確執と融和
第221話 二つの王国
ヤーラン王国を出てから、四日が過ぎた。
クベルシアから西は山岳地帯とまでは言わないまでも、山がちな地形で馬車が通れるような道は多くはない。
ただ、そこを二日も行くと、また再び平原に出た。
ヤーラン王国のような広大な平原ではなく、比較的起伏に富んだ大地ではあるが、ところどころに村があり、豊かな農耕地帯らしい。
「次はオルスバーグ王国……でしたっけ」
「だな。そこから南に行って、グレンベル王国を抜ける。オルスバーグ王国から北西に向かった方が近道なのは確かなのだが、あの地域は荒れ果てた土地の上に魔獣などが多くて、まともな街道が整備されていないからな」
エルフィナの質問にランベルトが答えていた。
コウは、頭の中で地図を思い出している。
確かに地図上だと、オルスバーグ王国から北西に行った方が早い。
まっすぐ西を目指せないのは、途中に高峰が連なるアイクス山脈があるからだ。これは、ロンザスほどではないが
ロンザスを越えてきた二人としては、自分達だけならともかく、ティナまで連れてあのような道を行くつもりは全くない。
オルスバーグ王国は、建国は二百年あまり前。ちなみにその南――オルスバーグ王国の次の目的地でもある――グレンベル王国もほぼ同じ時期だ。
この二国は元は一つのヴェーラントという国だったらしい。
それが内戦で二つに分かれたというか、正しくは王家に対して叛乱を起こして、王家が打倒された。
ところがこの叛乱は二カ所で同時に発生し、両軍が同時に王都を攻め滅ぼしたのである。
結果、王都はほぼ廃墟となって、現在では小さな街が残るのみ。
そして王家を打倒した両勢力は、どちらもヴェーラント王国の後継を主張し、譲らなかった。結果、そのまま南北に分かれて争うようになったのだが、帝国としてはヤーランの隣がそのような状態にあるのを歓迎するはずもなく、結果、ヴェーラント王国は帝国の侵攻を受けて帝国に臣従することとなった。
なおこの際、北部南部共に、が帝国と密約を交わして相手を滅ぼし、帝国に臣従する代わりにヴェーラント王国の承継を認めてもらうという目論見だったらしいが、実質そこを帝国に利用された形ともいえる。
そして帝国は、両国を別の国として成立させ、どちらも帝国に加えるというところを落としどころにしたのである。
この経緯があるからか、両国ともに軍事力には力を入れている。
表向きの名目は、北部オルスバーグは北方の魔獣対策のため。南部グレンベルはその隣国は帝国ではないため、実質最前線となるので、その防衛のため――だが。
当然両国ともにとても仲が悪いらしい。
両国共に帝国の傘下にあるため、直接には干戈を交える事態にはなっていないが、少なくとも王家はかなりいがみ合っているというのが、もっぱらの話だが――。
「実のところ、二百年も前の話だからな。今じゃ、少なくとも国民同士は別にいがみ合ったりしたりはしてないんだよ」
ランベルトが御者台からそう説明してくれた。
実際、元は同じ国の国民だったのだ。民からすれば、上の支配者が変わったというだけの話だったのかもしれない。
「じゃあ今は仲良し……だったらそんな話にはならないよね?」
「そうだな、ティナ。今でも王家同士はお互いにいがみ合ってる……らしいんだが」
ランベルトが複雑そうな顔になる。
「どうした?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。まあ根が深い問題だからな。今回はさっさと通過して、ヤーランのようなトラブルはなしで行きたい」
ランベルトの言葉に、エルフィナがすっとコウに顔を寄せた。
「これ、どう考えても『フラグ』ですよね」
「……だからそういうのはやめろと」
そういうエルフィナこそ、まさに『フラグ』だ。
それに前回のヤーランは大騒ぎこそあったが、旅程は予定通りだったので、その意味では大変だったというだけだ。
そう思うことにする。
コウは一抹の不安を感じつつ、馬車が向かう先に見え始めた都市を見やるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オルスベール王国の王都ギシュトは、人口は七万人ほどとされる。
王都ギシュトは北西側に大きな山を抱えた場所にあって、街の面積はあまり広くはない、やや階段状の都市だ。
この辺りはやや気温が低めではあるとはいえ、比較的温暖で、かつアイクス山脈からの地下水で豊富なので、農耕が盛んな地域である。
実際、帝国でもこのオルスバーグ王国とグレンベル王国は、帝都方面の食料を支えている地域ともされていた。
主な生産物は
街の雰囲気は、パリウスが一番近いかもしれない。
どこかのどかな雰囲気がある。
建築様式なども近い。
(そういえば、ヤーランみたいな一部を除けば、この世界の建物ってほとんど同じだよな)
基本、木の枠組みに石材を詰む。または木の枠組みに木の板の壁を貼る。または木材そのものを積み上げる。この辺りは変わることはない。
ただ、地球と大きく異なる点は、特に高い建造物を建てる際には法術を併用するところだろう。
