第203話 帝都最後の夜
「……いや、考えてみたらそういう意味だと気付きそうなものだったよな」
なんとなく、以前ここで皇帝と突然対面させられたことを思い出すが、さすがに皇帝はついさっき会ったばかりだ、それはないだろうと高を括ったところはある。
確かに、皇帝はいなかったが……。
「おぅ。さっき『またな』と言ったじゃろう。途中でこいつもいたから引っ張ってきたわい」
「ふん。まあ時間があったから乗ってやっただけがな」
そこにすでにいたのは、ランベルトとミレアとティナ。
そして、グリンラッドとシュタイフェンだった。
もっとも、コウからすれば皇帝がいた時よりはまだマシだと思えるし、それはエルフィナも同じらしい。
予想の範囲内です、というような顔をしている。
ただ、それはランベルトやミレアにとっても同じであるはずはなく、当然唖然としていた。
「ランベルトが声をかけたわけではないのか?」
「ま、まさか。そんな恐れ多いことができるわけが……あ」
「お。わかったか。お主の父から話を聞いてな。参加していいかと聞いたら好きにしろと言われたから来たわけじゃ」
グリンラッドが楽しそうに笑う。
「グリンラッド殿と私の父、ヴィクトルは若い頃一緒に冒険者だったらしく……」
納得した。
むしろそれならば――。
「おお、すまん、遅れた」
後ろの扉から現れたのは、見た目だけなら普通に六十歳くらいの男性に見えるが、今の話の流れからすると――。
「お初にお目にかかる。帝都大神殿の長を務めておる、ヴィクトル・エヴァンスだ。息子が世話になると聞いてるからな、挨拶せねばと思ってはせ参じた」
ちょっと頭が痛くなってきた。
冒険者、法術士、神官それぞれの帝都における頂点がここに揃っている。
むしろこうなってくると、皇帝がいない方が不思議に――。
「コウ、それフラグです」
コウの考えを読んだのか、エルフィナがぼそりというと――。
「揃ったようじゃな」
もう誰が来たのかは考える気はしなかった。
コウとしては、正直ここにちゃぶ台があったらひっくり返したい気分だ。
もちろんないが。
「これがお主が帝都で手に入れた力の一端じゃよ、コウ」
グリンラッドの言葉に、コウは思わずその場を見渡した。
確かに、この人脈はもう一つの『力』だろう。
ここにいる者だけではない。
ドルヴェグ王グライゼルにガルズ。
アルガンド王ルヴァインやハインリヒ、それにキールゲン。公爵であるラクティ。
それらの繋がりは、個人の武力より、あるいはよほど強力な『力』だろう。
「これもお主の人徳というやつじゃ。さあ、今日は食うぞ!」
それは置いておいて、グリンラッドは単に飲み食いして騒ぎたいだけという気がしてしょうがないが。
「さあ、今日の払いはこのヴィクトルが全部持ってくれるらしいからな。遠慮なく飲み食いするといい」
「陛下。さすがに皆様方の分までという話は……」
「けち臭いことを言うな、神殿長。グリンラッドの様だぞ」
「何を言うか、このケチ皇帝。ヴィクトルもここは大盤振る舞いすべきじゃろう」
複雑そうな顔をしているヴィクトルだが、結局拒否はしてない。
「そういえば、あの事件以後、魔獣騒ぎは収まったな」
「収まった?」
そういえば、帝都に来る道中、帝都付近で魔獣が活性化しているという話があった。色々調べものばかりしていて忘れていたが。
「ああ。例の事件前後でぱったり収まった。今からすれば、なんじゃったんじゃ、と思うくらいだ」
グリンラッド曰く、ここ数ヶ月ずっと起きていた魔獣の活性化が、あのユクス村を含めたあの三つの村の襲撃事件以後、すっかり沈静化したらしい。
もっとも、それはこの場にいる全員が、ある可能性に気付いていた。
もし、あの村人を追い込んだのが
ティナの力は、現在安定していないとはいえ、非常に強力な守護の力を発揮している。もし、魔獣を何かしらの理由で活性化していたとしても、ティナのいた周辺では、それが起きていなかったとすれば。
その推測を裏付けるように、グリンラッドによれば、ユクス村の周辺では確かに魔獣騒ぎは一件もなかったはずだとのことだった。
(やはり
実際問題、今回のこの事件がなければ、ティナが
一般的に、
つまり、下手をすれば一生、気付かれなかった可能性すらある。
とすれば、
そんなことを考えていると、注文した料理が次々と運ばれてきた。
「まあ辛気臭い話はなしだ。遠慮なく食べるといい」
プラウディスの言葉で、とりあえずコウは気にするのをやめた。
それより目下、一度見ているプラウディスとグリンラッドはともかく、ヴィクトルやシュタイフェン、それにランベルトやミレア、ティナが、エルフィナの食べっぷりに呆れるのにどのくらいかかるのかと、内心楽しみにしていたのだが――。
◇
「これ美味しいねー、お姉ちゃん」
「ですね。さすが帝都名物の
すでに、二人以外は食事はしておらず、わずかに飲み物を飲むだけの状態だった。無論、コウも同じだ。
だが、エルフィナと、なんとティナが、いまだに延々と食べ続けていた。
