第222話 西側の政情

 ギシュトに入った一行は、まだ日が高かったこともあり、先に物資の補給対応を済ませてから、夕食にした。


 ランベルトお勧めの店というのは、オルスバーグ王国の郷土料理の店で、かなり美味しかった。

 オルスバーグ王国は隣国のヤーランから入ってくるチーズと、あとは魔獣を利用した料理が名物だという。

 魔獣と聞くとコウは一瞬身構えそうになるが、この世界では魔獣を利用した料理のことを狩猟料理ヴァスタールというらしい。話を聞く限り、地球で言うところのジビエに近い感覚のようだ。


 実際供された狩猟料理ヴァスタールは、野趣あふれる味ではあったがどれも美味しくて、コウはもちろんエルフィナやティナも大満足していた。つまりは大量に食べていたのだが。


 その後は神殿に移動して、明日には出発する。

 物資補給がすんなりいったおかげで、滞在日数を短縮できたのは大きい。

 部屋割りは当然だが男女別である。


「しかし……エルフィナさんとティナのお腹は、本当にどうなっているんだ……」

「知らん。俺はもう慣れたが……」

「どう考えても、俺たちの三倍は食べてるぞ……あの二人、どっちも身体は小さいのに……」


 最近分かってきたことだが、エルフィナとティナはどちらも多く食べるが、何でも食べるわけではない。無論、エルフィナに関してはよくわかっていたが、どうやらティナも同じで、とにかく美味しいと思うものをひたすら食べ続ける。

 なので、二人で同じものを食べ続けるわけでもない。


 人間だれしも、美味しいと思ったら食べたくなるし、その気持ちは分かる。

 ただ、物理的に胃の容量に限界に在るはずなのが、彼女らにはそれがない。少なくともあるとは思えないほどに食べる。

 いわば彼女らは、美味しいと思ったらいくらでも入ってしまうのだ。一瞬で消化しているのだろうかと思ってしまう。実際、彼女らが食べるのに飽きて、初めて食事が止まるのだ。


「それは置いておいて……まあ、オルスバーグ王国は平和だしな。ヤーランのようなことはないだろうから、すんなり通過できそうだ。南のグレンベルも、帝国と他国の境とはいっても、北西にあるネブライト王国と帝国の関係は良好だから、この先は平和な道中だと思うが」

「オルスバーグ王国とグレンベル王国が仲が悪いというのは?」

「それも王家や貴族同士がいがみ合ってるだけだ。実際、同じ帝国で隣国なんだから仲良くしろ、という話らしいが、よく帝都でもこの二国の貴族が衝突してる光景はよく見たよ」


 過去の遺恨というのは意外に根深くしつこいらしい。

 もっとも、地球でもそんなことで、というような争いはいくつもあったから、結局争いになる理由なんて大して重要でもないのだろう。


「そういえば、これから先に行く国の情勢って、どうなんだ?」


 コウも通り一遍のことは把握しているが、いかんせん基本的にアルス王立学院にいた頃に学んだ知識だ。もう半年以上前の話であり、しかもあちらにあった情報も最新とはいいがたい。


「ネブライト、ザスターン、ランカートと経由していくのは分かってるが……」

「最初に説明したとはいえ、すらすらと国名が出るだけでもさすがだけどな。冒険者とはいえ。まあ、そのあたりはおおむね平和だよ。今不穏なのは大陸よりむしろ島の方だな」


 クリスティア大陸の形は、西に行くほど北側に細くなっていて、その先に大きな島が一つ、その島と大陸に挟まれた、いわば内海的な場所にも大きな島が二つある。

 大陸の西側にある巨大島は、クリサリス島と呼ばれ、かつては大陸と繋がっていたともされる。

 実際、クリサリス島の北岸と、大陸との間の海峡は、その幅が四百キロ八百メルテ近くあるにも関わらず、大型船が航行できないほどの浅瀬が続くという。

 途中に小さな島――無人島だが――がいくつもあるので、小船でならむしろ渡れなくもないらしい。

 昔、帝国が橋を作るという話すらあったという。


 そしてそのクリサリス島には、三つの国がある。

 ちなみに最南部にもう一つ、かつては国があったのでは、とされている場所があるが、今は南部に住む者はいない。

 地質的に考えればそこは豊かな土地のはずなのだが、現在ではそこは氷に覆われていて、あらゆる存在が入ることすら出来ないという。

 伝承によれば、そこにこの世界三体目の竜が存在するのではとされている。


 そのクリサリス島の情勢は、かなり危ういらしい。

 帝国の支配もクリサリス島までは及ばず――かつては支配していたらしいが――詳しい情勢は分からないが、中央にあるヨーエンベルグ共和国というのが、北部にあるアルベリウス王国との戦争状態にあるという。


