第215話 対立の構図
振り返ると、一つテーブルをはさんだ向こう側で、テーブルが派手に倒されていた。
すぐ横には仰向けに倒れ、起き上がろうとしている男性が見える。
どうやら倒れた人が突き飛ばされたのか、テーブルの上に吹き飛んでその勢いでテーブルごと倒れたらしい。
「この腰抜けが!! もう一度言ってみろ!!」
「そうやってがなり立てたところでどうなるものでもないだろう。ヤーラン王国は八百年もの間、帝国の一翼として栄えてきた。それは事実だ。ヤーラン王国があるのは、帝国と共に在ることを選んだ王家の英断だし、その道は今だって正しい」
「誇り高きヤーラン人が、いつまでも帝国の下風にあることが我慢ならねえんだよ! 俺たちは大陸最強の騎兵部隊だぞ!!」
見たところ、殴り飛ばされた方は一人、対して殴り飛ばした男は、他に二人ほど仲間がいるらしい。
身体も大きく、おそらく軍人だろうというのは、推測がつく。
殴り飛ばされた方は、身体は細く、どう見ても武芸に秀でてるようには見えない。
エルフィナは思わず、ここにコウがいなくてよかった、などと思ってしまった。
(コウがいたら一瞬で割って入る……というより面倒なことになりそうですね)
しかもこういう場面でコウは一切手加減をしない。
とはいえ、これを放置するのは良くないかと思ったが、先に動いた人物がいた。
「その辺にしておけ。ここは
割って入ったのはランベルトだ。
おそらくかなり酒が入っていたであろう三人の男は、一瞬怒鳴ろうとしながら、踏みとどまった。
「お、おい、こいつ高位の神官様だぞ……」
「……けっ。つまんねえ! おやじ、金は置いてくぞ!」
男たちはそう言うと、金を置いて去っていく。
意外なほどあっさり引き下がったので、エルフィナはむしろ驚いていた。
「あっさり引き下がるんですね。もっと揉めるかと」
「ヤーラン王国は神々には特に敬意を払う国でね。なので、神殿に属する人間もかなり尊重される。いくらあれだけ飲んでいても、その程度の理性は働いてくれたらしい」
草原の恵みは神々の恩恵という考えがあるらしい。
そのため、ヤーラン人は神々に対する敬意を忘れないのだという。
「さて……大丈夫か、君」
ランベルトは倒れた男を助け起こす。
年齢は二十代半ばというところか。ランベルトとほぼ同年代のようだ。
見ると、頬が腫れあがっている。
「これは……良くないな。ミレア、頼めるか?」
「はい、ランベルト様」
ミレアは男の側によると「治癒法術をかけます」と言ってから法術を発動させる。
柔らかな光が照らし出され、男の頬の腫れが引いていった。
「ありがとうございます、神官様。私はジュスティ。クベルシア太守のディグランドの従卒です」
「太守殿の? それがまたなぜあんなことに?」
ランベルトはとりあえず、ジュスティと名乗った青年を自分たちの席に招いた。
その間に店側が散らばったテーブルや料理を片付ける。
「最近多いんだよ。軍の一部の連中だけなんだけどさ。最強の騎兵国家だったヤーランの誇りを取り戻せ、的なね」
片づけつつ給仕の女性が教えてくれた。
「しかし……それって、もう八百年以上前の話ですよね」
エルフィナ達
「そうだよ。もうヤーランは帝国と不可分だと思ってる人がほとんどだ。なんだけど、最近軍の一部でそういう風潮があるらしくてね……。まあ、神官様にはあまり関係ないかもだけど」
女性はそう言うと、散らばった料理や食器を持って去っていく。
「察するに、あなたは軍とは違う意見ということだろうか?」
「ええ。というか軍の一部だけです、あんなことを言ってるのは。太守であるディグランド様も、そんなことは全く考えていないのですが……」
「そう考える者がいる、それも比較的軍に影響力のある方に、ということだろうか?」
ジュスティは小さく頷く。
