王城攻略戦

第117話 決戦の夜

 雲の向こう側で、空の支配者が太陽から小さな煌きになった頃。

 王都キルシュバーグの王城へと通じる大通りに、白い鎧の一団が現れた。

 それは、神殿の固有戦力である神官戦士団。

 街を魔獣などから守るために存在する戦力であり、人々を守護するためにだけあるともされる部隊。それが街中で展開されることは、通常ない。


 それが今、街中で、百人以上が整然と並んで道を進んでいた。

 そして、その軍靴の向く先は、市外ではなく――。


「神殿が、王城へ……」


 その光景は、キルシュバーグの人々にとっては衝撃的な光景だ。

 神殿に『敵対勢力』とみなされることの意味は、決して小さくはない。

 先だってグライズ新王が宣言した、神殿を無視した王位継承宣言と、一部暴徒による神殿への襲撃の答えがこれなのだと、誰もが痛感させられる。

 果たしてグライズ王が正しいのか、誰もが疑問に思わざるを得ない。


 そしてその頃、王城でグライズは激怒していた。


「くそ!! 神殿め!! 冒険者め!!」


 グライズは手に持っていた指揮棒を、文書を読み上げた側近にいらだたしげに叩きつけた。

 ただ、それに対して報告した者は特に動じた様子はない。

 その様子に、グライズは舌打ちをするが、にしたのはほかならぬ自分なので、文句も言えない。


 神殿、および冒険者ギルドから文書が届けられたのは、夜になった頃。


 神殿からは、あらためてグライズの王位継承の無効と、そして現在行っている一般市民の兵への徴用について、直ちに中止することを勧告してきた。

 しかも今度の文書には、キルシュバーグ神殿の大司教の名前ではなく、もう一人の名前が記されていた。

 それは、神殿全体の、つまり大陸における神殿勢力の頂点、大陸西方にあるファリウス聖教国の頂点たる教皇の名。

 それはすなわち、この勧告が神殿すべての総意であることを表している。

 これを無視することは、事実上大陸全ての神殿勢力を敵に回すことに等しい。

 それは兵の士気にも影響するだろう。


 さらにそこに、冒険者ギルドから正式な文書が届けられた。

 それは、グライズが行った徴兵に際し、民衆そのものを害する重大な問題があり、これを強行するグライズを『災厄』と認定するという宣言である。

 ただし、直ちにこれらの中止と治療方法を開示すれば、『災厄』認定は解除すると付記されていた。

 この瞬間、グライズはあの天与法印セルディックルナールを付与する方法と、その欠陥の情報が冒険者ギルドにれたのだろうと理解した。

 もっとも、あれだけ性急に進めれば、そういう可能性があるとは十分理解していたが、それでもこの対応は予想以上に早い。


 冒険者ギルドの『災厄』認定。

 通常は強大な魔獣などに適用されるそれだが、人に対して適用された例もないわけではない。

 これは、冒険者にとって『敵』であるとみなされるものだが、実際にはそれ以上の意味がある。


 まず一つに、これは冒険者ギルドが、グライズの殺害すら辞さないということを意味する。

 冒険者の能力は、基本的に極めて高い。一般的に武器の扱いだけに限っても、訓練を受けた騎士たちに匹敵する。

 だがそれ以上に恐るべきは、冒険者たちは法術クリフ法術具クリプトを用いた多彩な戦闘技術を持ち、しかも連携を得意としている者が多い。

 単独の戦闘能力より、小集団での戦いを得意とし、場合によっては、同数どころか倍以上の騎士を圧倒するほどの能力がある。

 しかも時として、単独でも騎士数人を圧倒するような存在がいるらしい。

 そもそもそんな存在が、国家に盾突く冒険者などやってることも許しがたいのだが、今それを言っても始まらない。


 そしてそれ以上に大きいのが、神殿同様、人々にとっては守護者であるとさえ認識されている冒険者に『敵』であるとみなされることは、人々の敵であるという烙印を押されるに等しい。


 いずれはこのような対応を取ってくるだろうことは、グライズも予想していた。

 そのために、グライズは神殿、および冒険者ギルドに対して、自分を認めない勢力であり、他国におもねる勢力だと吹聴し、敵愾心を植えつけようとしていたわけだが、それはまだ十分に浸透したとはいえない。


