第65話 後継者の悩み

 学生といえど、時には街に出ることもあり、キールゲンも時々は買い物に行く。


 当然、コウ達は護衛としてついていくことになるが、キールゲンはどちらかというと、コウとエルフィナに王都を紹介するためであるかのように、あちこち歩き回っていた。


 キールゲンは王子として国民に慕われているようで、街中でもよく声をかけられていた。

 コウは、最初こそ襲撃者の可能性を考え警戒していたが、少なくとも過剰に警戒する必要はないと思えるほど、街の人々は気さくだった。

 キールゲンだけではなく、王家に対しても信頼しているということが、よく分かる。

 ちなみに今日はエルフィナは用事があったとかでコウ一人である。


「王族なんて、城から出ないもんだと思ってたが」

「国によってはそういうところもあるらしいがな。アルガンドではそれはない。叔父上なんて、酒場で泥酔してたところを回収されたことが何度もあるらしいぞ」

「それはそれでどうなんだ……」


 日本で政治家がそれをやったら、確実に進退問題になるが、そこはお国柄だろうか。

 まあ、正面から来る度胸があれば下克上やってよし、なんてことを言い出す王家だ。

 このくらいは普通なのかもしれない。


「正直、さすがにそれは俺もどうかと思う。まあ、叔父上は極端な例だが、王が民を見なくなるよりはいいだろう?」

「しかし、暗殺されるようなことはなかったのか?」

「なかった……とは残念ながらいえない。ただ、ここ百年くらいはないな」

「よほど他国からの横槍の方が多かったか」

「ああ。カントラントの河壁と法術砲ルーントロンが登場するまでは、南部のキュペルとは常に激しい戦いが続いてたという。アザスティンとバーランドも、今は大人しいが今後は分からないしな」


 ちなみにこの法術砲ルーントロン、原理を作り上げたのはあのアクレットらしい。相変わらず規格外の存在だと思い知らされる。


 アザスティンとバーランドは西はグラスベルク帝国、東はアルガンド王国と国境を接しているが、西側はロンザス大山脈で隔てられている。

 さらにその大山脈を越えた後は、広く湿地帯が広がっており、土地としてのうまみはあまりないし、そもそも西側に出るのも容易ではない。

 対して、東側はさほど険しいわけではなく、さらにアルガンド王国の西側はアルガンド王国の食料庫とまで云われる、広大かつ肥沃な平野が広がっている。特に、バーランドと接する北西部は、カントラント河北岸と並んで、大陸でも随一の恵みの大地とまで呼ばれている。


「次期国王としては、まだまだ問題が山積、ということか」

「まあそうなるか。といっても、父上はまだまだ現役だろうけどな。実際、色々話を聞く限り、ちょっとまだ対応する自信はない」


 それに、とキールゲンは少し視線を上げる。


「俺たちからすれば、国土を守るのは当然だ。まして俺には、その責任がある。ただ、立場を変えてみれば、キュペルにせよバーランドにせよ、その王族であれば国民に対して責任がある。そして彼らを富ませるためには――と考えるとな」


 アルガンドからすれば、バーランドもアザスティンも侵略してきた側だが、あちらからすれば、アルガンドは大陸の恵みを独占する、と見えるのかもしれない。

 物事というのは、立つ位置によって見え方も変わる。


「そういう考えができるだけ立派だよ。一つの国が富めば、当然他の国は貧する。生活が変わらなくても、相対的にはな。だからそれを覆すために力を使おうとしてしまうのは……まあそれが人間の歴史なんだろうけど」


 それをしていては、永久に戦争が続く。

 だから地球では、戦争をしないための枠組みをずっと――コウがこちらに来る時点でも――模索し続けている。

 今この世界はそこまでは成熟はしていない。

 だが、いつかはそこまでたどり着くだろう。

 それは、キールゲンや、あるいはその子、孫、子孫たちの役割だろうが。


「現状、戦争を一番したいと思ってるのはおそらくバーランドだろうとは思う。アザスティンはアルガンド王国われわれとの協調路線を選んだが、バーランドは今でも国内が二分されているらしいしな」

