第116話 王城攻略準備
翌日。
早朝から、王都近郊に潜伏していた冒険者達が次々と集まってきた。
リュグの街で別れたオズワルドとシュタークもいた。
コウ達と一緒に行くのは、ヴェルド、カインズという二人だ。
「あんたがコウか。俺はヴェルドだ。噂はちらほら聞いてたが、会えて嬉しいぜ。作戦は後で聞くが、よろしくな!」
「カインズだ。大変な状況だが、よろしく頼む」
ヴェルドはコウよりは二周りは大柄で、
一瞬、飛行法術で飛ぶのかと心配になるほどだが、あの法術はおそらく大型魔獣ですら飛ばせるので、それは問題はない。
彼は、この体格でありながら、多様な武器を使いこなす戦士らしい。
近接武器であれば、剣も槍も斧も打鉾も、それどころか細刃やナイフすらも使えるため、自分の体格の幅さえあればどんな場所でも戦える、と豪語している。
カインズは、ヴェルドとは対照的で、コウと同じくらいの身長で、全体的な線も細い。
だが、使う武器は、ともすれば槍ではないかとすら思える独特な武器だった。
刃の大きさは普通の長剣なのだが、柄の長さが刃と同じくらいある。
日本の刀の派生で、長巻という武器がこれに近いが、こちらはいわゆる両刃の剣だ。
「コウだ。よろしく頼む」
「エルフィナです。よろしく」
エルフィナを見た二人が、一瞬驚いたように目を見開いたのは気のせいではないだろう。
コウは常に一緒にいるので感覚が麻痺しているが、エルフィナと相対したら、たいていの人はこのような反応になる。
「すげえ美人とご一緒できるとは、それだけでもやる気が出るってもんだ」
「ありがとうございます」
「できれば仕事が終わってからもご一緒したいところだが……」
「それはどうでしょう。私はいつもコウと一緒なので、コウ次第ですね」
「あー、この色男が! 羨ましい限りだな!」
ヴェルドの言葉に、コウとしてはどういう表情をしていいか困惑し、なんともいえない表情になってしまった。
エルフィナの『告白』以後、コウはその返事を曖昧なままにしている。
あるいは、もう答えは決まっているのかもしれないが、それをはっきり言葉にするのは、また違う。
何かきっかけがあればというところかもしれないが、現状ではなかなか最後の一歩を踏み出すことが、コウにもできなかった。
なので、このように言われると、どう反応していいのか分からなくなるのだ。
エルフィナはといえば、コウのその悩みを知ってか知らずか、なぜか楽しそうに微笑んでいる。
告白した者の余裕なのかと思うが、かといってまさか問い詰めるわけにはいかず、コウとしてはなんともいえない表情になってしまう。
一方のエルフィナも、実は見た目ほどに余裕があるわけではなかった。
信頼されているという自信はあるが、異性として好かれているという自信はない。
今回、冒険者が手伝うといってきた時、女性が混じってないといいな、と思ったほどだ。
自分が
それは、仮にコウがこの世界にとどまる選択をしたとしても、考えられる話だ。
もし人間で魅力的な女性が現れたら、コウは自分の前から去ってしまうのでは、と考えてしまうのだ。
「で、作戦は一応聞いたが……ジュラインじーさんが嘘を言うとも思えんが、そんなこと本当に可能なのか?」
「飛行を行う法術というのは確かに聞いたことはあるが、使い手がこんなところにもいるとは思わなかった」
「お? カインズ、知ってるのか」
「ああ。だが、使う
むしろ、飛行法術自体が既にあったことを知らなかった。
ただ、確かにかなりスリム化してるとはいえ、十二文字もの
つまり、それらの文字全てに適性がある術者以外は使えないという時点で、使い手は相当に限られる。
しかも、
「ああ、まあ、カインズが知ってるのと同じかは分からないが……」
「まさか、独力で作ったのか!?」
「そういうことになる」
「すごいな。俺も法術もそれなりだが……自分で術を作ることはほとんどしたことがない」
むしろ、コウの場合は既存の術はあまり使わない。
知らないわけではないが、制御できる
とりあえず作ってから、文字を削って同じ効果を生み出すようなやり方を取る。
「法術もそうだが、俺はコウの持ってる武器も気になるな。見たことがない」
「これか。まあちょっと特殊なものでな……俺専用だと思ってくれていい」
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「……ああ」
コウは鞘ごと刀を外し、ヴェルドに渡す。
コウの意思で渡したので、麻痺してしまうということはないらしい。
「お? 抜けないぞ、こいつ」
「……ああ、そうか。すまん、それは俺しか使えない、ある種の術がかかってるようなものなんだ」
渡すことはできても、使うことはできないらしい。
そういえば以前ハインリヒに見せたときは、コウが先に抜いて見せていたのでこれに気付かなかった。
ヴェルドが何度か抜こうと頑張ったが、文字通りびくともしない。
諦めて返された刀を、コウが少しだけ抜き放つ。
「ほー。刃が片方だけというのは珍しいわけじゃないが、これだけ細身の刃なのは珍しい。しかも、それでありながらこいつは、相当に強靭でもありそうだ」
見ただけでそれだけ分かるのも、たいしたものである。
「それに、なんか凄みというか……これ、
エルフィナの持つ
「あー。ちょっと違うが、近いか。ちょっと特殊な武器でな」
まさか竜の力が宿った刃だとはいえない。