 元々クリサリス島は、かつては帝国と敵対したクリウス王国という一つの王国だったのが、島中央部がヨーエンベルグ共和国として独立し、南北に分かれてしまったために、アルベクリウス王国とネルテクリウス王国という二つの国になり、やがてそのままアルベリウス王国、ネルテリウス王国という名前になってしまったのである。

 そのため、この二国はヨーエンベルグ共和国――かつてのクリウス王国の王都はこの国の王都――を滅ぼして、再びクリウス王国の復活を国是として掲げているが、国の力はヨーエンベルグ共和国の方が強いらしく、手が出せないまま百年あまりが経過したら、むしろ手を出されたというわけだ。


「まあ、海の向こう側の話ではあるからな。大陸にはそうそう影響はない」

「この世界も色々あるんだな……」


 国の数が地球より遥かに少ないのだから仲良くしろと言いたくなるが、人間、三人集まれば派閥ができるという話すらある。

 結局多い少ないに関わらず、こういう問題は起きるのだろう。


「クリサリス島の情勢は不穏だが、大陸西部は平穏そのものだ。まあ、教団ヴァーリーの暗躍は気になるけどな……ヤーランに手を出していたとは驚いたが」

「他の地域でも何かあると用心はすべきだろうな」

「だな。帝国は東西よりむしろ南北に大きいからな。もっとも、そのあたりを考えるのは陛下やそれこそ巡検士アライアの仕事なんだろうが。俺たちは先ず、ティナをファリウスに連れて行かないとな」

「そうだな……」


 神子エフィタスであるティナがファリウスに着いて何かが変わるとも思えないが、少なくとも真界教団エルラトヴァーリーがティナを狙っているのが確実である以上、ティナをあるべき場所に連れて行くのは必須事項だろう。

 人間、できることはそんなに多くはない。少なくとも、コウやエルフィナが今すべきことは、ティナを無事ファリウスに送り届けることだ。


 その時、コンコン、と扉を叩く音が響いた。


「誰だ?」

「エルフィナです。ミレアさん、来てます?」

「いや?」


 扉を開けると、エルフィナとティナが立っていた。

 どちらももう寝るつもりなのだろう。

 外套などは来ておらず、緩やかなローブだけだ。


「ちょっと出てくる、といって……もう半時間ほど経つので少し心配になって」


 時刻は二十一時を過ぎている。この時間だと、そろそろ夜半までやってる酒を提供する食事処ティルナ以外は、店もほとんど開いていない。


「こっちには一度も来てないな。確かに……どこに行ったんだ?」


 ランベルトも少し不思議そうな顔になる。

 実際、ミレアが個人的に用事があるなど、ランベルトにも思いつかなかった。

 ミレアは従司祭という立場で、今回に関しては基本的にランベルトの補佐および護衛役という立ち位置で、独自に動く理由はほとんどないはずなのだが――。


「あの、皆さんどうしました?」

「あ、ミレアさん。いえ、出かけたまま戻ってこないから心配してて」

「うん。ミレアお姉ちゃん、どこ行ってたの?」

「ああ……すみません。受け取りに時間かかってまして」


 そう言うと、ミレアは懐から短剣を取り出した。


「昼のうちに、少し傷が目立っていたので研ぎ直しを頼んでいたのです。食事の後受け取りに行くのを忘れてたので。もうお店は閉まってましたが」

「明日でもよかっただろう。この街は比較的安全だとは思うが、夜中に女性が一人で歩くのは良くない」

「ランベルト様。私、そこまで心配されるほどでは……」

「良くない。いいな」

「はい。わかりました」


 どうやら本当に心配していたらしいと分かって、ミレアも殊勝に頷いた。

 それを見て、とりあえずランベルトが安堵した様になったところで、ミレアが少し横にどくと、さらにもう一人の人影が現れた。

 年齢はコウよりは少し年上というところか。

 背はミレアとエルフィナのちょうど間くらいで、亜麻色の髪が、肩より少し長いくらいで切り揃えられている。やや暗いので、瞳の色は分かりにくい。

 服装は、どちらかというと使用人の類の様に見えた。


「彼女は?」

「街でお会いしたのですが、ランベルト様にお会いしたいという方で」


 ミレアがやや困惑気味に答える。

 すると女性の方が進み出て、ランベルトを見上げた。


「ランベルト・エヴァンス様、ですよね?」

「そうだが、君は……ん? いや、確か……ユミリア殿?」

「覚えていて下さっていたのですか。はい、ケイネイオン様にお仕えする、ユミリアです」

「お久しぶりだ。ケイネイオン殿はお元気か?」


 ランベルトだけは突然現れた女性の正体が分かっているらしい。

 とはいえ、そのユミリアと呼ばれた女性が、何か問題を抱えているだろうことだけは、他の者にも分かった。それほどに、深刻な表情をしているのだ。


「はい。ですが……その事で、ランベルト様にご相談があるんです」


 ユミリアは、そう言うとなおも深刻な表情のまま、ランベルトと、それからその場にいる一行を見渡した。

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