第202話 新しい仲間
プラウディスが出て行ってから、
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、すぐに神官だと分かる衣をまとった男性。
すぐ後ろに、同じく神官衣をまとった女性もいる。
「初めまして、コウ殿、エルフィナ殿。私はランベルト・エヴァンス。今回、あなた方と同行することになった神官戦士です」
その自己紹介を聞いて、二人は改めてランベルトを見た。
年齢はおそらく二十歳半ばか。コウより少し年長のようだ。
金色の髪に青い瞳で、白い神官服を纏っているが、それでも女性に人気がありそうな整った顔だが、軽薄な印象はなく、むしろ誠実さを感じさせる。
コウとしては、やや人相が悪い――と本人は思っている――自分より、よほど信頼されそうな顔だと思ってしまった。
二人はとりあえず名乗ってから、握手を交わす。
「正直、かなり危険な道行きになる可能性もある。それは承知してると思っていいのだろうか」
「もちろんです。私はこの大神殿の長の息子。神殿のために力を尽くす覚悟は出来ています」
思わずコウは目を見張った。
この大神殿の長の息子ということは、相当な地位だろう。
神殿は世襲ではないとはいえ、やはり親の職業を子が受け継ぐケースは少なくない。特に
「まあ、無理をしてほしいわけではないが……あと、こちらは?」
「自己紹介が遅れました。私は、ミレア・カルザイン。ランベルト様の従司祭です」
そう言って挨拶をした女性は、年齢はランベルトとほぼ同じか。
少し青みがかった長い黒髪に、同じく青みがかった黒に近い瞳が特徴的な美人といえる容姿の持ち主だ。
従司祭というのは、高位の者につく司祭のことで、そのものを補佐することを役割とする者だ。
「ティナ様が女性ですから、女性がいた方がいいだろうということで、彼女に同行してもらうことにしました」
「それはちょっと助かります」
エルフィナが追従した。
実際、エルフィナとしても常にティナの面倒を見ているのは大変そうだという懸念はあったのである。
「従司祭という立場ですが……残念ながら私は
「彼女はすごいですよ。特に槍を使わせたら、私でも勝てないくらいです」
「それでも危険な道行になる可能性は高いですが……」
「それはランベルト様からも十分お聞きしています」
事情を十分知った上でということらしい。
コウはうなずくと、右手を出した。それを、ランベルトが握る。
「よろしくお願いします。コウ殿」
「コウでいい。あなたの方が年上だし、敬語も不要だ。エヴァンス殿」
「ならば私もランベルトでお願いしたい。よろしく頼む。エルフィナさん……でいいかな。そちらもよろしくだ」
「はい、よろしくです。ミレアさんも」
「はい。こちらこそです」
すると、ティナが面白くなさそうな顔になっている。
一人だけ仲間外れにされたような気分になったようだ。
「ティナもよろしくな。これから長い旅路になるが」
「む。……うん。よろしく、お兄ちゃん。あ。呼び方どうしよ。ランベルトお兄ちゃんじゃ長いし……ラン兄ちゃんとミレアちゃん?」
いきなり『ミレアちゃん』などと呼ばれたミレアは、目を白黒させていた。
「え、なんで私だけそんな」
「なんとなく? だってお姉ちゃん……エルフィナお姉ちゃんのほうが年上だろうし。
思わずコウとエルフィナは何とも言えない顔になった。
確かに、純粋に年齢だけ考えれば、エルフィナはこの中ではぶっちぎりの年長者になる。
ミレアはしばらくエルフィナを見ていたが、意を決したように口を開いた。
「エルフィナさんって、何歳なのでしょうか?」
「えっと……百五十五歳、です」
予想通りではあるが、ランベルトとミレア、それにティナも驚いていた。
実際、
都市に住む人では、
これに関しては、傭兵や冒険者の方が会ったことがある人は多いのである。
「なんていうか……すごいですね。知識では知っていても、実際に目の当たりにすると、見えているものを疑いたくなります」
