第204話 帝都出立

 翌朝、コウとエルフィナは朝食を早々にすませると、神殿前にいた。

 ちょうど、この神殿前に高速馬車の停留所があるからである。


「帝都にいる間に何度も使いましたが……本当にこれ、よくできた交通網ですよね」

「実際これがなかったら、帝都の外に出るだけで一日以上かかるからな」


 高速馬車は、四頭立ての馬で大きめの馬車を引くのだが、その走る道路は高速馬車専用。一方通行かつ一定距離を走る都度、馬は交換され、基本的に速度はほぼ落ちることなく一定で走り続ける。

 その速度は、およそ時速二十キロ四十メルテもあり、速度に関していうならドルヴェグにある軌条馬車タイレルミグールよりも速い。

 これは、軌条こそないものの、安定した走りが可能な事、馬を頻繁に交換することによって、速度を落とさないこと、そしてそもそもの馬の耐久力も違うらしい。


 出発地点である帝都西門までは、距離にして三十キロ六十メルテあまり。だいたい二時間弱で着く予定だ。そこからは神殿の用意した馬車でファリウスまで。

 順調に行っても四カ月はかかる見込みの長旅となる。


 ちなみに、先日アルガンド領事館に行って、キールゲンとラクティへの手紙を託してきた。

 さすがに返事は受け取りようがないが、少なくとも居場所は伝えておいた方がいいとの判断だ。

 なぜファリウスまで行くんだ、とか言い出している気はするが。


 ちなみにその際にアルガンドの状況を聞いたが、とりあえず大きな事件は起きていないらしい。

 新しい話といえば、新年早々にステファニーがキールゲンの婚約者として発表されたことと、それに続いてキールゲンが正式に王太子になったことだ。


「できれば戻って祝いたいところだがな」

「最悪、空飛んで行きましょう」

「ないとは言わないけどな……」


 さすがに五千キロ一万メルテ近くを飛行で移動するのは、ちょっと考えたくないところではある。地球の場合はどうということはないが、この世界ではあまりに遠い。

 あらためて、地球が異様なことがよくわかる気がする。


 そんなことを話していると、神殿の方からこちらに近付いてくる人影が見えた。


「おはよう、コウ、エルフィナ。待たせたか?」

「いや。そうでもない。おはよう。ティナも元気そうだな」

「うん。というか今から元気なかったら、大変じゃない?」


 確かにその通りだ。

 とはいえ、十一歳でこれを言えるのは、なかなかに大物という気もしてきた。

 将来の教皇グラフィルというのも、あるいは冗談ではないかもしれない。


「……そういえばなんだが、今の教皇グラフィルってどういう人なんだ?」

「知ら……ないか。あまりファリウスから離れる人ではないからな」

「そうなのか」

「今の教皇猊下リエル・グラフィルはアメスティアという女性だ。代々、教皇グラフィルは女性が多い。男性もいないわけではないが、珍しいな。確か今二十七歳とのことだ」

「それは若いな。というかそれだと、ティナが教皇グラフィルになるとしても、大分先じゃないか?」

「私もそこはよくわからない。ただ、アメスティア猊下が教皇グラフィルの座に就いたのは六年前。当時の教皇グラフィルはまだ四十歳になっていなかったという。亡くなられたわけではないが、教皇グラフィルの地位にある期間というのは、総じて短いことが多いらしい」


 地球のローマ教皇は、確か基本的に死ぬことで代替わりするが、それとは違うらしい。もっとも、実際に魔法のある世界で、魔法の様な力を持つ神殿勢力の頂点だ。あるいは、何かしら他の理由があるのかもしれない。


「いずれにせよ、教皇グラフィル候補になりうる神子エフィタスは神殿にとっては非常に重要なわけだ」

「そういうことだ。だから……教団ヴァーリーが狙ったというのも、どういう目的かはともかく、神子エフィタスであることが理由の可能性はある」


 そこまで話したところ、コウはティナの方を見た。

 今ティナは、エルフィナとミレアと一緒に、何か楽しいことを話しているのか、笑顔を浮かべている。


(実際、強い子だよな。あの年齢で、親しい人たちを一気に失ったというのに)


 実のところは、かなり無理をしているのも分かっていた。

 だが、それをおくびにも出さない強さが、ティナにはある。

 それが、神子エフィタス故なのか、あるいはティナ自身の強さなのか。

 おそらくは後者だが――それだけに、これ以上の悲劇を目の当たりにしてほしくはないという思いもあった。


 そうしてると、定刻になったからだろう。

 馬車が停留所にやってきた。

 やや長い馬車は、およそ十五人程度が乗れるもので、四頭立て。

 ランベルトを先頭に一行が乗り込むと、馬車は緩やかに走り始めた。


「相変わらず、速いし乗り心地もいいですよね、これ」

「まったくだ」


 多分地球の車より乗り心地がいい。

 いわゆる衝撃吸収性が地球の車を上回るほどの性能であるのに加え、道もおそらくコンクリートより滑らかだ。これだけの規模のインフラを整備し続けている帝国の力を、改めて思い知る。