「ともかく、この四人、それにフィルツ王子の五人で王城に潜入し、グライズ王子の捕縛、または最悪の場合は――」
「だな。最悪にならないことを祈るが。まあ、フィルツ王子に護衛はいらんし、突破だけ考えればいいか」
「……そうなのか?」
「ああ、あんたはアルガンドから来たんだっけか。フィルツ王子は、この国の騎士団の団長が自分の副官に欲しいというほどの剣の腕前があるって、有名なんだ」
「そうだったのか」
道理であの争乱の中、ほとんど怪我もなく王城を脱出できたわけである。
後ろで、ジュラインと段取りの確認をしているフィルツは、見た目には武芸と縁のない普通の王子っぽく見えるのだが。
「互いの紹介は終わったかの」
頃合を見計らったのか、ジュラインとフィルツが輪に入ってきた。
「ああ。じーさんが太鼓判を押す以上、俺らがこの二人の力を疑う理由もない。で、決行はいつよ?」
「今夜じゃ。まず神官戦士たちが王城に兵を寄せ、グライズ王子の即座の王位返上とイルステール王の解放を要求する……が、まあまず従わないじゃろう。その時点で、神殿はグライズ王子を弾劾し、神殿として武力を以って当たると宣言する。同時に、地下水路からの潜入部隊――まあこちらも陽動なわけじゃが、これが潜入を試みる」
「で、俺たちが空から王城へ、というわけか」
「王城に入った後の案内は任せてくれ」
フィルツ王子の言葉に、一同は頷いた。
「作戦開始まであと十時間ほどじゃ。各々、羽目をはずさん程度に休んでおいてくれ」
「おう。コウ、少しだけ手合わせしないか。お互いの実力や戦い方を知っておいた方が、いいだろう?」
「分かった。カインズさんもやるか?」
「ああ、そうだな。しかし君は、法術も剣も使えるのか。エルフィナさんは……弓か?」
「そうですね。コウほどではないですが、剣もそれなりだとは思います」
実際にはこれに、
説明も難しくなるので、今は伏せておくことにしている。
昼食後、コウとヴェルド、カインズで武器を使っての手合わせが行われた。
ヴェルドは、本当にその体格に似合わず、非常に多彩な技術を持っていた。
大きな武器から小型の、それこそ短剣ですら自在に使いこなし、攻撃の手が読めない。
鎧のあちこちに武器を格納できるようになっていて、それを戦っている最中ですら切り替えて使ってくるので、本当に変幻自在だ。
本気で戦ったらどうなるのかと思わされる程の実力だった。
カインズの武器は、こちらでは
儀礼用の武器なのだが、彼はそれを二つに分割して使っているらしい。
柄が長いので槍のように使うこともできる一方。間合いを誤らなければ、普通の剣としても使える。
欠点は狭いところで使いにくいことのようだ。
大きく振り回したときの威力は侮りがたく、コウも正面から受け止めるのは遠慮したい勢いがあった。
「その武器……変わった形だが、コウはその特性を知り尽くしてる感じだな。カインズの上段からの振り下ろしをいなすやつなんざ、初めて見たぜ」
「それに、俺のほどじゃないが、持ち手も長い。両手でも片手でも使える大きさと長さが絶妙だ。良い武器だと思う」
「おう、いいよなぁ、これ。コウ、どこで手に入れたんだよ。俺も一本欲しいぜ」
コウは曖昧に『遥か東方の故郷のものだ』とごまかした。
本当のことはいえるはずはないし、第一、この刀は既に元のそれとも違うモノになってしまっている。
法術すら切り裂くことができるであろう武器など、おそらく他にないだろう。
お互いの実力をある程度把握した後は、作戦開始まで軽い食事の後、休憩となった。
コウは食事を終えると、砦の上層に出る。
木々が生い茂ってキルシュバーグ方面は見えないが、それでも剣呑な気配は伝わってくる気がした。
「休まないんですか?」
「……エルフィナ」
そちらはどうなんだ、と思ったが、それはお互い様だろう。
ふと顔を上げると、灰色の雲が空一面を覆っていた。
「天気はどうかな、と思ったが……いい感じに曇ってくれているから、これなら地上からはまず見つからないな」
この世界は蒼と白の二つの月があり、夜中でも月齢によっては相当に明るい。
だが、曇ってしまえば、暗闇に包まれる。
「そうですね。あとは、グライズ王子がどう出るか……」
「そこの対応はフィルツ王子次第だろう。まあ、最悪は討ち取ることも考える必要があるが……護衛がどの程度いるか、だな」
「多分、王都で戦ったのと同じレベルのが……いるでしょうね」
この場合の王都は、キルシュバーグのことではなく、アルガンド王都アルガス。
あの、学院祭で戦った、
相手の戦力のことを考えれば、間違いなく排魔の結界が展開されているとみるべきだ。
「まあ、前回と違って符があるし、この刀で法術を弾けると知っているから、何とかなるとは思う」
「もし、それでも厳しい相手がいたら……その時は、私が貴方を守ります」
「エルフィナ……」
「前回は私は無力でしたが、今回は弓がある。それに、貴方に作ってもらった
「そうだな……頼む。俺が届かない場所は、エルフィナに任せる。その代わり、エルフィナは、俺が守る」
「はい。信頼しています、コウ」
コウはエルフィナの頭にぽんぽん、と手を置く。
エルフィナは最初こそ、少し不満そうにしていたが、やがてコウの腕を引き寄せると、そのままコウに寄り添った。
作戦開始まで四時間あまり。
バーランド王国の運命を決める戦いが、始まろうとしていた。
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