ティナも隣で頷いている。
「さて。とりあえずこのメンバーでファリウスを目指すわけだが……経路や手段は神殿側に任せていいとなっていたが、具体的には?」
「神殿で馬車を用立てました。経路についてですが、帝都を出て、ヤーラン王国、オルスバーグ王国、そこからザスタール山脈沿いを南へ抜けてグレンベル王国を抜けて再び北上、ネブライト王国へ入ります。そこで船でネイラス河を遡上して、ザスターン王国へ。今度はエルファル河を船で下ってランカート王国、ファリウスへと至ります。聖都巡礼路と呼ばれる道ですね。順調にいけば、四カ月ほどの旅程となります」
ミレアが説明してくれる。
聞き覚えのある国が二つほどあった。
皇帝から内密に頼まれたヤーラン王国。そして、
地図で経路を確認する。
強いて言えば、オルスバーグ王国からはそのまま山脈の北側を抜けるルートの方が近い気がするが――。
「コウは東の出身だったか。オルスバーグ王国は王都より北は不毛の大地でな。人がほとんど住んでいない。街道もほとんどない。つまり移動中の補給がほとんど出来ないんだ。まったく道がないというわけではないが」
「なるほどな」
水はどうにでもなるとしても、食料は基本的には道中で購入するしかない。
狩りをするにしても限度はあるし、不毛の大地となれば、獲物も少ない可能性がある。わざわざ苦労する道を選ぶ理由はないだろう。
「出発はいつでしょうか?」
「馬車の準備はもう終わってるので、出ようと思えば今日にも可能だが。無論、早く出立するに越したことはないが」
コウとしては、できるだけ早く帝都を離れたいというのもある。
これだけ人の多い街では、さすがに警戒するにしても限界があるからだ。
「俺達も準備はもう終わってるからな。そちらと……あとはティナ次第か」
「私はいつでもいいよ、お兄ちゃん」
元々、普通の村人だったティナには、持っていくべきものもほとんどないのだろう。
「私たちも準備は終わってるが、馬車の準備が夕刻過ぎに終わるらしい。なので、出られるのはその後だ。馬車自体は帝都西門に在るから、そこまで移動するにしても、今日発つのは難しいな」
ランベルトの言葉に、コウも頷いた。
基本、移動は昼間にすべきだが、夕刻に出立してはすぐ夜になる。それは効率が悪い。
「ランベルト様。それでしたら、みんなでお食事をしませんか。こういっては何ですが、しばらくは旅路。ゆっくり食事をできる場所は次のヤーラン王国の王都、アクサスまでありませんよね」
「確かにな。今が昼過ぎだから……明日は早く出るだろうし、早めの夕食として、十六時にどうだろう」
「私は賛成です。コウもいいですよね?」
「ああ」
「ではそれで。ああ、お金は神殿が持つよ。そのくらいは出来る」
それを聞いて、エルフィナは予想内として――ティナが嬉しそうにしている。
もっとも、ティナはこれまで帝都近郊とはいえ、小さな村にいたのだから、帝都の
「店は……そうだな。『太陽と月』という店を知ってるだろうか?」
「知ってる……というか一度使ったな」
ランベルトからその名前が出るとは思わなかったが、あまりに印象深いので覚えている。皇帝の待ち伏せを受けたという印象が強いが。
「じゃあそこに十六時で。私は雑務を処理してからにするが、コウ達はどうする?」
「少し時間があるなら、何人か、挨拶していくことにするよ。それじゃあ、またあとで」
「またあとでね、お兄ちゃん」
ティナの言葉にやや複雑そうな顔になりつつ、コウとエルフィナは神殿を後にした。そのまま、冒険者ギルドに行く。
ギルドはかなり慌ただしい様子だった。
もっともこれは、先日
あとで直しておくべきだったのだが、すっかり忘れてしまい、結果何が起きたのかとしばらく紛糾したらしい。こっそりとグリンラッドには事情を話しているが、さすがに法術で強引に直すと、その説明がまた大変なので、なんと全部
とんだ濡れ衣だが、今更だろう。
受付で名前を出すと、すぐグリンラッドの部屋に通された。