 神殿と冒険者。

 現時点でそのどちらからも敵とみなされることは、確実に民が自分の正当性を疑う理由になる。


「何としてもアルガンドと一戦し、目に見える戦果をあげるしかない。そうすれば、民衆の不安など消し飛ぶだろう」


 この事態になってもなお、彼はまだ自分たちの優位を疑っていなかった。

 また、神殿や冒険者が動くとしても、まだ数日はかかるはずだ。

 だが、三日以内には戦端を開く準備が終わる見込みだ。

 いくらなんでも神殿も冒険者も間に合うはずはない――というグライズの目論見は、飛び込んできた兵の言葉で、その見積もりの甘さを突きつけられた。


「へ、陛下!! 神殿騎士が、即時の王位の破棄と、イルステール前王の解放を求めて、城門前にきています!!」

「なんだと!? 無視しろ! 城内に招くな!!」

「い、いえ、それが……神殿騎士は、百名あまりで、一時間以内にその宣言がない場合は、実力行使に及ぶ、と……」

「なっ?!」


 強硬手段に出るのが早過ぎる。

 まだ数日は交渉の余地があると思っていたのだが、その時間がいきなり一時間に縮められた。

 神殿にとって最終手段であるはずの武力行使がいきなり行われるほどに、あちらは余裕がないのか。

 だがそこで、グライズはもう一つの可能性に気が付いた。

 正面に冒険者はいないらしい。

 だとすれば――。


「即座に王城の排魔の結界を起動せよ!! それと、地下水路の防備をすぐ固めろ!! そこから冒険者が潜入する可能性がある!!」


 この動きは間違いなく、神殿と冒険者が連携している。

 そして冒険者は少数精鋭。目的は自分の抹殺だろう。

 あちらにはおそらく、フィルツ王子がいる。とすれば、地下水路の抜け道の存在を知っていても不思議はない。

 そこを突破させるわけにはいかない。

 直属の部下たちには、王城地下にある秘密の抜け道の存在を共有している。

 彼らはすぐに地下水路に向かった。


「神殿がこれほど早く動くということは、冒険者どもも同調している可能性が高い。おそらく城門は囮……」


 既に『災厄』に認定した以上、冒険者は殺害すら躊躇しない。

 そしてこの事態を収束させる一番の近道は、確かにグライズの抹殺なのだ。

 だがそれは裏を返せば、彼にとってもチャンスといえた。

 国境は事実上封鎖されている。

 他国から冒険者の応援が駆け付ける可能性はない。

 そしてバーランドのすべての冒険者が集まっていても、その数は五十人程度のはずだ。それも全員がキルシュバーグに集まっているとは思えない。

 つまり、戦力それ自体はたかが知れている。


 もっとも、少数精鋭を旨とするのが冒険者であり、油断はできない。

 だが、この状況で第二陣、第三陣を用意する余裕があるはずがない。


「ここを凌ぎきれさえすれば、神殿も冒険者もすぐ動くことができる戦力を失うことを意味する。そうなれば、もはや私を止めるものはいなくなる……よし。誰かあるか!」

「はっ」

「城門を守る兵に伝えよ。神殿騎士を駆逐せよ、とな」

「はっ……は?! し、しかし、彼らは交渉に来たと……」

「百名も武装した騎士をそろえて交渉などと言う方がおかしい。我を排除しようという意図があるのは明らかだ。もはや神殿はバーランドの敵なのだ。容赦なく殲滅せよと伝えよ!」

「しょ、承知いたしました!」


 そして程なく――。


「陛下、地下水路にて冒険者と思しき一団と接触、戦闘が開始されたとことです!」

「やはりか……確実に殲滅せよ!」


 王城に残っている戦力は多いわけではないが、最精鋭だ。

 しかも、王城を含めた領域は、すでに排魔の結界の影響下にある。

 こちらは天与法印セルディックルナールの使い手ばかりだから、戦力の減衰はない。

 大規模な集団戦ならともかく、小規模、あるいは個人の戦闘において、この優位性を覆せるはずはない。


 強いて言えば、自分が法術を使えないが、問題はない。

 グライズ自信には、法術よりはるかに強力な切り札がある。

 仮に自分の前に冒険者がたどり着いたとて、むしろその者たちは絶望を目にすることになるだろう。


 グライズは、自分の勝利を疑っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る