩衝地帯とされているかつてのヴェーラント王国の旧王都、ミルカで行おうというのだ。


 この世界の、少なくとも人間エリルの婚姻制度は、基本的に神殿で夫婦となることを宣誓することで認められる。

 特に、奇跡を用いて神にその誓いを認められた結婚は絶対であり、法的な拘束力すら持つという。

 それゆえに、奇跡を扱うことができる神官のいる神殿へ『駆け落ち』する者もいるというくらいだ。


 ミルカにも当然神殿がある、というより、ミルカにある神殿は、オルスバーグ、グレンベルの両王都にある神殿よりも大きいのだ。そして、ミルカには奇跡を使える神官がいるのだという。

 さすがは元王都というべきか。


「事情は分からなくもないというか、お前がアミスタ殿と恋仲であるのは学生の頃から知っていたが……」


 ランベルトとケイネイオン、それにアミスタは共に帝都にある『ユルヴェル帝国学院』で学んだ間柄らしい。帝国のユルヴェル学院は、原型それ自体は八百年ほど前に作られた教育機関である。ユルヴェルというのは、当時の皇帝の妃の名前らしい。

 ただ、その当初の目的は、帝国が支配した貴族の子弟を教育を施すという名目で入学させ、実質人質にとるためのものだった。


 ただ、それから八百年の間に時代も変わり、帝国の在り様も当時のままではない。

 現在でも、その学院は存在しているが、実際に高度な学問を修めるための場として知られており、帝国に属する国の王族貴族はもちろん、他国からたまに入学する者がいる、西側では最高の教育機関として知られている。


 現皇帝プラウディスが即位して以降は、施設の拡充や教育内容などもより先進的なものに見直されており、優れた学者や法術士、政治家を多数輩出している。

 それだけではなく、優れた騎士としての鍛錬を積める場としても知られていて、名実ともに大陸最高学府ともされているらしい。

 元々、アルガンド王国のアルス王立学院も、この帝国ユルヴェル帝国学院をモデルにしたという。


 今でも多くの貴族の子弟が入学する学院だが、アルス王立学院同様、一般人でも試験に合格すれば入学することができる。

 昔はそれでも、貴族と平民では著しい差別があったらしいが、同じ帝国内でも帝国貴族と属領の王族、貴族とでの差など、内部では色々問題もあったという。

 ただ、それもプラウディス帝即位後は、それらの差別の撤廃は徹底されたらしい。

 とはいえ、家同士の軋轢というのはどこにでもある。


「その、敵国同士……とまでは言わないが、オルスバーグ王家とグレンベル王家は、昔から相容れない家同士と聞くが……」

「そうだな。俺も父上からずっとそう聞かされていたし、正直、学院に入る時にグレンベル王家の人間とだけは、絶対に付き合うことはないと思っていた」


 コウの言葉にケイネイオンはそう言って、皮肉そうな顔を向けるランベルトに、しかし満足げに笑って見せた。


「そんなものは、彼女にあったら忘れたな」

「そうだろうな。正直お前のアミスタ殿に対する熱の入れようは、見てて怖かったくらいだ」

「酷いな、ランベルト」


 二人の話によると、アミスタは現在二十三歳。類稀な美姫というわけではないらしいが、とにかくケイネイオンは一目ぼれしたらしい。

 そして在学中に何度も交際を申し込み、ついにはお互いの将来を誓い合ったという。どことなく正面から行くこの勢いはアルガンド貴族に通じるものがある気もするとコウなどは思ってしまったが。


「だが、父王の許可が出ないと?」

「ああ。だからもう、認めさせるしかないと思ってな。ランベルトならわかるだろう」


 言われたランベルトの方は複雑そうな顔になる。


 奇跡を用いた結婚の誓いには、実は証人が必要にある。

 そしてそれを、ケイネイオンはランベルトに頼んでいるらしい。

 証人は別に神官でなくても構わないらしいが、神官であればその誓いが真実であり、何者であろうともそれを否定できないという強い効果があるという。


「俺はよく知らないんだが、王子がこんなことやっていいのか?」

「コウ……いいわけないだろ。本来はな。まあ……ただ、俺もこいつのことはよく知ってるしな。これを決断するまでには色々悩みもあったんだろとは思うしな……」

「あったというか……諦めかけていた」

「そもそも、正攻法はダメだったのか? つまり先方とちゃんと話し合うというか」


 王家同士の結婚だ。

 普通ならお互いの王家が話し合うということは、普通行われるものだとコウなどは考えてしまう。これに関してはこの世界では違うということは多分ないはずだが。


「やったさ。父上にアミスタと結婚したいとも言ったし、グレンベル王イルザーク陛下からは、すでに許してもらえている」


 これはコウには予想外だった。

 相手の父親が認めているなら、日本的感覚ではよほどのことがない限りは大丈夫な気がするが。


「ところが、父上が頑なに認めてくれない。これでも、三年間説得したんだ」


 それは何とも我慢強い。


「もう王位も要らない。アミスタと一緒になれるなら、なんだってしてやる、という気持ちだったんだが……そこに、お前がいるとユミリアから聞いてな。直ぐ決断した」


 ここまで我慢してた割には、今回の計画自体は本当に行き当たりばったり立ったようだ。


「だが、行きたいのは旧王都だろう? アミスタ殿がいるのはグレンベルの王都じゃないのか?」

「そこは抜かりない。こうなった時のために、通信法術具をお互いに持っていたので、伝えてあるんだ」


 あの、ラクティ暗殺の依頼を受けた傭兵たちが持っていたようなものだろうか。

 使い捨てだが、かなりの距離でも手紙をやり取り出来るものではあるし、どこでも使えるという利点はある。安いものではないが、かといって高価すぎるわけでもない。


「しかし……結婚してその後どうするんだ?」

「さすがに父上でも神殿で奇跡ミルチェによって承認された宣誓による結婚を無効には出来ない。ならば、後はどうにでもなる。最悪、オルスバーグ王位継承権を放棄してもいい」

「お前……弟に全部押し付ける気か」


 話によると、オルスバーグ王国にはもう一人、ディオルという王子がいるらしい。

 確かにそれならむしろ兄弟での王位継承争い等が起きると面倒だろうからありかも知れないが――。


「ま、ディオルはまだ六歳だけどな。だがきっと、俺に似て聡明になる!」


 やはり何も考えてない気がする。

 猪突猛進度合いではアルガンド貴族といい勝負だ、とコウは酷く失礼な評価をしていた。


「何事もないと良いんだが……」


 コウが思わずつぶやくと、いつの間にか横に来ていたエルフィナが、クスクスと笑う。


「なんだ?」

「いえ。こういうトラブルなら、平和でいいな、と思いまして」

「……まあ、確かに」


 コウが苦笑いすると、エルフィナはその顔が面白かったのか、楽しそうに微笑んだ。

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