第115話 突入作戦

「最大の問題は、時間のなさじゃ」


 冒険者ギルドとして、現国王であるグライズを討つという方針は固まった。

 正しくは、彼は正式に王位を継承していないので、便宜上僭王ということになる。

 彼を捕縛または討ち果たす――すなわち殺害するのが、その最終目的だ。

 相手が国という存在に等しい以上、冒険者ギルドとしても最大限の戦力をそろえる必要があるのだが、今回の場合その準備期間があまりにも少なかった。


 何しろ、遅くとも一ヶ月、下手をすれば一週間以内には、バーランドとアルガンドの間に戦端が開く。

 そうなってしまっては、グライズを討って王位をイルステール王に返すか、フィルツ王子が継承したとしても、アルガンドとしては責任を追及せざるを得なくなる。


 ルヴァイン王であれば、バーランドに対して悪いようにしないとは思うが、国と国という関係は、たとえ国王であってもその思惑を超えた事態を引き起こす。

 少なくとも、バーランドはアルガンドに対して少なからぬ負債を背負い込むことになってしまう。

 それを回避するためには、なんとしても戦端が開くより先に、グライズ王子を討ち、バーランドの兵を退かせるのが最善だ。

 実害が出ていない今ならば、まだ矛を収めさえすれば、事態を収拾する余地があるのだ。


 だがそのためには、非常に短時間での目的の達成が必須だ。

 可能なら、明日にでも。


「コウ殿にも協力いただくとしても、バーランドのギルド所属の冒険者だけでは……戦力が足りん」


 キルシュバーグの冒険者たちは王都を出て近くにいるらしいが、連絡は取れる。

 だが、全部で二十人ほどで、王城の守りを貫くには足りない。

 バーランド全土から集めても、五十人程度。

 連絡はしているが、間に合うかは難しい。

 そして国外からの援軍は期待できない。


「王城への潜入それ自体は、俺とエルフィナなら問題はない。他にあと二、三人なら一緒に行けると思う」

「あっさり言うのだな……どうやるのだ?」


 論より証拠ということで、コウは手早く飛行法術を発動させ、ジュラインに付与した。


「な、な、な……」

「飛行制御は俺がやる。これなら地上で陽動をしてくれれば、難なく入れるだろう」

「規格外の法術士クリルファだとは報告を受けていたが、本当にそうだと痛感させられるのう」

「細かいところはあまり気にしないでくれ」

「分かった。地上に戦力を集めさせれば、十分可能性はあるじゃろう。あとは陽動のための戦力じゃが……」


 現在動員できる戦力は、コウ、エルフィナや、アルガンド領事館の武官を含めても二十人程度。

 王都所属の冒険者が戻ってきても、あと十五人くらいだ。

 五人が飛行法術で潜入するとして、三十人ほどでは陽動には心許ない。


「こちらはアテがある。今朝、使いを出したので、程なく……」

「ジュライン翁、戻りました」

「おお、良いタイミングじゃ。どうじゃった?」

「はい。神殿も協力を約束してくれました」

「神殿?」

「うむ。今回は、神殿もグライズ王子と敵対する関係になってしまっておる。ゆえにこちらの目的を伝え、協力できないかと思ったんじゃ」


 冒険者ギルドの災厄認定は、大抵の場合神殿にとっても看過できない事態であるため、協力体制が敷かれることは多いらしい。

 キルシュバーグの神殿が協力してくれれば、神官および神官戦士団の力が借りられる。王都に属する神殿だけあって、その数は百近い。


「しかも、神殿がグライズ王子に敵対することは、民達にも改めてグライズ王子が正しいのかを考えさせることができる。神殿が武力を以って戦うのは、人々を護る時だけ、とされているからな」


 実際、暴徒が神殿を襲ったときも、最低限の自衛のみだったらしい。


「地上で神殿に陽動をしてもらって、地下水路などからと考えておったが、空を飛べるとなれば、話は別じゃ。突入の人数はやや少なくなるようじゃが、問題はなかろう」


 相手もまさか、空を飛んで直接潜入されるとは思っていまい。


「地下水路というのは?」

「王城じゃからな。いざという時の王族の脱出路というものがあるのじゃ。王族しか知らんものだが……」


 ジュラインはそこでフィルツ王子を見る。


「私も王族だからね。知っている、というわけだ。当然、従兄殿も知っている。だから彼もそこからの侵入は警戒してるはずだ。とはいえ、本来秘匿されるべき存在だから、おおっぴらに防衛線をはるとは思えないので、突破できるとしたらそこ、と思っていたんだ」

