第214話 食事の謎とクベルシアの料理

「コウ、なんか昔の知り合いに偶然会ったそうで、その人たちと食事するそうです」


 エルフィナの言葉に、ランベルトたちは少し驚いた顔になった。


「さっき一瞬こっち来て、すぐ行っちゃいましたが」

「そうなのか……コウの昔の知り合いってなると……東の方の人か」

「そう、ですね……」


 コウが対外的には東方諸島出身だということにしてるのは、エルフィナはもちろん知っている。

 コウが一年あまり前まで、大陸東方のパリウスにいたことは、ランベルトたちには話しているだろうし、おそらく出身地の(嘘の)話もしているだろう。

 そうなれば、かなり東方の人間と偶然こんなところで会ったということになり、それであれば確かに懐かしくて一緒に食事を、となるのは不思議ではない。少なくとも、ランベルトがそれを疑うことはないだろう。


 ただ、コウにそんな知り合いがいるはずがないのは、エルフィナはもちろん知っている。というより、コウしか知らない彼の知り合いは、おそらくこの世界に一人もいない。

 エルフィナと会う以前のコウの知り合いと言える人は、その後全てエルフィナも会っているのだ。強いて言えば、この世界に来た直後にいた村の人々だろうが、もう全て世界を越えていると聞いている。あとはヴェルヴスくらいか。


(誰かは、まあ想像つきますが)


 わざわざそんな言い回しをしたということは、実際は誰か言いづらい相手。

 そして、無論エルフィナも、ヤーランに巡検士アライアが派遣されている話は聞いている。まず間違いなくその関連だろう。


(相変わらず面倒ごとに飛び込んでいくんですから)


 軽くため息が出る。


「お姉ちゃん、どうかした?」


 気付くと、ティナが心配そうに見ていた。


「ううん。大丈夫。それより、ごはん楽しみですね」

「うんっ」


 先を歩くランベルトの顔が微妙に引きつったのは、多分気のせいではないだろう。


 自分でも、ついたくさん食べてしまうことも、それが見た目では普通ではないことも、一応理解はしている。

 しかしそうはいっても、美味しいものはやはりたくさん食べたい。

 その方が幸せな気持ちになれる。

 多分そこに関しては、誰もが同意してくれるとは思う。


 正直に言えば、森妖精エルフの特性もあって、数日間食事をしなかったところで、多分全く問題はないだろう。

 最低限の食事だけで、活動には全く支障はない。


 エルフィナ達森妖精エルフにとっては食事は、生存において絶対に必要な事項ではない。すくなくとも、一ヶ月程度は水さえあれば生きていけるのは、他ならぬエルフィナ自身が証明している。

 さすがにあの時はお腹が空いたとは思ったが、多分あの生活があと一年程度続いたところで、餓死することはなかったと思う。


 しかしそれとは別に、食事はしたいと思う。

 というか、美味しい物であれば、やはりたくさん堪能したい。

 もちろん、同じものばかり食べていては飽きてしまうが、人間社会における食べ物の多彩さは氏族の森とは比較にならない。飽きることなどありえないだろう。


 さすがに移動中だと、どうしても食材が限られるので、できるだけ味の変化をつけるようにはしていても、やはり限界はあるのでそんなにたくさん食べたいとは思わない。

 だが、ある程度の大きさの街での食事となれば話は別。

 あの『料理大全』にある料理を全部食べるというのも、森妖精エルフの寿命の長さなら不可能ではないと思っているくらいだ。

 もちろん、あれにすら載ってないコウの世界の料理もとても気になるが。


 ただ、さすがに自分がなぜこれほど食べられるのかについては、実のところ不思議なのは否めない。


(でも、私だけならともかく、ティナちゃんも同じです……よね、多分)


 ティナは分からないが、エルフィナは、実はほんの少し食べるだけでお腹は満足はしているのだ。ただ、それはそれとして美味しいものは食べたい。なので食べてしまう。

 そしてエルフィナの場合は、どれだけ食べてもなぜか食べ過ぎてお腹が苦しいという事態にならない。もうお腹に入らないということにならないのだ。なので、食べたいと思うだけ、つい食べてしまう。

 普通は食べているうちにお腹に入らなくなるものらしいが、エルフィナはなぜかそうなることがない。

 また、普通は栄養を過剰に摂取――要は大量に食べること――すればそれは余分に身体に蓄積され、ありていに言えば余計な肉がが体についてしまうものらしいが、エルフィナにはそう言ったことも、今のところ起きていない。

 ちなみに学院にいた頃に、胸部に全部栄養がいってるのでは、などとアイラが言っていたことがあるが、これについては氏族にいた頃からなので関係はないと思う。


(ま、理屈は分かりませんが、美味しいモノをたくさん食べられるのは嬉しいですし)


