第216話 将軍との対面

「まあ予想通りですが……そんな話でしたか」

「むしろそっちはそっちで……巻き込まれたというか、ランベルトが自分で首を突っ込んだ感じか」


 夜。

 食事が終わって神殿に戻ってきたコウは、エルフィナ達と合流し、情報を交換した。場所は寝室前の休憩所の様な場所。

 コウも、形としては似たような噂を知り合いから聞いたことにしている。

 さすがに巡検士アライアの知り合いがいたとは言いづらい。

 ちなみに、ティナは疲れたのか、すでに眠ってしまっている。


「正直に言えば、私たちの旅の目的からすれば、これは放置すべきことなのだとは思う。それは分かっているのだが……」


 ランベルトが沈痛な面持ちで言葉を絞り出す。

 実際、彼は正義感が強い人間であるし、そもそも帝国の人間だ。叛乱の可能性があるなら、それを看過するのは難しいのだろう。

 それはコウにも理解はできるが、正直なところを言うと、コウはそれ自体はどうでもいいと思ってしまう。わざわざ言う事ではないが。

 ただ、軍が人々に暴力をふるうというのは、コウとしては見逃しがたい。

 そしてそのコウの気持ちを、エルフィナもよくわかっていた。

 さらに言うと、二人にはもっと気になる点もある。


「ちょっと噂話を拾って回ったのですが……その、ラディオスという将軍と、ガランディという人、別に以前はそんな感じじゃなかったそうですね」

「というか……私はガランディ殿は以前帝都で会ったことがある。どちらかというと柔和な青年で、ヤーラン王国の将軍の息子だとは言われるまでは、軍人だとまるで思わなかったほどだ」


 エルフィナの言葉に続けて、ランベルトは訝し気に言う。実際、ランベルトは五年ほど前に会ったことがあるのだ。ただ、その時の印象と、今街で噂になっているガランディの印象は、まるで重ならない。

 五年前の彼は、むしろ文官肌の青年だったとランベルトは思ったほどだ。

 実際にはかなり武器の扱いには長けていたが。


「それがこの一年で急に……か。そういうことになる事態の話があったな、エルフィナ」

「そうですね。可能性はあると思います」

「どういうことだ?」


 コウとエルフィナは一度顔を見合わせ、お互いに頷いた。


真界教団エルラトヴァーリーの手段の一つ。悪魔ギリルによる、ある種の精神操作だ」


 その瞬間、ランベルトはティナの眠る部屋の扉を見た。


「話には聞いたことはあるが……」

「俺とエルフィナは、実際に悪魔ギリルに憑かれた奴を知っている。彼は……元々かなり問題がある人物だったとは思うが、それでも、正直かなり考え方がかなり破綻してたように思う。無謀としか思えないような行動をし続けていた」


 今回、クベルシアの軍の一部の動きはあまりに異常だと思える。

 これが、数十年前に帝国に恭順した国ならばまだ話は分かるが、八百年もの間帝国の一翼を担い、『帝都守護の三王国』とまで称されるヤーラン王国で、そのような行動をとる意味は、あまりにもない。

 そしてもしやるなら、普通ならもう少し秘する。こうもあからさまにやっては、帝国に目を付けられても仕方ないし、実際に巡検士アライアが派遣されているのだ。

 いくらヤーランの騎兵が精強でも、帝国と正面から戦って勝てるはずはない。


 だが、実際にこのような事態になっているのであれば、それはまともな判断が出来なくなっている可能性がある。そしてそうなる現象があるのを、コウとエルフィナは知っている。


 バーランド王国のかつての王位継承者の一人、グライズ王子。

 今にして思えば、彼のあの時の行動は、どれも普通に、冷静に考えれば無茶なものばかりだった。いくらアルガンドへの憎しみがあったとはいえ、彼自身はそれほど無能だったわけではない。

 だが、実際に取った行動は致命的と言えるほど破綻寸前だったように思う。

 それはおそらく、すでにそういうことを考える理性が失われていたのだろう。

 悪魔ギリルが取り憑くというのは、そういう影響も出ると云われている。


「じゃあ、悪魔ギリルが、いや、真界教団エルラトヴァーリーが関わっている可能性があるという事か?」


 コウは小さく頷く。

 そして、エルフィナを一度見てから、ランベルトに向き直った。


「昼間に会っていた知り合いというのは、俺の故郷の人間というわけではなくて、実は巡検士アライアなんだ」

「は?」


 ランベルトがぽかんとした顔になる。ミレアも同じようだ。


「実は、プラウディス帝に帝都で、ヤーランに巡検士アライアを派遣していることを教えられていてな。なので、何か厄介ごとがある可能性は高いと踏んでいたんだ」

「まあ、陛下と一緒に食事までしたわけだしな……」


 ちなみにランベルトは、あの帝都最後の夜の食事は、緊張のあまり味をほとんど覚えていない。

 父ヴィクトルはともかく、伝説級の英雄であるグリンラッドとシュタイフェン、挙句に皇帝が同席した席で緊張するなという方が無理な話だ。

 無理やり酒で誤魔化したというところはある。


「だとすると……逆に下手に動くのは良くないな。ティナが教団ヴァーリーに見つかる可能性がある」


 確かに、ティナは真界教団エルラトヴァーリーに狙われている。

 少なくとも、真界教団エルラトヴァーリーの関係者がいる可能性のある場所に、ティナを連れて行くことはできないし、かといって一人残すのは論外だ。


「俺たちが行くよ。ランベルト達の存在は、少なくとも現時点では教団ヴァーリーには知られていないはずだ。俺は、巡検士アライアに頼んでラディオス将軍に会う算段をつけている。俺たちは一度教団ヴァーリーともやり合ってるから、ここにいるのは帝国の仕事を受けてきたということにすれば不自然さはない」