 馬車はそのまま帝都を西に進み続け――昼前には西門に到着した。

 さすがに、二時間近く座りっぱなしだったので、少し体を伸ばす。


「これがこれからの旅のお供か」

「ああ」


 ランベルトが示した馬車は、かなり大きかった。

 いわゆる箱型ではあるが、作りもかなりしっかりしていて、中も広い。

 というよりは、これは宿泊機能を備えた馬車だった。


「街にたどり着くとも限らないからな。最悪、野宿することも考えた旅行馬車だ。それをさらに色々手を入れてはあるが」

「なるほどな」


 当然、衝撃吸収性なども高いのだろう。

 馬は四頭立てで、さらに荷物を積むための場所もある上に、簡単な調理場や用を足す場所までついている。ほとんど地球のキャンピングカーに近い。

 この規模でそれができるのは、法術具クリプトありきだろうが。

 正直、移動中に野宿する場合を考えて、法術テントの存在だけは早々に明かそうかと思っていたのだが、その必要すらない気がする。

 気になることといえば――。


「だいぶ重量がある気がするが、そこは大丈夫なのか?」

「問題ない。軽量化の法術が付与されていて、見た目よりだいぶ軽い。また、馬具にも馬の耐久力や力を増幅する法術もある」

「至れり尽くせりだな……」


 ティナはさっそく馬車に乗り込んでいた。


「お兄ちゃん、中も広いよ。すごい」


 確かに、この世界の馬車は基本的には幅がせいぜい一メートル半三カイテルだが、この馬車は二メートル四カイテル以上ある。長さも五メートル十カイテルほどある。屋根も高く、三メートル六カイテルはあるようだ。


「それじゃあ、出発するか。ちなみに、コウは馬の扱いはできると聞いてるが」

「ああ、俺は問題はない」

「なら、基本は私とコウで。一応ミレアも扱えるが」

「分かった」


 とりあえず準備してあったらしい荷物は全て運び込まれており、文字通り出発するだけという状態だった。


 時刻はちょうど十二時。

 今から出れば、ちょうど宿場町のところまでは行けるとのことだ。


「それじゃあ、行くとしよう。長い旅になるが……みんな、よろしく頼む」


 ランベルトの言葉に、一行は頷いて、それから馬車に乗り込む。

 御者台と中も直接行き来できるような構造なので、これならいつでも交代もできそうだ。


「全員いいな。それじゃ、行くぞ」


 パシ、という手綱が振るわれる音がした後、馬車がゆっくりと進みだした。


 目指すは遥か西方、大陸最後の歴史を持つ地域、ファリウス。

 そこに何があるのか。それまでに何があるのか。

 その未来の希望と不安をないまぜにしたような期待を、コウとエルフィナは感じていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「先生。聖女ユフィスが帝都を発ったとの報告が来たようですが」


 先生、と呼ばれたユスタリアは、レガンダのその言葉に、満足げに頷いた。


「ええ。予想通りファリウスで向かうようです」

「しかし……探知に一切反応しなくなりました。遠目に見た時も、それらしき娘を見つけられなかったらしいのですが」


 ティナあの娘には探知法術の目標となる[特定探査]の法術を付与していたはずだ。だが、それに一切の反応がない。解除された可能性もあるが、あれは極めて気付きにくいはずなのだが。

 それに、監視員の話では神殿に、ティナらしき娘はいないという。


「見た目を変える法術具クリプトでも使ったのでしょう。別に問題はありません。あの娘はから」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。ですから気に病むことはありません。レガンダは回復を優先しなさい」

「いえ、私は……」

解放ヴィストを使った代償は軽くありませんよ。君たちはもう少し自分を大切にしなさい。アトリを失った。アルバもまだあと数ヶ月は動けない。この状態で迂闊な真似は出来ません。レッテンは今はヤーランですしね」

「はい……」


 レガンダは悔しそうに臍を噛む。

 実際、解放ヴィストを使用した代償は小さくない。現在のレガンダは、本来の百分の一程度しか、魔力がない状態だ。これでは、第一基幹文字プライマリルーンを含んだ法術を一回使うだけで、魔力が枯渇する。


「今は無理をすべきタイミングではありません。もっとも、ヤーランに向かうでしょうから、レッテンとは鉢合わせるでしょうが……あそこに関しては失敗しても問題はありません。レッテンには程々で帰ってくるように言ってますし」


 ヤーラン王国で動いている計画については、レガンダは詳しくは知らない。

 レガンダとアルバは、基本的に帝都より東側を担当していたからだ。

 バーランドで少しだけ手を貸してくれたレッテンだが、実のところ直接会ったこともないのだ。

 アルバはあるらしいが。


「今は力を溜める時です、レガンダ。いずれ貴方の力がまた必要になる。それまでは休みなさい」

「分かりました、先生」


 そう言うと、レガンダは自分の部屋に戻る。

 そこには、アルバが寝ていた。


 アルバの状態は芳しくない。

 傷は癒えているが、解放ヴィストの影響もあって、魔力の回復がレガンダよりさらに悪い。元通りにならない可能性もあるほどだという。

 現在は生命活動を極限まで落として、全てを回復に回している状態だ。


「くそ……いつか、必ず……」


 文字通りなす術もなかった。

 世界の真実を知って教団ヴァーリーに所属し、力を得て、欺瞞に満ちた世界を壊す。

 そのための、無敵と思えていた力が、敗れた。

 だが、次こそは。


 拳に力を籠める。

 だが、そこに練れる魔力はごくわずか。これが、代償という事だろう。


「今は……我慢の時、か……」


 レガンダは大きく息を吐くと、自分も休むべく、寝台に身体を投げ出した。


――――――――――――――――――

帝都編完結

次はお馴染み解説資料を挟んで、久しぶりに間章なし……と思ったのですが、やはり間章入れます。時間稼ぎのために(ぉ


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る