第34話 鉱山都市エンベルク
エンベルクの街には、予定通り到着した。
形の上では、二人とも冒険者ギルドの連絡員ということになっている。
冒険者ギルドは、特殊な法術具による遠話があるが、それでも定期的にギルド員による直接連絡を行うのだ。
ギルド発行の正規の通行証のおかげで、二人は特にトラブルもなくエンベルクの街に入ることができた。
「パリウスより雑然としていますね」
パリウスは領都でもあるし、広い丘陵地帯にあるからか、街全体の造りが広い。
建物もどれも広く作ってあり、圧迫感というものはあまりない。
対して、エンベルクの街は、街自体が盆地の底の様な場所にあり、街の周囲は峻険な山岳に囲まれている。
加えて、建物もひしめき合うように建っていて、統一感もない。
改築に改築、増築に増築を重ねたのだろう、という建物も多く、エルフィナの言うように『雑然としている』という印象をうける。
人口は七万人あまりとのことだが、それより多い気がする。
「そうだな。まあ、鉱山夫なども多いらしいから、やや荒っぽい連中が多いかもしれん」
鉱山で働く人間が必ずしも荒くれ男とは限らないのだが……このあたりは、かつて観た空飛ぶ島の映画の影響だろうか。
見ると、あちこちの建物から煙突が出ていて、煙が上がっている。
中には非常に大きな建物があるが、おそらくあれは金属の精錬所だろう。
この世界の金属加工に関する技術は、実は特殊だ。
冶金と呼ばれる、金属精製の技術に関しては、地球でいえば近代に近い水準にある。
基本的には鉄が主だが、この世界ならではの希少金属の精製や合金の製造すら行っているらしい。
その一方、鍛造、つまり金属加工の技術はあまり進んでいない。正しくは、一部に独占されているようだ。
ごく一部に技術が集められていて、そこで作られた品は非常に高品質だが、それ以外の製品の品質は悪い。
ただ地球と大きな違いがあるのが、法術の存在だ。
鍛冶に向いた法術の使い手は、とても重宝されるらしい。
特に炉の運用などにおいては法術が併用され、地球より効率がよさそうだ。冶金技術の発展はそのおかげだろう。
ちなみにその手の法術に関連する
特に『鍛冶法術』として体系化され、手引書などの書物が存在するほどである。
ちなみにこの職業別の法術体系、他にも縫製や調理、彫刻などもあるらしい。
コウも実は調理法術は興味があったが、実はエルフィナは調理法術の手引書をすでに購入していた。冒険者になって最初の報酬で迷わず購入したらしい。
本人は法術は使えないはずなのにどうするのかと思ったら、精霊でも似たようなことはできるとか。
好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだ。ちょっと違う気もするが。
おそらく精霊使いで精霊に調理の手伝いをさせるのは史上初じゃないかと考えたら、エルフィナに睨まれた。
相変わらず勘が鋭すぎる。
冒険者ギルドは、街の中心から少し外れた場所にあった。
領都であるパリウスよりは小規模ではあるが、第二の都市というだけあって、それなりの規模のギルドのようだ。
受付で自己紹介を済ませると、すぐに奥の応接間と思われる部屋に通された。
二人が入って程なく、大柄の男性が入ってきた。
「ようこそ、エンベルク冒険者ギルドへ。俺がエンベルクの冒険者ギルド長、グラッツだ」
髪は白いほうが多いくらいであり、年齢は五十過ぎというところか。
ただ、ともすると今でも現役ではないかと思うほどに鍛えられており、いかにも歴戦の冒険者という風体だ。
帯剣こそしていないが、ともすれば拳でも十分な気がする。
グラッツはコウ達に座るよう促し、自分もその正面に座る。
そして前置きもそこそこに、本題を切り出してきた。
外見どおりに、回りくどいことは苦手のようだ。
「オルスベールが兵を集めてるという話だが、あれは事実だ。この件の連絡を受けて、傭兵ギルドにも確認した。間違いない」
「傭兵ギルド?」
「知らんのか? ……そういえばアクレットの旦那がちょっと一般からズレてると言ってたか」
もう少し言い方はなかったのだろうかと思うが、横でエルフィナがさもありなんという感じで頷いているのを見て、むしろそっちを小突きたくなる。
「傭兵ギルドってのは名の通り、傭兵たちの互助会だな。仕事の斡旋とかをやる点はうちと同じだし、場合によっては商売敵になることもある。冒険者ギルドと大きく違うのは、所属自体には資格が要らないこと、基本的に戦闘に特化した集団であることだ。そして、場合によっては領主や国に雇われて、その指揮下で戦うこともある」
護衛などでは競合したり協力したりすることもあるが、冒険者は基本的に、軍隊に所属するケースはない。
冒険者の規約の一つに、軍の指揮下に入らない、というものがあるからだ。
これは、権力者が軍を利用して一般市民を害する可能性がある場合に、それに与することがないよう、という配慮であり、この規約ゆえに冒険者は、国からも独立した存在として確立しているといえる。
ちなみに軍に『協力』するのは規約違反にはならない。
「まあ、お互い持ちつ持たれつってところはあるがな。聞かなきゃ教えてはくれないが、聞いたら隠すことなく教えてきた。まあ、向こうもきな臭い雰囲気は感じていたんだろうさ」
「実際の依頼はどんな内容だったんだ?」