法術による石材や木材の変形や癒着、接合などで強度を大幅に高めるのだ。
この世界でも、火山の影響で地震がある地域もある。
よってある程度の耐震性は配慮した建造がされるのが一般的だ。
王宮などの建物であれば、五層以上の構造を持つことも珍しくなく、尖塔などはそれよりはるかに高い。地上
一般の家は基本的には二層程度が多いが、場合によっては五層くらいある建物もある。どの世界だろうが、利便性のいい場所に住みたい、あるいは店を構えたいという要望に対して、家を高くして対応するのは同じらしい。
ただ、この世界の場合は実は五層程度ある場合は、地下にも二層ほどあるのが普通だ。
地球の場合はそれだけの穴を掘るのすら大変であり、また、地下の空間で居住可能にするには、換気なども重要なので、長いこと地下というのは倉庫や居住性を無視する牢獄等以外ではあまり利用はされていなかったと思う。少なくとも、コウはあまり聞いたことがない。
しかしこの世界の場合、まず地下を掘り進めるのは、法術を使えば容易に出来てしまう。そして、換気などについても同様で、地球より遥かに手軽に工事が出来る。
少なくとも重機がなくても、比較的容易に建造できてしまうのである。
さらに言うと、地球の場合高層建築というのはどちらかというと貧しい人の者だった。この辺りは現代の地球とはかなり異なる。
なぜなら、堅牢な石造りの建物で、二層三層程度ならともかく、それ以上となると強度的に建造するのが難しいため、上層は必ず木組みの軽い建築になる。
その上、昇降機などはないので、上層はただ疲れるだけになるのだ。
しかしこの世界の建造物の強度は極めて高い。そのため、高層建築でも上部まで作りはほぼ同じ。挙句に、多くはないが法術による昇降機も存在するらしい。
ちなみにこれは、城などの重要設備には逆に設置されてないことが多いらしい。
これはいざという時、敵に潜入されて利用されないためだという。
あと、アルガンド王国にはほとんどなかった。
これはどちらかというと、脳筋傾向のあるあの国ならではだと思うが。
これらの事情のため、この世界では都市の広さの割には住んでいる人は意外に多いケースもある。
コウが覚えてる範囲では、エンベルクがその典型だった。
あそこは
ギシュトはあれほど雑然とした街ではないが、街全体が緩やかな傾斜に作られていて、当然といえば当然だが、一番高い場所にあるのが王宮。その周囲が貴族の屋敷が配置されている。
おそらく防衛も考えているのだろう。
この街を攻め滅ぼそうと思ったら、ひたすら登り坂となる。しかも、要所に城壁が備えられているので、まともに攻めるとなるとかなり骨だ。
地球なら大軍で囲んで兵糧攻めという手もあるが、この世界は基本的に兵糧攻めというものが効果がうすい。
まず水がなくなることがない。
そして食料も、見た目の文明レベルからは想像できないほどに食料の生産性が高いため、蓄積はかなり多いとされていた。さらに、最低栄養食であれば、法術で生成する方法もあるという。ものすごく不味いらしいが。
バーランド王国が戦争を仕掛けようとした際、兵糧に関してだけはまるで問題視されなかったのも、そこに理由がある。
地球と似ているところもあるが、法術の存在のせいで、戦争になった場合の感覚は著しく異なるのだ。攻撃法術を戦力として使うことは滅多にないが、地味な法術が絶大な効果を持っていることもあるから侮れない。
挙句に、アクレットのような規格外の存在もあるのだ。あれは、日本の戦国時代に巡航ミサイルを持ち込んでいるようなものだろう。
「なんかこの街、夜離れてみたらきれいな気がするね、ランベルトお兄ちゃん」
「ああ、そうだな。ギシュトの夜景は一見の価値があるとはされてるな」
街の遠景を見て思いついたティナの言葉に、ランベルトが答える。
緩やかな傾斜に広がる都市に、夜になると明りが灯されることで、まるで暗闇に星が瞬いているようになるらしい。
確かにそれは美しいと思えるだろう。
「ま、今回ギシュトで一泊するだけだし、別に王室に用もないしな。食事は……お勧めのお店があるのでそこでいいだろうか」
もちろん全員知らない土地なので、反対の声はない。
前回のヤーランでも思ったが、ランベルトはもちろん博識だし、以前来たこともあってこの旅程の街には詳しい。
それは疑っていないのだが、特になぜか食べ物に関しては妙に詳しいのは、果たして気のせいなのか。
そうしてるうちに、街の門が大きくなってきた。
「今回は変な事件がないと良いですね……」
「それがいわゆる『フラグ』じゃないのか」
「コウが言うと『フラグ』だから、私なら大丈夫かな、と」
どういう理屈だ、と言いたくなるが、実際何か起きる時は起きるし、起きなければ平和に終わる。
とはいえ、現時点では平和そうな街だし、トラブルの気配もない。
今回はきっと、ただ通過するだけだろうと――コウはそう思っていたし、期待していた。
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