 傍目には異様に見られるのは承知しているが、それでも美味しいモノを食べたいという欲求が優ってしまうので、最近は(というより最初から)開き直っている。

 一番最初の、クロックスの城館での時は、少しだけ恥ずかしかった気がするが。


「ここが良さそうだな。いいかな、みんな」


 ランベルトの声に、エルフィナは顔を上げた。

 ヤーラン王国ではこの街以外にはあまりない、大きな石造りの建造物。三層構造で一階が大きな食事処ティルナになっている。上階は宿屋のようだ。

 この街はファリウス巡礼に向かう人々の通り道の一つなので、この規模の宿でもかなり泊まる人が多いらしい。


 このクベルシアの街は、丘陵地帯からやや険しい地域になるため、草原の真ん中にあったホスティールとはまた少し違う。

 羊肉やヤギ肉を使った料理や乳製品が多いのは同じだが、味付けがより濃いものが多い。

 高地特産の香辛料の産地が近いのが理由らしい。

 クベルシアはそういったなだらかな草原から険しい高地の中間に位置する街のため、その両方の料理文化がまじりあった独自の料理を提供しているのだ。


「なんか美味しそうな匂いがしますね……」

「多分羊肉の串焼きだろう。羊のチーズ焼きラマルケジャルタという、伝統料理だ。濃厚で硬めのチーズケジョンを串にさして、その周りに羊肉ラマルを巻き付けるように貼りつけ、この地方特有の香辛料をまぶして焼き上げて、さらにたっぷりのチーズソースケジョンライネに付けてもう一度焼き上げた料理で、凄く美味しいんだ」


 さすが一度は来たことがあるだけあって、ランベルトは詳しい。 

 エルフィナもティナも、説明だけで食べたくなってきてしまうものだった。とりあえず席を確保し、立て続けに注文をする。

 一番人気らしい羊のチーズ焼きラマルケジャルタは、焼き立てがすぐに持ってこられた。


「これは……ホントに美味しいですね」

「うん、凄く美味しい。焦げたチーズケジョンの内側に香辛料が焦げ付いた羊肉ラマルの香ばしい味……さらにその内側にトロトロのチーズケジョンがある。お肉自体の味付けは濃いけど、それとまろやかなチーズケジョンの組み合わせが凄く美味しい。これ、外側と内側のチーズケジョンは、違う種類だね。これはちょっと癖になる美味しさだと思う」


 もしここにコウがいたら、ティナに食レポの才能でもあるのかと思っただろうが、残念ながらコウはここにはいない。

 とはいえ、エルフィナもランベルトも、ティナの表現には感心していた。


「これは美味しいですね……本当に」


 ミレアは初めて食べたらしく、羊のチーズ焼きラマルケジャルタを堪能している。

 エルフィナとしては、バーランドで食べた鶏肉クロルの串焼きも美味しかったが、これもとても美味しい。どちらが美味しいかと言われると、多分答えは出ない。

 要するにどちらもいくらでも食べられる気がする。


 しかもこの店の羊のチーズ焼きラマルケジャルタは、香辛料を変えた違う味のものが何種類も提供されているので、飽きるということもない。


「これと麦酒ファフルが最高なんだよな……やはり本場は違う」


 いつの間にか、ランベルトは麦酒ファフルの大杯を傾けている。


「……ランベルト様。確かランベルト様が以前ファリウスに赴いたのは、十年以上前とお聞きしましたが……」


 ミレアの言葉に、ピタ、とランベルトの動きが止まる。

 酒の提供年齢に制限はないが、それでもあまり若いうちは程々にしろ、とはよく言われる。

 もっとも、エルフィナ達森妖精エルフの場合は、結構子供の頃から樹液で作ったお酒を飲んでいたが、人間社会では子供は酒はあまり飲ませるべきではないとされているし、実際ティナには誰も酒を与えようとはしていない。本人は少し興味ありげだが。


「い、いやぁ。その、帝都にもヤーラン料理の店があってね」


 ややしどろもどろになるランベルト。

 間違いなく前に来た時にも飲んでいたのだろう。

 といっても、話によると以前の巡礼の際には、父親と一緒だったらしいから、飲ませたのはヴィクトルということになるが。


「どっちもどっちですね」


 そういえば、あの帝都の最後の食事の際にも、何気にヴィクトルはかなり飲んでいた気がする。

 もっとも、あの席ではランベルトは飲まずにはやってられなかったというのが本音なのだが。


「と、とりあえず、明日は物資補給の必要があるが、そっちは私がやるから――」


 その時、突然大きな音が背後で響いて、エルフィナは思わず身を竦めてしまった。

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