第179話 教団の謎

「なるほどな。思ったより本当に大規模にやっておったようだが……バーランド王国が滅ばなかったのは、本当に幸運だったようだ。そのグライズという王子が捨て駒だったのは確実だが、ある意味、国そのものが捨て駒とされていたともいえる」


 一通りの話を聞いた皇帝は、あっさりとそう断じた。

 一国そのものが捨て駒。

 考えたくもなかった事実だが、あの事件の概要を考えれば、あるいはそういう見方はしてしかるべきだと思えた。


 なにより、あのままいけば間違いなくバーランド王国自体が滅んでいた。

 国民の大半が死が約束された法術兵と化し、一年と待たずに屍が積み上げられた街が完成する。

 挙句、死体の処理がきちんとされなければ、動く屍ディルレンドと化した化け物が徘徊する国になってなっていただろう。


 さらにそこに、悪魔ギリルという要素すら加わるのだ。

 そしてアルガンド王国も、おそらく甚大な被害が出ていたに違いない。

 あの結末は、相当に運がよかったように思える。

 

悪魔ギリル召喚で実体を伴うほどの存在を呼び出せたというのは、その者が並外れた術者であることの証明だが、おそらくその男、もうまともに判断力すら残っておらんかっただろう。話を聞く限り、明らかに無謀としか思えぬことを実行しようとしてたようだし、計画もずさん過ぎる。おそらく奴らからすれば、失敗してもいいという程度の実験だったに違いない」


 確かに言われてみれば、グライズ王子の行動はどこかちぐはぐで無鉄砲が過ぎた。

 もっと慎重に事を進められていたら、コウやエルフィナでも防げない事態になっていた可能性は高い。

 あの事件に関しては、グライズ王子が強引に事を進めようとしたから、ほころびが出たともいる。

 普通の判断能力があればもう少しうまくやっただろうにと思うと、確かに彼自身、すでにおかしかったのかもしれない。


「そのグライズという王子の力のほどは分からぬが、一定以上の魔力を持つ者が教団やつらに取り込まれると厄介というわけだな」

「その、真界教団エルラトヴァーリーは、それほどに悪魔ギリルを用いると?」

「ああ。正しくは、悪魔ギリルがいると考えれば納得がいく事件が多い。実際に見たという証言もあることを考えると、奴らは何かしらの手段で悪魔ギリルとの結びつきがあるとみていいだろう」

「あの……」


 エルフィナがおずおずと手を挙げる。

 ちなみに今まで黙ってたのは、口に食べ物が入っていたからだが。


「私は……森妖精エルフであることもあって、悪魔ギリルというのは伝承以上のことを知りませんが、そもそも悪魔ギリルって何なんでしょうか。『虚無の者ミュスタリア』とも呼ばれる、この世界と異なる世界から現れる存在だという話は知ってますが……」

「シュタイフェンならもう少し詳しい説明ができるとは思うが……要は異世界の生命体ということらしい。この世界でそういう存在として知られる者としては、あとは竜がいるがな。ただ、ヴェンと異なり、この世界では自力で存在を維持できないとされておるらしい」