「軍を預かるラディオス将軍と、その息子であるガランディ殿。この二人……特にガランディ殿が、そういう考えの急先鋒のようで。それで、軍人の一部がその考えを強く持って、帝国と繋がりのある人に威圧的になったり、場合によっては商売の邪魔をしたりということがあり……」
「それって単に人に迷惑かけてるだけじゃない。ダメだよ、そんなの」
「そうだね。その通りだよ、お嬢さん」
ティナの言葉に、ジュスティは苦笑いをしながら答える。
「……すみません。旅の神官様にこのような話を」
「いや、それは構わないが……昔からこうだったか? 私は十年ぶりくらいにこの街を訪れたが、以前はこんなことはなかったように思うが」
するとジュスティはやや複雑そうな表情になった。
「いや……本当にここ一年……顕著になったのは半年くらいです。主にガランディ様が、ヤーラン騎兵は大陸最強であり、その力は帝国の一王国に収まるものではない、というような主張をされて……」
それに軍の一部の若い者が共感したということらしい。
そしてその風潮が、今では一般市民にすら影響を与えつつあるという。
「昔からそんな感じ……ではないよな」
ランベルトが首を傾げた。
実際、十年前に訪れた時にそんな風潮は欠片もなかったからだ。
「ええ。だからディグランド様も、少し異様だとは思っているんです。最初、ガランディ様がそのような主張をしても、人々がそれに同調するとは思っていなかったのですが……実際はこの通りです。今では街中で、それを主張すると結構な人数の聴衆が集まってくるほどになってまして」
ジュスティによると、若い、特に三十歳以下の軍人の一部が、ガランディの主張に同調しているらしい。数からすれば、まだ百人くらい。
軍全体の規模からすれば、ほんのわずかではあるが、とはいえ無視できる数でもない。
その彼らが、強圧的な態度で街を歩いて、帝国との取引がある者への嫌がらせに等しい行為をするものだから、人々も困っているらしい。
一方で、その主張に同調する市民まで出始めているという。
たいていは、商売がうまくいかないなど、現状に不満のあるものが多いようだ。
「あまり……よくない流れだな」
「ええ。全体の数としては、まだわずかですが、声を挙げる者が目立つんです。最近ではまるで帝国が悪であるかのように振る舞い始めていて……」
先ほども、帝国と取引のある承認に対する嫌がらせ――普通に食事していた商人のテーブルに割り込んで言いがかりに等しいことを言い続けて、挙句に暴力行為に及びそうになった――を見て、割って入ったら殴られたという。
「このところ魔獣災害が頻発してた影響で、被害を受けた人とか、そういう人たちの不満とかがなぜか帝国に対する不満のようなものに繋がってる感じです。ヤーラン王国は八百年もの間帝国の一翼を担っていて、むしろそれに誇りすら感じていたはずなのですが……」
ジュスティは少し悔しそうに俯いている。
「っと、申し訳ありません。愚痴のようになりました。本当は、クベルシアはいい街なんです。できれば、先の話は忘れて、この街を楽しんでください。治療、本当にありがとうございました」
ジュスティはそう言うと、何度もお礼を言いつつ去って行った。
「ふむ……確かに私達にはあまり関係は……ないが」
「ランベルト様、首を突っ込もうとお考えですか?」
「分かってる。今の私は何よりもファリウスへ目指すことを優先すべき身だ。ただ……何か良くないことが起きている、そんな気はする」
するとエルフィナが、おずおずと手を挙げる。
「あの。こんなことが街の他のところでも起きてるなら……多分勝手に首突っ込みそうな人が、もう一人います」
エルフィナがそういう言い方をする人間は、もちろん一人しかいない。
どういう形であれ、多分コウは関わっていくだろうというのは、エルフィナにとって確信に近かった。
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