第220話 争乱の顛末
クベルシアの街は、それなりに混乱状態にあった。
突然砦の上空に
それは当然、街の人々にも見えていたし、砦にいた兵達は半ば狂乱状態になりかけた。
しかし突然、地上から光が立ち上り、
光が放たれた場所は見えなかったので、いったい何があったのか、誰にも分からなかったが、事態は帝国
その後、何人かの兵に状況を説明し、街の混乱を収めるように指示を出したのである。
「いいところなかったので、後始末くらいはさせていただきますよ」
グーデンスはさすがの手際であり、夜になる頃には混乱は治まりつつあった。
これには、
さすがは軍を預かる将軍と言える。
ちなみにコウもエルフィナも、さすがにこれを放置していくことはできないので、仕方なくではあるが付き合って砦に留まっていた。
といっても、できることはそうたくさんあるわけではなく、やったことといえばラディオスの回復を手伝う事や、グーデンスやトリッティ、ガランディの治癒をしたのと、あとは瓦礫の撤去などを手伝ったことくらいだ。
「コウ……お腹空いたんですが」
「昼を抜いたからな……そういえば今更だが、あの一撃は、なんだ?」
バタバタとあまりに忙しくしたので、聞きそびれていたことをやっと聞くことができた。するとエルフィナは、その形の良い顎に指をあてて、少し考え込む。
「多分、
「確かに言ったが……」
「私だと、剣の延長で魔力を放出するとかは感覚が分からなくて難しかったのですが、弓ならいけるとは思って、時々少しだけ練習はしていたんです。で、あの時になんか行けそうだなって思って」
「まさか、ぶっつけ本番だったのか?」
「そうですね。私もあんな威力になるとは思わなかったです」
エルフィナはあっけらかんと答える。
実のところ、エルフィナにとってもあの威力は予想外だった。
矢を放つのと同じ感覚で、その矢の軌道に魔力を辿らせるようにしただけだ。
ただ、魔力の放出そのものは加減が分からなかったので、本当に全開でやったのと、雷のような一撃を、と思ったのでそういう意味を込めて呟いた。
その結果がアレである。
ただ。
「なんか……いつもだとそこまでじゃないのですけど、ものすごくお腹が空いてる気がするんです。魔力をごっそり使ったからでしょうか」
魔力とエルフィナの食欲には関係があるのだろうか、とコウは思わず考えてしまう。そんな話は聞いたこともないが。
ただ、どちらにせよあの威力は桁外れだった。
コウが全く自重せずに思いっきり
回避はほとんど不可能だと思える。まさに雷光の一撃だ。
「実際、感覚的ですが、魔力を半分……とまでは言いませんが、三分の一くらいはあの一撃で持ってかれた気はします」
ちなみにエルフィナの魔力量は、コウと同様、底が見えないほどに多い。でなければ、七属性の精霊を常時顕現させることなど――今は基本
並の人間なら、精霊一体であってもおそらく
その彼女がそれだけ魔力を消費したと感じるということは、あの一撃に込めた魔力量がすさまじかったことを意味する。
「切り札と言えるような一撃だとは思うが……連発は無理か」
「無理でしょうね……もう一度やれと言われたら、多分やれますが、本当に三回も使えば魔力がなくなりそうです。今後、威力を抑えるやり方も必要ですが……」
さすがにこの旅の中で練習するのは難しい。
「まあ、あんな一撃が必要な事態は、そうそうないだろうしな」
「そう祈りたいですね、本当に。で、さすがにそろそろ帰りたいというか……なのですけどね」
すると、タイミングよくグーデンスが現れた。
ちなみに傷は、とっくにコウが治癒している。
「少しは落ち着いたのだろうか?」
「多分もう大丈夫です。ラディオス将軍がすっかり元通りになってくれたので、吹っ飛んだ砦以外は何とか。まあ、瓦礫が山の様に積みあがってる砦の大掃除は大変そうですが」
グーデンスが複雑そうに笑う。
あの
あるいは、メリナがいれば上手いこと[土]の法術で何とかしてくれたかもしれないが、同じような使い手がいることを祈るしかないだろう。さすがにコウがやる気にはならない。
「結局……ラディオス将軍とガランディはどうなってたんだ?」
「
「方向性?」
「今回の例で言えば、現状に不満を持ってる人に、その不満をより先鋭化させることでしょうか。ある種の洗脳に近い。個人を
「そうなのか」
バーランドのグレイズ王子の言葉に、多くの人々が、まるで洗脳されたかのように疑いなく同調した。
やはりあれも、悪魔の力だったという事か。
「人の意識を奪って従わせる力は報告されていましたが、言葉だけで人を操ることが、しかも
その現象が明確に確認されたのは、バーランドの一件が最初らしい。
ふと、レッテンと名乗った