「なら、そちらからも突破を行っておいた方がいいな。そうすれば、こちらの本命がそちらだと思わせて、城の下層に兵が集まる」


 一方で、本当の本命は、空から城の上層に入る。

 完全に敵の虚を突くことができるだろう。


「そうじゃな。となれば、主たる陽動は神殿に任せるとして、水路から冒険者が行くか。あとは……」

「できれば、私はコウ殿と一緒に、城に入るメンバーに入れてもらいたい。城の案内も出来るし、従兄殿と直接相対したいのだ。足手まといにはならない」

「……最悪、殺し合うことになるぞ?」

「覚悟の上だ」


 フィルツは力強く頷くと、腰にある剣の柄をあらためた。

 一人で王城を脱出したことといい、確かに剣には自信があるようだ。

 少なくとも、自分の身一つを守るくらいは問題はないのだろう。

 それに、王城の内部に詳しいフィルツ王子がいれば、助かるのは事実だ。


「分かった。ならば、あとは俺とエルフィナと……あと二人くらいなら何とか」

「所属の冒険者から二人だそう。排魔の結界がある可能性が高いことを考えると、武器の扱いに長けた者がよいだろう」

「そうだな。俺も、行く前に符を十分準備しておくつもりだ」


 排魔の結界があるのはほぼ間違いないので、法術を新たに使うことはできないと考えておいた方がいい。

 ただ、今回は学院祭の時とは違い、最初から万全の準備で臨めるので、条件が違う。

 エルフィナも弓を持っていくし、何より精霊珠メルムグリアからの精霊行使エルムルトが使えるので、仮に魔幻兵ガルディオンが出てきたとしても文字通り一蹴できるだろう。


 天与法印セルディックルナールの使い手がいたとしても、エルフィナ一人で圧倒できるし、コウも対法術防御の法術を予め付与していれば、多少の直撃には耐えられる。何より、ヴェルヴスの力を宿した刀が、法術すら防げるとわかっているのも大きい。

 これに加えて、補助系その他の法術を法術符クリフィスで持っていけば、攻撃法術で圧倒することはできなくても、たいていの相手は何とかなるはずだ。


 相手の戦力で最も警戒すべきは、『アクィラの雷霆』事件の法術士クリルファだろう。間違いなく天与法印セルディックルナールの使い手、かつ学院祭で戦った相手同様、彼らの言葉を借りれば『完全適合者』である可能性が高いと思われる。

 強力な雷の法術はそのあまりの速度から、刀での迎撃も難しいが、対峙した時の対策はすでにエルフィナと考案済みだ。


 あとは、同行する冒険者の技量次第だが、冒険者である以上一定の信頼はできる。

 陽動でかつ、通常ありえない上層からの突入であれば、相手からすれば完全な不意打ちになるはずだ。

 しかもこちらには、王城の構造を知っているフィルツ王子がいる。


「万全なはず……なんだがな」


 それでもなぜか、コウは言い知れぬ不安を感じていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「状況はどうか」


 尊大と表現するに相応しい声が、玉座の間に響いた。

 バーランド王国の頂点に君臨する、国王が座すべき椅子。

 そこに座っているのはバーランド王国第八代国王、グライズ・バルトロイだ。

 ただし、国王の系譜は基本的に神殿と王家の記録の両方を以て正とする。

 だが現状、王家の記録はともかく神殿の記録上では、いまだにバーランド王はイルステールであり、グライズはいまだに正式に王を名乗ることは、本来であれば許されない。


 この、神殿が王位を認定する制度は、少なくとも現状有史以来数千年にわたって続いている制度だ。

 始まりの存在とされる『エルスベル』が消滅したのち、最初に誕生したのが神殿だ。当時は国という形ではなかったとされるし、現在神殿が治める『国』とされているファリウス聖教国も、実態は国全体が巨大な神殿というべき存在である。