「表向きは鉱山の拡張のための、鉱山夫の護衛と魔物の討伐のため、だそうだ。ただ、そういう話ならうちにも話があるべきだが、それがない。きな臭いなんてものじゃないな」
「依頼があったのは?」
「一ヵ月半ほど前だそうだ」
「雇い入れた規模は?」
「最初は小規模だったが、噂が広まり始めてしばらくして大規模に集めている。今じゃ三千人は雇い入れたという話だ。正直、よくそれだけの金があるもんだと思う」
思った以上に多い数に、コウは一度押し黙る。
ラクティがエンベルク行きを発表したのは一ヶ月と少し前。
ただ、実際にはそれを検討していた時期が当然あるはずだ。
もし、事前に彼らがその情報を掴み、そしてラクティを害するつもりがあるのならば――。
ただ、やはりそうなると、ここまで大掛かりなことになってる理由が分からない。
そもそも、ラクティ一人を害するのであれば、簡単だ。
普通にもてなす振りをして、食事に毒でも混ぜればいい。
こんな無用な警戒をさせる時点で、陰謀をめぐらせるなら失敗といえるのではないか。
それをグラッツに聞くと、グラッツはしばらく面食らったようになって、それから得心がいったように頷く。
「……ああ、なるほど。知らなきゃ普通はそう考えるわな」
「どういうことだ?」
「この国で領主を害するには、それなりのやり方が要るってことさ」
叛乱にやり方なんてものがあるのかと、コウは思わず呆気に取られてしまった。
「そもそもそんな方法、国が、それを認めていないんだよ」
「国が?」
パリウスやクロックスが、アルガンド王国という国の一地方であることは承知しているが、実際、領地はそれぞれで完全に独立した存在であり、国という存在を感じることすらほとんどない。
「アルガンド王国の初代建国王の言葉でな。気に食わなければ、いつでもかかってこい、という豪快な王様だったらしいんだが、そこから転じて、いつの間にか領主に限らず、自らより立場が上の存在を打倒するなら、正面からやれ、という風潮がこの国にはあるんだ」
「またずいぶん大雑把というか豪快というか」
「だろうな。ただ、これが領主ともなると、その縛りたるや強力でな。領主を謀殺でもしようものなら、関係者全員が処刑される可能性すらある」
実際、過去に領主の地位欲しさに従兄であった領主を毒殺した者がいたらしい。
それに対して、国は継承権を認めなかったばかりか、関わった人間、およびその家族をことごとく処刑したという。
ただこれは、お互いが力を持つ場合に限るらしく、悪辣な領主を市民が暗殺したケースは、単に領主が処断されて、その領地はその地域を支配する公爵の直轄地にされただけだという。
「だから、現領主がオルスベールに謀殺される可能性はかなり低い。ないとはいえないがな。だが、軍隊で囲んで殺す可能性はある。もしこれで、傭兵を集めてたりという噂がまったくなければともかく、そういう話がある、というのに赴いてくる、ということは、それに対する備えもある、という論法が成立するんだ」
「まさか、その手の噂が出たのは……」
「やつら自ら広めた可能性はある。無論、十分に準備はしてのことだがな」
そんなところに無防備で行って殺されたらそいつが悪い、ということだ。
コウは、この国に対する認識を微妙に改める必要があるとすら思えてきた。
「だから、ラクティ殿がアウグスト領主代行を寡兵で打倒して見せたのは、領主としては非常に大きな意味があったんだ。状況が悪かったにも関わらず、それを覆して見せたからな」
ラクティの領主就任に際して、大きな混乱なく彼女が領主となれた理由には、そのあたりの事情もあったらしい。
「まあ、そのあたりは領主様やその周辺は分かっているだろうから、万全の体制をとるだろう。ま、内戦が起きる可能性は高い。というか、傭兵ギルドはもはやそれを前提に動いているようだな」
「誰も嬉しくない流れだな、それは」
日本に住んでいたためか、コウは潜在的に戦争という行為それ自体を厭う傾向にある。
個人で争うのは別にどうも思わないがこれが『国』や『組織』という単位で行われる戦争は、どうしても忌避したくなる。
すでに起きてしまっているクロックスではそういうものだ、と思っていたが、あえて乱の起きてない場所に乱を起こすのは、下策としか思えない。
「まあ、このパリウスは地理上、大きな戦とかなかったから、民もあまり戦にはなれてない。不安の方が大きいだろう」
「戦が起きない条件は何だ?」
「一番簡単なのは、オルスベールが新領主に恭順の意を示すことだ。彼がはじめたことだからな。その彼が折れてしまえば、他が続く理由はない」
「逆に、彼らの望みは何だ?」
「おそらくは既得権益の保護だろう。この周辺はパリウスの富の源泉。オルスベールは、アウグストと組んでかなり不正な蓄財をしていたという噂がある。実際、三ヶ月前の突然の領主交代に一番面食らったのはオルスベールだろう」
この辺りはどこの世界でも同じか、とコウは少し嘆息した。
既得権益を失う場合、それがどれだけ他者から見れば理不尽であり、あるいは不正な存在であったとしても、それを失わないためなら武力行使すら辞さない者は必ずいる。
地球も、この異世界もそこは同じ。
結局同じ人間という事だろう。
だからこそ、ここまで違う世界だというのに馴染んでしまっているのかもしれないなどとすら、コウには思えてきた。
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