これがその実験の目的である可能性は高い
ヤーラン王国は、本来極めて帝国よりの考えを持つ国だ。
それは、国民一人一人にまで浸透した考えであり、帝国に不満を持つことなどほとんどないという。
しかしその国で、皇帝が無視できないほどに反帝国の気勢が、一部とはいえ盛り上がった。本来考えていることとまるで違うような意見にすら同調させられるのが、
そして『実験』という以上、このヤーラン王国だけで終わるはずはない。
それはグーデンスにも分かっているはずだ。
「今後はどうなるんだ?」
「ガランディ殿はしばらく謹慎でしょう。ただ、事情を鑑みて重い罪には問われないようには取り計らうつもりです」
「あの、クバルカという男はどういう経緯でヤーランに?」
「それが、覚えてないと。気付いたら側近になっていたそうで」
法術では人の精神は操ることはできない、というのはこの世界の常識だ。
だが、それはあくまで、普通の法術の場合であることをコウは知っている。
そして
おそらく、クバルカ、またはあの時に早々に去ったレッテンか、その仲間が何かしらの法術を使ったのだろう。
「ともあれ、我らの任務も完了です。お二人とも、ありがとうございました。類似の事態が他の地域でないかなどは頭の痛いところですが、ヤーラン王国の事態は沈静化したとみていいでしょう」
「まあ……成り行きなところもあったが。皇帝からも言われていたしな。大きな被害がなくてよかったよ」
「そうですね。もし放置してたら……どうなっていたか」
最悪、クベルシアが火の海になることもありえただろう。
実際、グーデンスとトリッティの二人では、
それはつまり、より大きな戦力を投入されることになり、最悪クベルシアが戦場になる。
「今回私は良いところがなかったですからね。改めて、力不足を痛感しましたよ。陛下から聞いていたとはいえ、コウ殿、貴方は本当に凄い」
「いや……まあ、ありがとう」
年齢が自分の倍近い相手にそのように言われると、さすがのコウでも少し恐縮する。
それをエルフィナがクスクスと笑ってみていた。
「この後はお二人は、さらに西へ、ですか?」
「ああ。もうこんなことがないと祈りたいところだが」
「そういえば、トリッティさん見てないですが、大丈夫ですか?」
実はグーデンスよりトリッティの方が回復が遅れている。
トリッティのあの超高速戦闘は、
筋肉などの損傷は法術で癒せるのだが、凄まじく体力も失うという。
そればかりはどうしようもなく、今も眠りこけているらしい。
「大丈夫かと。いつものことといえばいつものことですし。では、改めて」
そう言うと、グーデンスは居住まいを正し、コウとエルフィナに正対する。
「コウ殿、エルフィナ殿。改めて、ご協力に感謝いたします。陛下が信頼するその力、私も確かに感じましたし、己の未熟さも思い知りました。貴殿が敵ではなくて本当に助かったと思いますよ」
そういうと、グーデンスは小さな皮袋を取り出して、コウに差し出す。
報酬だろうと思って受け取ると、意外に軽い。
開くと、宝石がいくつも入っていた。
「今回は冒険者ギルドでの仕事というわけではないですが、報酬です。陛下から預かってまして。現地で協力者がいたら渡せ、と」
「最初からアテにしてた……わけではないか」
「もちろん。というか、我らがここに来たのは、お二人がここに来るよりはるか前です。陛下も最初からアテにしてたわけではないとは思いますが……あの方ですからね」
ないとは言えない気がする。
一体どこまで見通していたのだろうと思うが、こればかりは分からない。
「分かった。これはありがたくもらっておく。それじゃあ、失礼する」
「トリッティさんにもよろしくです」
そういうと二人は一礼して、やっとクベルシアの砦を出た。
「とりあえず……まずは神殿に戻るか」
「合流したらすぐ食事に行きましょう。ちょっと本当にお腹空いてるんです」
ちなみに、エルフィナがお腹が空いたというのは、実は珍しい。
文字通り底なしに食べるエルフィナだが、ここまでお腹が空いたと主張するのは、あのクロックスで助けた時以来だ。
ちなみにあの時は、あれでも遠慮してたらしいというのは、後で聞いた。
「頼むから、クベルシアに食料危機を起こすなよ……」
「失礼な。いくら何でもそんなには食べられませんっ。……多分」
その、最後に呟かれた言葉を聞いてしまったコウは、そこはかとなく感じる不安を、完全に拭い去ることはできなかった。
なお。
その後、ランベルト達と合流して食事に行った一行は、羊二頭分の肉を食べきったという。
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