第118話 王城突入
「予想通りだな。地下水路でも戦闘に突入したようだ」
「分かるのか?」
「通信法術具の子機持ってきてたんだよ。王都内なら問題なく使えるからな」
そういってヴェルドが手に持っていたカードの様なものを見せると『地下水路で戦闘開始』と文字が浮き出ていた。
どうやら通信法術具の子機のようだが、コウが知る子機よりさらに小さい。
「それも、通信法術具なのか?」
「簡易版だ。有効射程が普通のものよりさらに短いが携帯に便利でな。知らんのか」
「ギルドに所属してから、まだ半年ちょっとなんでな」
「なるほど。とはいえ、ギルドは実力主義だしな。こんなことができるやつを、今更ヒヨっこ扱いはしねえが」
ヴェルドはそういうと、王城を見下ろした。
城門前は、若干光が明滅し、戦闘が行われていることが分かる。
神殿騎士には
そして
問題は使い手の少なさ。おそらくあの百人の神殿騎士でも二人か三人程度だろうから、圧倒するには足りないだろう。
グライズ王子側の戦力には、明らかに
現在の位置は、地上から
雲が空を覆っているため、空を見たところでコウ達に気付くことは不可能に等しい。
「こちらを警戒する者はいなさそうだ。よし、行くぞ」
コウが法術を制御し、コウ、エルフィナ、ヴェルド、カインズ、フィルツの五人は、王城の尖塔に突き出した露台に降り立った。
「ふー。大丈夫だとは分かっていても、やはり地に足が付いてたほうが安心できるな」
「それは同感だ」
「法術が発動できないから、いきなり解除されないか、ひやひやしたぜ」
ここは既に排魔の結界の影響下にある。
発動済みの法術は影響を受けないと分かっていても、やはり怖かったらしい。
ヴェルドとカインズの会話に、コウは苦笑いしつつ、フィルツ王子を振り返った。
「ここからは、貴方の案内が頼りです。グライズ王子のいる場所は、見当はつきますか?」
「ああ。おそらくは謁見の間だろう。この尖塔を降りると広間に出るが、その奥の扉の先にもう一つ広間があって、その先だ」
「よし、じゃあ……」
コウは仲間を振り返る。
各自、やることは明確だ。
お互い黙って頷いた。
コウが最後にエルフィナを見ると、こちらは少しだけ微笑んで、それから頷き返す。
「よし、行くぞ!!」
五人は城内へ突入、尖塔の階段を駆け下りた。
そして、広間に出たところで――。
「何者だ!?」
さすがにここに兵がいないということは、なかったらしい。
ぱっと見て、二十人ほどの兵がいた。
あまりにも予想外の場所から現れたコウ達に、一瞬戸惑いこそしたようだが、さすがに敵だと認識したのか、すぐ広間に展開、半数がおそらく謁見の間に続くであろう道を塞ごうと、即座に移動を開始し始めた。
「コウ、エルフィナ! 王子を連れて先に行け!」
ヴェルドとカインズが兵の前に躍り出る。
一瞬躊躇したが、コウとエルフィナは、すぐにフィルツ王子を連れて、駆け出した。
少なくとも今この場に、法術士はいない。
ならば、彼ら二人なら抑えきれる。
今回こちらの利点は奇襲による不意打ち。敵に時間を与えると、それだけこちらが不利になるから、この二人の判断は正しい。
「死ぬなよ!!」
「はっ! 誰に言ってやがる!!」
ゴウ、と一瞬空気が破裂したような衝撃音。
その衝撃が、コウ達のところに向かおうとする兵の先頭の数人を、一撃で薙ぎ払った。
「なっ……」
相手の兵が、驚愕のあまり動きが止まる。
その衝撃を生み出したヴェルドの手にあったのは、呆れるほど巨大な戦斧。
ヴェルドが持つ
彼は多様な武器を自在に使いこなすが、実際に持っていける武器の数には限度がある。特に、大型武器は一つが限界。無理をしても二つだが、取り回しが非常に悪くなる。
しかし彼の持つ《
通常は長剣の形になっている武器だが、彼の意思一つで、その形状が別の武器に代わるのだ。いわば、携帯状態と戦闘状態を切り分けられる特殊な武器で、しかも変化する形状が戦斧、槍、槍斧など実に五種類。