その際、記載を更新したいと言われたので『証の紋章』を預ける。
何を更新するのかと思ったが、あるいはファリウスまでの道中をスムーズにするために必要な処理なのかもしれない。
「おお、お主らか。事情は聞いておる」
「なんか……大変そうだな」
「まあな。
「すまんな、こんな時に」
「構わん。お主らの方がよほど危険だろう……と、そうだ。お主らの『証の紋章』に、帝国としての正使代理であるという情報が書き加えられる。
「は?」
「滅多に発行されない資格だそうだが。これがあれば、帝国内はもちろん、帝国以外でも汝らを邪険には扱えなくなる」
「いや、そんな目立つことされたら、逆に……いや、違うか」
グリンラッドが満足気に頷いた。
「うむ。つまり汝らは帝国の正式な使者としてファリウスまで行く一行になるのじゃ。ファリウスまで行くのだから、高位の神官が帯同してるのも不思議はない。ティナ嬢についても、少し衣装をいじれば問題は無かろうて」
要するに、逆に堂々と移動することで、
「それともう一つ。コウ。お主の近接ランクを銅とする。もう、
「……なぜそれを」
「正直に言えば、黒にしたときに与えてもよいと思っておったくらいだ。お主なら、造作なく修得すると思っておったからな。あと、遠距離も黒だ」
おそらく拒否しても無駄なのは経験則で分かっている。
これで、近接と法術がどちらも銅ということになってしまった。
「それとエルフィナ嬢。君も、遠距離を赤とさせてもらう」
「は?」
「かなり破格ではあるがな。法術がないのに遠距離が赤になった例は、ほとんど聞いたことがない」
「いや、なんで……」
「君が冒険者資格を得た時の試験内容を問い合わせたんじゃ。パリウスの担当官は規定通りに最大の紫としたようだが、お主の弓の技量は正直神業の領域に達しておる。それに加えて、実際には
これに関してはコウも思いっきり同意するところだった。
正直、エルフィナの弓の技量は桁違いだ。実際にはこれに、精霊の力を上乗せすることができるのだ。
「ファリウスまでは短い道のりではないが、お主らのさらなる糧になる道行でもあろう。大変だとは思うが、達者で行くと良い」
「ああ。ありがとう」
「うむ。では受付で紋章は受け取ると良い。では、またな」
それでグリンラッドの部屋を辞す。
一瞬『またな』の意味がやけに近い気がしたが――果たして気のせいか。
とりあえず受付で紋章を受け取ると――。
コウの紋章は、近接と法術が銅、さらに遠距離が黒、探索も赤になっていた。
おそらくだがこれだけで相当目立つ気がする。
エルフィナはといえば、遠距離が予告通り赤、探索も紫になっている。
「なんか……すごい人のはずなのに、というか本当に凄い人なのですが、とても親しみやすい人ですよね、グリンラッドさん」
「それは否定しないがな。実際、正直本気でやり合っても、勝てる自信は無い」
あの手合わせの際、慣れぬ武器だったのはグリンラッドも同じだ。
もっとも得意とする武器で戦えば、果たしてどれほどのものなのか、想像もできない。
加えて、彼の
その気になれば、彼はすべての攻撃に
「まだまだ、先は長いってことだな」
「私からすると、コウはどこまで強くなるのでしょう、と言いたくなりますが。法術だけで十分すぎるのに」
「それはエルフィナも同じだな。それに、やはり力を使えるのと、使いこなすのでは違う。……今回で分かったようにな」
エルフィナはそれに、無言で小さく頷いた。
この先、自分達の持つ力を、さらに使いこなせなければならなくなる。
そうしなければ、いつか本当に勝てない相手が現れる。
二人はそんな予感を感じていた。
「さて、そろそろお店に向かいましょう。ティナちゃんたちが待ってます」
「そうだな。……ところで今回は……」
「ちゃんとしたお店はしばらくないですからね。遠慮なく食べます♪」
思わずコウは、神殿の財布を心配したくなった。
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