第33話 エンベルクへ

 コウとエルフィナは、エンベルクへと向かう街道を進んでいた。


 あの後、その日の午後には冒険者ギルドから呼び出しがあり、コウは領主直々の依頼を請け負った。

 依頼の内容は『エンベルクにおける護衛』である。

 普通に考えれば、パリウスからの移動も護衛の範囲に含むだろうが、依頼内容は先にエンベルクに向かって、現地の安全性の確認を行うこと、となっている。

 また、エンベルクへの移動手段として、馬の貸与もあった。

 エンベルクまでは、馬で四日ほどだ。

 ちなみにしっかり馬は二頭。依頼もコウとエルフィナ二人への連名での指名依頼となっていた。


 パリウスから西へ向かう街道は、少し行くとだんだんと勾配が大きくなる。

 全体的に登り坂になり、気付くと相当な高地にまで達していた。

 季節は春ではあるが、やはり朝夕は冷え込む。


「そういえばコウ、ラクティさんから、コウのことを聞いたのですが」


 パリウスを出て二日目。

 宿に付帯している食堂で食事を終えた後――相変わらずエルフィナの食べる量は多かったが――、エルフィナが思い出したように話し始めた。


「ん?」

「コウ、私にまだ話してないこと、ありますよね?」

「……ラクティが話したのか?」

「いえ。ただ、なんとなく察しました。多分、コウについて私の知らないことを知っているのだろう、と」


 どれだけ勘がいいのやら。

 もっとも先日、エルフィナがコウのことについて疑問に思うことがあると言っていたから、単に確信を得たというだけなのだろう。


「教えてもらえないですか?」

「……まあ、かまわんけどな」


 そして、コウはかつてラクティとメリナ、アクレットらに話したことと、ほぼ同じことを話した。

 あの時は《意思接続ウィルリンク》であったが、今回は普通に話せる、という点が違うくらいだ。

 もっとも、言葉では世界の違いは伝わりきらないので、一部《意思接続ウィルリンク》を用いてイメージを伝えている。


「異世界というのは驚きですが……でも、コウの常識のなさを考えると、納得です。これでようやく、コウが普通の人とあまりに違うことに納得がいきました」


 酷い言われようにコウは複雑な顔になる。

 一般的に、妖精族フェリアの方が世間ズレしてるとされるはずなのだが。


「ただ、それだと……少し説明がつかない……違いますね。違和感があります。その異世界、この世界以上に荒んだ世界なのでしょうか?」


 あの時と同じだ。

 やはりそこは疑問に持つらしい。


「いや。むしろこの世界よりはるかに安全な世界だよ。少なくとも俺の住んでいた地域は、病気や事故はあるが、人が人を殺すことなど、滅多にない世界だった」

「……そういう世界なら、貴方のような人はそうそう出てこないのでは?」

「酷い言われようだな。俺がそこまで、妙か?」

「はい。少なくとも、あれだけ容赦なく人を殺せる性質は、コウの世界では異様ではありませんか?」

「っ……」


 言葉に詰まった。

 その通りだ。

 それは、自分があの世界でどれだけ異物であったかを再認識させる。

 エルフィナは、ここ半月の戦いぶりを見ていてそう感じたらしい。つい先日、村を襲っていた盗賊の討伐の仕事があった。その際、命乞いをする盗賊たちをコウは容赦なく殺害している。


「この世界でも、貴方ほど淡々と人を殺せる人は、おそらく珍しいです。貴方のそれは――必要な『作業』というか、そんな感じなんです」

「……だろうな」


 別に好んで人をあやめようとは思わない。

 だが、殺さずに見逃すことで、その者が別の誰かに理不尽な死をもたらす恐れがあるのなら、殺す。

 多分その考えが一般的ではないのは十分承知しているが、コウにとってそれはという認識になってしまっている。


「ラクティさんも、その理由についてまだ聞けてなさそうですね。何かを話す、と約束したのに、と言っていましたが」

「そういえばそうだったな……すっかり忘れていた」

「約束した以上はいつか話してあげてください。できれば、私にもお願いします。仲間でしょう?」

「分かった、機会があれば話そう。……別に面白い話ではないのだがな」


 そこで会話は途切れた。

 エルフィナも今はそれ以上追及するつもりはないようで、しばらくの沈黙の後、話題は今向かっている先の話になる。


「今回の仕事……どう思います?」

「武器や傭兵を集めてるのが事実なら、十中八九、叛乱を企んでいると見ていいだろう。ただ、このタイミングで領主であるラクティが来るのが、彼らにとって想定外かどうかが問題だな」