 そして唯一、神々の力の一端である奇跡ミルチェを継承した彼らは、以後国王を認定する権限を有していた。

 新たに国が建国される場合も、その新国王を認定するのは神殿だ。

 バーランド王国も、百年前に初代の王――元はアルガンドの公爵――がこの地に国を建てることを宣言し、神殿の認定を受けて国家となった。

 例外は国の集合体であるグラスベルク帝国の皇帝だけ。

 この神殿の権威は、少なくとも現在では絶対である。


 だがグライズは、この神殿の権威を否定した。

 王家の血筋であり、王位を継ぐのに何ら問題はないはずの自分を否定するのであれば、神殿など不要だ。

 神殿は絶対中立であり、単に王家を承認するだけの存在であればいいはずなのに、実質的に王であるグライズを否定するのであれば、それはつまりフィルツ王子に、すなわち穏健派に肩入れしているも同然である。


 だが、ことはそう簡単ではないのも分かっていた。

 神殿に対する人々の信頼は篤い。

 今は民衆がアルガンドに対する敵愾心で熱狂してグライズを支持しているが、熱というのはいつか冷めるものだ。

 だからそうなる前に、さらなる熱、すなわち、決定的な戦果、バーランド建国百年の悲願であるアルガンド侵攻を成し遂げる。


 そのために、の協力の申し出も受けた。

 その結果、アルガンドを圧倒しうる戦力を手に入れたのだ。

 たとえそれが、諸刃の剣であろうとも、グライズはもう止まることは許されなかった。


「わが軍は国境緩衝地帯の半ばまで進軍。また、唯一国境を接するカラントの街の手前には、最大の六千の兵力を配しています。ただ、アルガンド側もすでに領土内とはいえ防衛部隊を配置。その数は……」

「どうした。続けろ」

「……はっ。その数は、いずれもわが軍の三倍から五倍。カラントの街近くに配置された兵は、三万に達するそうです」

「だろうな。最も多くの軍を進められるのはあそこだからな。法術兵の状況は」

「法術兵五百は、現在カラントへ移動中です。三日後には配置完了するとのこと」


 最大の戦場となるのは、間違いなくカラントの街の先にある、バーランドとアルガンドの間の街道。

 だが、カラントの街を出てアルガンドへ入る街道は、大軍が展開しにくい谷底の様な地形を通っている。

 そしてすでに、そこに排魔の結界を起動する準備が完了していた。

 谷に集中的に配置した排魔の結界は、相乗効果でアルガンド領土まで影響が出る見込みであり、つまりアルガンドは突然法術が使えなくなるのだ。

 無論アルガンド側も対策はしているだろうが、こちらの法術兵の戦力を甘く見ているだろう。

 現在派遣している法術兵は、この二年で研究している課程で生み出された法術兵五百人。


 残念ながら、五千人もの人間を使って生み出した法術兵も、現状使えるのは五百だけである。

 まだ遺跡に隣接させた施設には千人ほどがいるが、レヴァルタの投与量がまだ不足しており、すぐには使えない。

 そして、初期の頃に処置した法術兵は、すでにレヴァルタに耐性がついてしまい、魔力が補充出来なくなってしまったのだ。

 結果、五百人程度しか実はいない。


 王都の民を無理やり徴用したのもこのためだ。

 最初にレヴァルタを濃縮して投与することで、短時間で魔力蓄積量の拡大と体力欠乏への耐性を獲得できることは、すでに分かっている。

 ただその代わり、レヴァルタへの耐性がついてしまうまでにかかる時間も短く、大体二ヶ月程度だという。

 つまり、ごく短期間しか、法術兵は使えない。

 だから、大量に、逐次『製造』していくしかない。


 幸い、ここ数年で集めていたので、レヴァルタの備蓄量は十分にある。

 原料となる魔力草マナヴィーツが高原植物であり、バーランドには非常に多く自生しているのが大きかった。

 そして、バーランドには三百万人もの人がいる。

 すでに実験では、子供や老人でも、『法術兵化』の効果があることが分かっている。ある程度以上の年齢の者であれば、誰であろうと強力な法術兵になれるのだ。

 実質、バーランドの兵力は、百万を超えることになる。


 その後にその者らが死んだとて、バーランド百年の悲願を達成するための礎となるのだ。誇るべき死と言えるだろう。

 一時的に人口が激減するだろうが、アルガンドの支配地域を奪えば、何ら問題はない。遠からず、アルガンド全てを蹂躙し、大陸東部全てを手に入れる。

 それこそが、グライズの描く壮大な未来図だった。


「配置を急がせろ。二日後には私もカラントへ向かう。バーランドの栄光が、そこから始まるのだ」

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