 現状、真界教団エルラトヴァーリーはティナの存在をおそらく見失っているはずだ。

 コウとエルフィナがティナの護衛についているという推測は出来るかもしれないが、今回、巡検士アライアと共に行動すれば、その推測が間違っている可能性があると誤認させることもできるだろう。


「なるほど。とすると、私とミレアは下手に動かない方がいいわけか」

「そうだな。明日は普通の巡礼者の振りをしててくれればいい。というか、その場合俺とエルフィナは神殿とは別の場所にいた方がいいな」

「そうなるか。今から宿の手配は……まあ多分大丈夫か」


 街道の中継点であるクベルシアには、旅人用の宿は多い。

 時刻はまだ二十時過ぎ。入れてくれる宿はあるだろう。


「一応、出発の予定は明後日だが、何かあったら連絡してくれ」

「そうだな。わかった。それじゃあこれから、宿探しか。いいよな、エルフィナ」

「はい、もちろんです」


 エルフィナとしては、コウと一緒の部屋になれるのでその方が大歓迎である。


「ティナには明日の朝に伝えておく。少し不満を言いそうだが」

「まあ……そこは上手く言い含めてくれ」

「分かった。だが、何かあったら連絡してくれ。協力は惜しまない」


 コウは頷くと立ち上がり、続いてエルフィナも立ち上がった。

 二人は荷物を持って神殿を出る。


「なんか妙な流れになりましたね。あとで、巡検士アライアとの話についてはもう少し詳しく教えてください」

「分かってる。とりあえず宿探すか」

「はい。コウ、折角ですからもうちょっと食べたりしません?」

「……まあ、少しくらいは良いけどな」


 実際のところ、グーデンスやトリッティとの食事は、コウにとってはそれほど楽しいというものではなかったので、さほど食べていなかったのだ。


「やっぱり私も、コウと一緒の方がいいですから」


 エルフィナがにっこりと笑って手を出してきた。

 その手を握り返すと、二人はまだ賑わっている街に向けて歩いて行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エルフィナ殿、お久しぶりです」

「お久しぶりですね、グーデンスさん。二カ月ぶりくらいでしょうか」


 前に会ったのはドルヴェグ。

 そこから遠く離れた場所で再び出会うというのは、なかなかない気がする。

 現在時刻は十時過ぎ。

 場所はコウがグーデンスたちと食事をした食事処ティルナだ。


「今朝のうちに巡検士アライアとして将軍に面会する段取りはつけられました。あなた方二人は、協力者ということにしてあります」

「分かった。よろしく頼む」

「こちらこそです。トリッティもいいですね」


 グーデンスが振り返ると、トリッティとエルフィナが挨拶を交わしていたところだった。同じ妖精族フェリアなので、お互いの出身と氏族を名乗り合っているのだろう。


「ん、問題ない。じゃ、行くか」


 トリッティの返事を確認すると、グーデンスが歩き始めた。

 一行は街の中心にある要塞へと向かう。

 街中にある要塞は、堅牢な城壁で囲まれていて、門の前には兵が二人。

 門自体は閉ざされているが、すぐ横に馬があるあたり、おそらく門番の二人も騎乗を得意とするのだろう。


巡検士アライアのグーデンス・ファルケ・バストラードです。こちらは同じくトリッティ。それに、冒険者である協力者二人。ラディオス将軍閣下に面会の約束できました」


 そう言うと、グーデンスは『証の紋章』を出す。

 コウ達も出す必要があるかと思ったが、その必要はないらしい。

 それだけ巡検士アライアの信頼度が高いのだろう。

 門番の一人がそのまま案内するようで、先導して歩き出す。


 門をくぐると、練兵場と思われる広場が拡がっていた。

 訓練のための設備なのだろうが、騎乗しての訓練の為だろう。戦闘訓練用の模擬人形などは、明らかにサイズが大きかった。


「こちらへどうぞ」


 そのまま奥にある石造りの建物に入っていく。

 中はいかにも軍事要塞という武骨さを感じる部分もあるが、上層に上がると少しだけ内装に飾り気が増えた。

 一行はそのまま奥へと進み、一際重厚な扉の前で止まる。


「ラディオス閣下。面会の巡検士アライアの方々をお連れました」

「入ってもらえ」


 返事を確認して、兵が扉を開け、横にずれる。

 その部屋は、さすがにいくらか調度品が置かれていて、この部屋の主がそれなりに身分があるということを示していた。

 天井は高く、部屋も広い。

 そして奥に、大きな執務机の様なものがある。


 その執務机にある椅子に座るのが、おそらくラディオス将軍だろう。

 五十歳にはなっていないだろう、いかにも堅物そうな雰囲気だ。

 そしてそのやや斜め後ろに立っているのが、おそらくランベルトと同年代と思われる青年が立っていた。髪色や雰囲気から、彼がラディオスの息子、ガランディだろう。


 ただ、さらにもう一人いた。

 ガランディのさらに後ろに控えている、さらに年下と思われる青年。

 白に近い銀髪に、青い瞳。明らかにヤーラン人ではない特徴だ。

 そしてその彼を見た時、コウとエルフィナは共にとても嫌な予感がした。

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