 今度はグリンラッドが答えてくれた。


「異世界の存在は、基本的に存在を維持できないのですか?」

「そう聞いておるな。もっとも、ヴェン悪魔ギリル以外は、そういう存在は聞いたことがないが」


 思わずコウは身じろぎした。

 異世界の存在。何よりも、自分自身がそういう存在であることは、否みがたい事実だ。

 ただ、ヴェンにしたところで、『竜命点』と彼らが呼ぶこの世界のよすががなければこの世界では存在できない。

 そういう意味では、この世界は異世界の存在を拒絶するということになるが、現状、コウは拒絶されてはいない。あるいは、同じ人間だからか。


「同時に、ヴェンと異なり、この世界に対する侵略の意図を持った者だともされる。だから、人を媒介に現界しようとするのだとな」


 思わずコウとエルフィナは、二人で顔を見合せた。

 あの、ドルヴェグの地下にあった遺跡で見た、あの大量の悪魔ギリルの大群。あの光景が事実だとすれば、あの時に一体何が起きたのか。

 そして、真界教団エルラトヴァーリーが企む『何か』が、悪魔ギリルと関係があるとすれば、あの遺跡で見た光景も、あるいは無関係ではないかもしれない。


「あと教団についてのことを話すなら、卓越した法術クリフに関する能力がある。確認されている限りで、間違いなく第一基幹文字プライマリルーンの使い手が、少なくとも複数確認されておる」


 その情報は知らなかった。

 だが、これだけのことをする組織であれば、それは不思議ではない。


「さらに言うと、先にいった第一基幹文字プライマリルーンの使い手のうち何人かは、天与法印セルディックルナールを持っていることも確認されている。そんな存在など大陸に一人二人程度のはずが、奴らには複数いるらしい。いくら何でもあり得ないと考えていたが……」

「なっ……」


 つまり、あのアクレットクラスの力の持ち主が、複数いることを意味する。

 それはもはや、並の国では抗いようがないほどの戦力と言えた。


「バーランドの報告を聞いて納得した。バーランドで用いられたという、天与法印セルディックルナールを付与する術式。それ自体が、多分教団ヴァーリーが持つ技術なのだろう」

「だが、あれは欠陥品で……」

「成功している事例もあったのだろう? 奴らからすれば、何人失敗しようが、成功すればいいとするなら問題にはならんだろうしな」


 だとすれば、第一基幹文字プライマリルーン法印ルナールの埋め込みすら、あれは行うことができるという事なのか。

 もしそうだとすれば、それは無視できない。


「しかし、あの術式それ自体は、バーランド内の遺跡で発見されたような感じだったが……」

教団ヴァーリーの抱える天与法印セルディックルナールを付与する装置の数の限界があったのかもしれん。……嫌な可能性だが、が見つかったから、バーランドが実験に使われたのかもしれんな。しかし奴らにそれを回収されたのは、痛手だったかもしれん」


 目的と理由が逆。

 考えたくもないが、あり得ない話とは思えない。


 バーランド王国で再戦派と穏健派があそこまで争うようになったのは、グライズ王子がその主張を強めてからだったという話もあるらしい。

 もし、グライズ王子が最初から教団ヴァーリーに、本人が知ってたかどうかは別にして影響を受けていたとすれば、その計画は数年前から始まっていたことになるが。


「だとしても、失敗してもいい、という計画の割には周到……ですね」

「そこは否定せぬ。あるいは奴らからすれば、所詮些末事なのかもしれん」


 国一つを滅ぼしかけるほどの計画が些末事などと言われては、その国の民からすればたまったものではないだろう。

 挙句、国を混乱させるだけさせて、挙句に最後に必要なものは持ち去る周到さは恐るべきものと言える。


「まあいい。教団ヴァーリー悪魔ギリルを使うのは分かっておったが、現界が叶うほどの可能性も持っているのであれば、警戒のやり方も変わる。それに、天与法印セルディックルナールを埋め込む技術というのも見逃せん。さすがにこの情報は帝国わしらも持っておらんかったからな。礼を言おう」