「だが、戦力差が大きくて勝負にならないはずだよな」

「ああ。だから俺や王族を暗殺……ってのはなくもないんだろうが、それで利があるとは思えないんだよな……絶対的な兵力差がありすぎる」


 アルガンドは各領主の軍を合わせれば、二十万もの大軍勢を編成できる。

 これでも常備軍だけであり、予備兵力を合わせるとその倍まで可能だ。

 そしてそれを維持するだけの国力もある。

 対して、バーランドは二十年前の敗戦の影響もあり、兵力を限界まで絞り出しても、おそらく五万も用意できないと試算されている。

 しかもその練度にも差がある。

 山岳国という条件を活かせる国土防衛ならともかく、平地での戦いが主となるアルガンドへの侵攻は、勝負になるはずがない。

 まして、アルガンドには切り札としてアクレットの存在がある。


 コウは最近になって理解したのだが、戦争における法術の影響は実は思ったよりはるかに小さい。

 イメージ的に、日本の戦国時代における鉄砲以下だ。

 というのは、特に攻撃法術を使える法術士というのは、実は百人に一人程度と、かなり割合としては低い。しかもこれは文字ルーンの相性的に使えるというだけで、実際に法術士となっている人を加味すると、その人数はさらに減る。

 強力な攻撃法術使い、例えば一人で一小隊を一撃で全滅させられるほどの使い手となると、アルガンド軍全体でも数十人程度である。

 その程度では、万単位の軍が動く戦場で、その趨勢すうせいを左右することなど難しい。

 射程も考えると、弓兵部隊の方がはるかに強力なのだ。


 コウ自身がかなり出鱈目な使い手になってるのと、日本のゲームや創作の影響で、魔法イコール攻撃と思っていたが、軍隊という中での攻撃法術の位置づけはかなり低いらしい。

 なまじ生活のあらゆる場所で法術が使われているだけに、攻撃法術も一般的だと勘違いしてたのである。

 もちろん、ごく一部にはアクレットの様な例外はいるし、攻撃ではなく支援系や回復となればまた話は変わるので、全く意味がないとはいわない。

 というより、回復はかなり重視されている。


 アルガンドの王族をことごとく殺してアルガンド王国を混乱させるというのはあり得るかもしれないが、現状あまりに難しいと言わざるを得ない。


「まあ、冒険者の身から言わせてもらえば、戦いに……戦争になるのは避けてもらいたい。旅をするのにも危険が増えるし、治安も悪化する。輸送などの危険も増加して輸送にかかる費用が上がり、さらには流通が滞って市場いちばの品物も少なくなる。結果、物価が上がって人々が困窮する。その少ない商品をさらに軍が消費する。悪いことしかない」

「……その通りなんだが、流れるようにさらっというな。たいてい、戦争というとまず人が死ぬから良くない、とか逆に領土が増えて軍隊が食料を使うから儲かることが多い、とかいう連中が多いんだが」

「そんなのは一時的だろう。クロックスのように戦闘がある程度定常化してる場合は、それも市民の活動に組み込まれるが、あんな例は稀だ。たいていは、命と金の無駄な浪費だ」


 これらの活動を総称して『経済活動』というのだが、今のコウにはそれを的確に表現できなかった。

 コウが『経済』という言葉を使わないのは、それに相当する言葉がないからだ。

 言い換えれば、この世界においてはまだ、『経済』という言葉が誕生するほどには、その分野の研究が成熟してないといえる。公害ヴァスタという言葉があるというのに『経済』に相当する言葉がないというのは、地球出身としては酷くアンバランスにすら思える。


 《意志接続ウィルリンク》を用いれば伝えることはできるが、そもそもその概念を理解できない可能性もある。

 それに、あの《意志接続ウィルリンク》という能力が、実は極めて特異なものであることを、コウは既に学んでいた。

 法術でもなく、かといって信仰によってもたらされる奇跡とも違う能力。

 一般に『異能』とされる能力で、高度な知性を持つ魔獣や、あるいは竜などが持つ能力らしい。

 おそらく、この世界に来て最初に会った、あのヴェルヴスという竜の固有能力なのだろう。


「そういう考え方ができるやつが将来俺の隣にいてくれると助かるんだが……」

「いずれ、キールの周りには俺よりずっと優れた識者が集まるだろうし、それでこの国をよりよくしていってくれ」

「それでもコウほどの人間がそう何人もいるとは思えないが……本当にコウは面白いな」


 コウはキールゲンには経歴は話していない。

 辺境出身という事にしているが、キールゲンもはぐらかされていることは気付いていた。何か事情があるのだろうと、それ以上は深く詮索しないことにしているのだ。


「まあいい。そういえば、エルフィナ嬢はどうした?」

「なんか、今日は同学年の女性陣とどこかに行くと言っていたが……」

「ついでだから聞くが、コウはエルフィナ嬢のことをどう思っている?」

「旅の仲間だが?」

「そうではなくてだな……」

「言わんとしていることは分からなくもないが……今いえるのは先ほどの答え以上のものはない」

「……そうか」


 もう少し聞いてくるかと思ったが、キールゲンはそれ以上は話を続けなかったので、コウもその話題はそこで打ち切られた。

 ただこれが、後にキールゲンの悪巧みに繋がるのだが、それを今彼が察するのは無理というものである。

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