その形状変化も一瞬、コウの感覚で言えば一秒程度。
このため、ヴェルドは、見た目より遥かに多くの種類の武器を装備し、相手に合わせた戦いが出来るのだ。
そしてカインズの武器もまた、特殊だった。
柄の異様に長い剣といえるそれは、振り回せば槍のようにもなるし、短く持てば長剣としても使える。
持つ位置を変えるだけで、長さの変化する剣ともいえ、間合いを取るのが非常に難しい。
二人はその卓越した技量で、十倍する人数を相手に、見事に立ち回っていた。
それを横目に見つつ、コウ達は広間を駆け抜け――謁見の間に続く部屋へ飛び込む。
直後。
「横に飛べ!!」
コウの叫びに、エルフィナとフィルツは弾かれたように左右に飛んだ。
一瞬後に光の蛇が閃光を纏って通り過ぎる。
「雷の法術……!!」
「ほう。避けたか。我が雷の一撃を」
立っていたのは一人。
おそらく、あの『アクィラの雷霆』事件の法術士。
そしてまず間違いなく、
おそらくは、彼らが言うところの『完全適合』した人間だろう。
ある意味完全な状態の
「だが、法術が使えないこの状況で、この私の
彼我の距離は
切り込もうとしても、相手の法術はほぼ一瞬で発動する。
そして雷の攻撃法術の速度は、全法術中最速の一つだ。
男は扉を背に立っていて、彼を排除しなければその先に進むことはできない。
フィルツによると、ここは控えの間で、この先に通路があり、その先が謁見の間らしい。
コウ達はいったん柱などの影に隠れているが、男に接触するために近付けば、確実に雷の法術の餌食になる。
「この状況でこの相手は……」
「いや、どうにでも対抗策はあるさ」
「コウ殿?!」
言うと同時に、コウは柱の影から飛び出すと、相手に向かって踏み出した。
「愚か者め!!」
直後、雷撃が放たれ――。
「させない!!」
その雷撃は、周囲に突如現れた無数の針に吸われて散り散りになる。
「な!?」
「遅い」
次の瞬間、男の
その衝撃で吹き飛ぶ寸前、身体が『く』の時に折れる男の後頭部に、コウの右肘が突き刺さり、男の意識は一瞬で刈り取られる。
「……な……なんですか、今のは」
呆然としているのはフィルツ王子だ。
雷の法術の閃光が輝いたと思ったら、直後にはコウの姿は相手の法術士の元にあって、一瞬で相手を打ち倒していた。
無論、すでに避雷針めいた無数の針は消えている。
「まあ、色々奥の手はあるんだ、冒険者なのでね」
今のは、エルフィナが地の精霊の力で、雷の法術を誘導するための、いわば避雷針を大量に発生させたのである。
いくら法術の雷とはいえ、雷である以上自然の法則を完全には無視できない。
そのため、雷の法術は完全に分散し無効化された。
そしてそこに、
それ以外にも、エルフィナの弓という手もあったが、さすがに飛び道具は警戒していたのか、男は自動迎撃の法術を展開していた。
無論コウが飛び込んだ時にもそれは発動していたのだが、同様に避雷針に吸い込まれて全く効果を成さなかったのである。
「まあこいつがいたなら、後の障害はおそらくないだろう」
排魔の結界の影響下でこの能力を持つ兵を配していれば、通常はまず突破されるとは思わないだろう。いわば防御の切り札だったはずだ。もし他にいたとしてもそれほど強力な相手とは思えない。
実際、他に人はおらず、コウ達は謁見の間の大扉の前まで何の問題もなく到着した。お互い顔を見合わせると、コウがその扉を開く。
その奥にいたのは――。
「……まさかお前が来るとはな、フィルツ」
奇妙なほど落ち着き払ったその言葉は、玉座に座した者から発せられた。
「従兄殿……いえ、グライズ王子」
護衛も連れず、ただ一人玉座にあったその人物こそ、今回の争乱の中心人物、グライズ・バルトロイその人であった。
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