 皇帝自らにそう言われると、流石のコウやエルフィナでも恐縮してしまう。


「して、貴公らはこれからどうする?」


 コウとエルフィナは顔を見合せた。

 目的は、元々はバーランドでの事件の真相を探ること。

 そして、あの事件の裏に真界教団エルラトヴァーリーという存在があったのは、ほぼ確実のようだ。

 調査としては一定の成果があったと言えるが、終わったとはとても言えないだろう。


 帝国ですら手を焼く様な相手に、自分達が何ができるかは分からないが、かといって後は任せたと帰る理由は、二人にはない。

 それに。

 真界教団エルラトヴァーリー悪魔ギリルと関わっていることは確実だ。


 そして二人は、ドルヴェグの地下で悪魔ギリルの大群が現れた映像を見ている。

 あの映像は、間違いなくこの帝都が今あるこの地での出来事だ。

 となれば、たとえ一万年前の出来事だろうが、この地に何かしらの痕跡が残っている可能性がある。

 教団ヴァーリーは百五十年ほど前からの組織だという話だが、同じ悪魔ギリル関連だとすれば、全くの無関係であると断じるのは、まだ早い。

 調査する余地はあるだろう。


「しばらく……この地で調べたいこともあるので、冒険者としてとどまります。できるなら、古い記録なども見てみたいところですが」

「なるほど。いいだろう。皇帝たる余の名において、帝国の関係施設への入場を許す。入りたいときは名を名乗れば入れるように取り計らおう」

「なんじゃ、大盤振る舞いじゃな」


 グリンラッドの言葉に、するとプラウディスは面白くなさそうにその発言者を睨んだ。


「わしが必要だと感じた、それだけだ」

「なるほどの。無論わしらも歓迎しよう、コウ殿、エルフィナ殿。帝都は広いからな。ギルドの力も存分に役立ててくれ」


 帝国の最高地位と、帝国に属さない冒険者ギルドの長。

 いきなりその両方に協力してもらえるというのは、正直に言えば予想外過ぎるほどの支援だと思える。


「ありがとうございます」

「何、年寄りが役立つ場面なぞ、無駄にでかくなった権限をうまく使う時だけじゃからな」

「……ふん。まあそういう一面はあるだろうがな」

「皇帝なんぞその最たるものじゃろうが」

「お前とてそうだろう。まあ今日は、年甲斐もなくはしゃいだようだが」

「やかましい。わしとてたまには若い者と関わりたいだけじゃ」


 意味が分からず、コウが首を傾げる。

 するとプラウディスが、さも楽しそうに、かつ意地の悪い笑みを浮かべた。


「察するに、コウとやら、こいつと手合わせしたじゃろう。こいつ、年甲斐もなくはしゃぎおったから、腰に無理が来ておるんじゃ」

「え!?」

「なぁに。ちょっと痛いだけじゃ。それにまだ、わしは負けんかった!」

「相変わらずの化け物め。だが、お前がそれだけになるということは、こやつ、相当な実力じゃな。どうだ。帝国に仕えぬか?」

「え。いや、それは……」


 いきなり皇帝本人からの士官の誘いは、さすがに予想外過ぎる。


「こら、またんか。コウ殿もエルフィナ殿も、ギルドの貴重な戦力だ。いつものように引き抜かれてはかなわん」

「いつもではなかろう。巡検士アライアがギルドに鞍替えしたことだって、何度もあったわ!」

「それはお前の職場の環境が過酷過ぎるからじゃろう」

「ギルドだって大差あるまいが!」


 何度も言うが、大陸最大国家の元首と、大陸全土にわたる大組織を代表する人物の会話とは思えない。

 というか、職場のブラック度合いをけなし合ってどうすると言いたくなる。


 ふと見ると、エルフィナが面白そうに笑っていた。


「……楽しいのか?」

「えと……なんでしょう。なんか一周まわって面白い気がしてて」


 確かにそれは否定できない。

 アルガンド王国とは違う意味で、少なくともこのプラウディスという皇帝は、信じられる気がした。


「よし、あとは食うぞ!」


 そういうと、グリンラッドは次々に注文を重ねていく。

 エルフィナがそれを聞いて嬉しそうに眼を輝かせているのを、コウは見逃さなかった。


 そして。

 正直にいって、八十を超えた年齢とは思えないほどに、グリンラッドはよく食べたし、皇帝もよく食べた。


 が。


 エルフィナがその二人をして唖然とさせることに成功してしまうのは、このほんの一時間後のことである。

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