というか、二人は、どう考えてもその体の容積以上の食べ物が消えたようにしか思えない。
ランベルトが、やや青い顔をしながらコウを見る。
「……コウ、これ、道中の食費が……」
「多分大丈夫だ。少なくともエルフィナは、遠慮なく食べていいという時以外は普通の量しか食べない」
本当に不思議だが、エルフィナは普段の食事はむしろ少食と言っていい。
そもそも
ただ、美味しいものが大好きなエルフィナは、食べたいと思えば、本人が望む限り食事が止まらない。いくらでも食べられる。
結果、このような
問題は、それにティナが付き合えている事実だ。
二人とも、お腹が膨れて苦しいとか言うことになる様子すらなく、食べ続けている。というか、どう見ても別にお腹が膨らんだりもしていない。
そういえば、以前バーボルに聞いた、大食いの少女というのは、ティナの事ではないだろうか。
「ん? そういえば一年くらい前に、近くの村で開催された村祭りで、大食い競争ってあった気がするよ。私が優勝したの」
ほぼ間違いなくそうだろう。
この二人の消化器官はいったいどうなっているのか。ある意味一番生命の神秘という気がしてきた。
今食べている牛のほほ肉の
「どうなってるのか……研究してみたくなるレベルだな」
シュタイフェンがコウと同じことを考えていたらしい。
実際不思議でしかない。
「まあでも、そろそろ時間だな。明日は早いのだろう?」
「あ、はい、父上。朝の八時には西門に向かう高速馬車で。昼過ぎには帝都と発ちます」
「そうか。見事役目を果たしてこい、ランベルト」
「はっ」
それを見て、プラウディスが嬉しそうに目を細める。
「良い後継者に恵まれたな、ヴィクトル」
「ありがとうございます、陛下。まだ未熟なれど、先々必ずや私以上になってくれと期待しております」
「それは重いって……」
ランベルトが苦笑している。
「陛下も、皇太子殿下は最近成長著しいとお聞きします。楽しみなのでは?」
「あやつか……そうだな。ユーヴェントについてよくやっておる。そうか。考えてみたら年もやや近かったし、コウに会わせてもよかったかもしれんな」
「え?」
「機会がなかったから今回は仕方ないが。また帝都に来たら、皇太子のユリウスに会ってもらおうか。少し年下がだが、お主から何か受け取るものもあろうて」
これ以上何をさせるのだと言いたくなるが、今更かもしれない。
しかし、年齢が近いということは、子ではなくおそらく孫か。
確か、プラウディスは側室などを持たないから、いくら何でもコウと年齢が近い子供がいるのは少し考えにくい。
「では、ここまでとしよう」
最後を締めるのは、さすがに皇帝らしい。
「コウ、エルフィナ、ランベルト、ミレア、ティナ。長い旅路になるとは思うが、無事たどり着くと信じておる。そしてまたこの帝都に来た時は、このプラウディス、最大限の歓待をすると約束しよう」
「ありがとう、おじいちゃん」
「うむ」
こういう時、子供は無敵だな、と思わされてしまう。
それを最後に、それぞれ解散となった。
コウとエルフィナは、今日は神殿近くの宿を取ることにしている。
「お兄ちゃん、また明日ね」
「ああ。お休み、ティナ」
「おやすみなさい、ティナちゃん」
ランベルトとミレアに連れられて、ティナが神殿に入るのを見届けてから、コウとエルフィナは宿へと向かう。
「どういう旅になるでしょうね、今度は」
「今まで以上の長旅だからな……道中も平穏とは……言えなさそうだし」
「コウの旅路ですからね。仕方ないです」
「俺がすべての元凶の様に言われるのは心外なんだが」
するとエルフィナがクスクスと笑う。
「多分、誰もがそうなんですよ。ただ、コウはやることが派手ですからね」
「エルフィナに言われてもな……」
「だから、私達の旅は退屈しないんでしょうね」
そう言うと、エルフィナはコウの腕を抱き込んだ。
「でも、私達二人なら、きっと大丈夫。それに、ランベルトさんとミレアさんも一緒です。それに、いつかは行くつもりだったのでしょう? ファリウスには」
「まあ……そうだな。こんなに早いとは思わなかったが」
「もしかしたら、二人で大陸全部巡ることになるんじゃないかって気がしてきました。そしたら、そのうち私の故郷にも行くことになりますし」
ファリウスに行ってからキュペルの南となると、ほとんど大陸の対角線上。
そんな道を行くなら、確かに大陸中巡ることになるかも知れない。
ただそれでも、エルフィナと一緒ならきっと楽しいだろうと思う。
「そうだな――やはりいつか、行ってみたいな」
「その時は、案内は任せてください」
「期待してる」
エルフィナが満面の笑みを浮かべる。
夜空の星は、静かに空を彩っていた。
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まさかの大食いキャラ追加です(ぉ
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