 事前に聞いた話だと、エンベルク訪問を発表したのは一ヶ月前。

 問題の噂も、その少し後から聞こえてくるようになったという。

 噂の広まったタイミングが微妙だが、いくつかのケースが考えられる。


 一つは、本当に叛乱を企てている場合。

 この場合、当然だが計画は水面下で静かに進行させるはずだ。

 通常であれば、それが表に見える形、つまり噂となる頃には、ほとんど準備は終わってると見ていい。この場合、もはや内乱は避けられない。

 だが、現代の地球の様な情報管理社会と異なり、この世界における人や物資の移動は、完全に秘匿するのは難しい。どこかで噂となり広まってしまう。

 特に傭兵募集という、いわば宣伝を打って公募してるようなことをしてるのであれば、当然だがその動きは相手に知られることを前提にしている。

 傭兵公募は最後の段階で、実はすでに多くの兵を用意してるとしても、数千人もの兵を増員すれば、それだけで必要な食糧や武器などの動きも見えるはずだが、そういう動きはないらしい。

 だとすると少なくとも相手が叛乱の準備万端、という可能性は低い。


 もう一つが、この噂自体が新領主を試す目的である場合。

 この噂を聞いて、新領主がどのように対応するかを見極めよう、という場合だ。

 噂に怯えてこないのであればその程度と見るし、それでも来るなら評価を改める可能性もあるだろう。

 実際、若干十四歳の女領主ということもあり、パリウス内でも不安に思う声があるのは事実だ。

 その噂の補強のために傭兵を集めてるのだとすれば、多少誇張して伝わっている可能性はある。

 そしてこの場合は、エンベルク伯爵は潜在的にはラクティの味方になるが――これまでの行動からその可能性は低い気はする。


 さらにもう一つ可能性がある。

 何かしらの理由で新領主にエンベルクへ来てもらいたくない場合だ。

 これは、最初の理由である反乱を計画中で、かつまだ準備ができてない場合なども含まれる。

 新領主の年齢を考えて、怯えさせようという意図がある場合も、これに類するし、噂を意図的に流している場合はこちらの可能性もある。

 この場合はラクティの打った手に、慌てている可能性が高い。


 最大の問題はエンベルク伯爵――オルスベールの目的だ。

 ラクティを害したところで、話に聞く限りだとこの国の制度上オルスベールがパリウス公爵になるのは無理だろう。公爵の任免権だけは王家にしか存在しない。

 あとはパリウス公爵の傘下から抜け出すつもりか。

 ただ、こちらも制度上、エンベルクが八人目の『公爵』にでもならない限りは認められず、そしてさすがにそんな簡単に数百年――アルガンド王国は建国から四百年あまり経っている――続いた慣習を変えるとは思えない。


 現状、オルスベールの目的が分からないのが一番の難点だ。

 それが分かれば対策の打ちようもあるが、事前にメリナに確認した限りでも、何か後ろ暗いことはあるらしいが詳細は分からない、という事だった。

 アウグストが不正蓄財など結構な数の余罪が出てきてるので、そのあたりではないかと思っているが。

 現状最も可能性が高い目的は、アウグストの復権だろう。

 だが、その可能性はラクティが進発する前日に喪われる。

 そういう意味では、その前後での相手の出方が一番重要だろう。


 一つわからないことがあるとすると、ラクティを排除するのが目的であれば、なぜ軍備を増やすような真似をしているかだ。

 メリナの話の通りなら、いずれラクティはエンベルクに赴いたはずだ。ならば、兵を集めるなどせず、表向き恭順の意を示して、エンベルクに来た際に謀殺するか捕らえて脅し、アウグストの復権を認めさせればいい。

 そのほうが兵も不要だし犠牲も出ないし、何より確実だ。

 それとも、面従腹背を良しとしない性格なのか。


「噂一つで、色々考えるんですね」

「いずれも推論でしかない。状況から可能性は絞れるが、あとは実際にエンベルクに着いてみたら、また判ることもあるだろうしな」

「それでも、それだけ検討できるのはすごいです。コウ、軍師の才もあるんですか?」

「それこそ論外だぞ。そんな経験はもちろん、個人の指導などの経験だって――」


『コウ。そこはそうじゃない。半身に力を残し過ぎだ。その構えから踏み込む場合、身体全体を刀と一体にして振り抜くイメージでいきなさい。……おお、そうそう。上手いぞ』


 不意に、昔のことが思い出された。

 あれは――剣術を習い始めて半年くらいの頃か。

 彼の指導はいつもとても分かりやすくて、強くなるのが楽しくて。

 それでも彼には全く敵わなくて悔しくて、それこそ毎日のように刀を振るい続けていた。その結果、今がある。


「……コウ?」

「ああ、いや。なんでもない。とにかくそんな経験はもちろん、個人の指導などの経験だって全くないぞ」

「不思議なものですね。先ほどの話なら、この世界での経験は私の方が遥かに長いはずですが、コウのほうが物知りに思えます」

「それは……まあ、人間社会ってやつは、どこも同じってことだろう」


 コウは元々、大学で社会学や政治学を学ぶ予定だった。

 それに、彼の住んでいた家にはかなり多くの色々な書籍があったので、コウはそれらを読み漁っている。そのあたりの経験が、今も生きているのだろう。


 そのような考え方や知識自体がまだこの世界では稀少であることに、コウはまだ気付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る