第35話 半森妖精の冒険者

「この国ならでは事情というのはだいたいわかったが……」


 ちなみに、ラクティはすでに、自分に恭順し不正に蓄えた富を返還するのであれば、それ以上の罪は問わないと通達している。だが、それを唯々諾々と受け入れることは、彼にはできないらしい。

 事前にそのあたりの事情は聞いてはいたが、ここまで事態が悪化する理由だけは、コウにはどうしても分からなかった。

 その原因の一つは、今話された『下剋上やってみろ』的な国の在り様なのかもしれない。自らの目的のために争いを辞さないというところか。

 現状、内戦勃発は不可避に思える。


「……逆に、ラクティがオルスベールを謀殺した場合はどうなるんだ?」

「その場合は慣例からすると、国は何もいってこないだろう。実際、国王直属の『影刃』と呼ばれる暗殺部隊がいるらしいが、これまでに数知れない反逆者を殺している、という話だ」


 ずいぶんと領主側に有利な条件らしい。

 それでも力ずくで打ち破れれば、その力を認めてやる、ということか。


「だから極端なことを言えば、ここでオルスベールを暗殺したとしても、おそらく領主側から何かしらの理由が提示され、正義は領主側、となる」

「なるほどな」


 話の通りなら、おそらくオルスベールはその暗殺をもっとも警戒しているはずで、警備はとてつもなく厳重だろう。

 それでもコウならおそらく暗殺は可能だが、そもそもそんな手は用いたくはない。


「まあ、それは極端な話だがな。さて、情報は現時点ではこんなもんだが、これからどうする? 宿であれば、手配するが」

「一応聞いておきたい。冒険者ギルド……少なくともあんたとしては、どう落着して欲しい?」

「ここまで話してりゃまあ分かると思うが、俺は現領主の味方のつもりだ。実際、オルスベールには今回のことを別にしても、不穏な話もあってな。不正な取引の噂がある。むしろそっちがここまで事態を悪化させた理由かもしれん。そのあたりが知りたければ、うちに所属してるアルフィンってやつに聞け」

「アルフィン?」

「若い……つっても半森妖精ディルエルフだから見た目じゃ年齢は分からんが、オルスベールについて色々調べまわっているのがいるんだ。この時間なら行きつけの酒場にいるはずだが、いくか?」

「……頼む」


 その後、宿の手配を頼み、コウとエルフィナは一度街に出た。

 街の雰囲気を知りたかったためたが、コウは別に気になることもあった。


半森妖精ディルエルフってのもいるのか」

「はい。人間と森妖精エルフの両親を持つ場合ですね。人間と結ばれた場合だけ、親の妖精族フェリアの特性が部分的に受け継がれる子が生まれるそうです」

妖精族フェリアの特性?」

妖精族フェリア共通の特性として、文字ルーンに対する適性が基本的に高いのは半妖精族ディルフェリアも同じです。それとこの……耳の形が人間とは少し違います」


 エルフィナはそういうと、自分の耳を示す。

 確かにエルフィナの耳は人間のそれより長く、上側の先端は少し尖ってるようにも見える。


「あとは種族によって異なりますね。親が森妖精エルフであれば、寿命が人間の二倍程度あるようです。その分成長が遅く肉体の全盛期が長いのも一緒ですが、老い方は人間と同じだそうで。水と光さえあればいい、という特性はないそうですが。洞妖精ドワーフの場合は、特に毒などに対する耐性が高く、やや背が低いですが、力は強い傾向にあります」


 故に『ディル』と呼ばれるらしい。

 この世界の言葉では『ディル』というのは『近しい』というような意味がある。

 なので厳密に言うなら、ディルエルフは『森妖精エルフに近しい者』ということか。

 この辺りは《意思接続ウィルリンク》が勝手に半妖精という概念に変換してしまってるようだ。現在コウは《意思接続ウィルリンク》をほぼ無意識で使用している。ほとんどの会話には困らないので普段は不要だが、初めて聞く単語でもこうやって理解できるので便利だ。


妖精族フェリアって、結構種類がいるのか?」

「よく知られているのは私たち森妖精エルフ洞妖精ドワーフでしょうね。あと、多くはありませんが、草原妖精グラファト海妖精ネレウス河湖妖精リヴィニウ山岳妖精ドゥスティルなども。生息域に適した形態をとるのが妖精族フェリアとされていて、成人前に移住すると種族が変化するそうですよ」

「そうなのか!?」

「冗談です」

「おい」


 助けた時は儚い印象だったが、どうやらエルフィナはこちらの性格の方が素であるらしい。

 コウにこの世界の常識がないので、時々それで揶揄からかってくるのだ。

 もっとも、話し相手としてはこちらの方が面白いが。


「まあでも、妖精族フェリアが環境に合わせて多少変化するのは事実です。たとえば私の場合、今はコウと寝起きするタイミングがほぼ同じですが、森にいた頃は数日連続で寝て数日連続で起きているとかは珍しくありませんでした」

「……まさかとは思うが、エルフィナの大食いも環境適応の結果か?」

「ち、違……う、か、は、わ、分からない、です……」


 エルフィナの顔が赤い。長い耳まで真っ赤である。大食いだという自覚はあるらしく、恥ずかしいとも思ってるようだ。それでも食べるのはめられないようだが。

 こういうところは可愛いと思えてしまう。


「と、とにかく。違う種族の妖精族フェリア同士で結ばれても、種族は両親どちらかの種族になりますが、人間と結ばれた場合だけ、半森妖精ディルエルフとか半洞妖精ディルドワーフとか呼ばれる種族が生まれます。総称して半妖精族ディルフェリアと呼ぶこともあるそうです。まあ、私も今まで会ったことはないのですが」

「珍しいのか?」

「あまり多くないのは確かです。妖精族フェリア妖精族フェリア同士では多少交流はありますが、基本的に閉鎖的な種族です。私の氏族なんて、同じ森妖精エルフ同士ですら、氏族が違えば交流を控えるほどでした。まして、人間と結ばれるとなると……」

「そもそもエルフィナのような変わり者でなければ人間と関わらないから、結ばれようもない、ということか。見た目の都合で幼く見えることもあるしな」

「……む。私はそんなに子供ですか?」


 エルフィナはコウの前に立つと、胸を張ってふんぞり返るようにコウの前に立つ。

 人間で言えば十五歳程度。森妖精エルフは人間より細身なのが普通だが、甲革鎧かわよろいに覆われている上に、普段も全体的にゆったりとした服なので、エルフィナのスタイルは非常に分かりにくい。


「まあ、エルフィナはエルフィナだから、それでいいだろ」

「むぅ……まあでも、人間社会に出る妖精族フェリアがいないわけではないですし、逆に一度出てしまうと、同族と会うことは稀です。なので、人間社会に出た妖精族フェリアは、むしろ人間と結ばれるケースの方が多分多いですよ」

「なるほど」

「ちなみに半妖精族ディルフェリアが子供を設けると、相手が妖精族フェリアだろうが同じ半妖精族ディルフェリアだろうが人間だろうが、全て人間になるそうです」

「人間の遺伝子の方が強い……のか?」

「コウ?」


 さすがに『遺伝子』という言葉はこの世界にはないので、コウの発言は日本語であり、エルフィナには聞き取れなかった。

 もっとも、この世界の生物が遺伝子で情報を子孫に伝えているのかは分からない。

 親子で似るということはあるようだが、地球と同じという保証はないのだ。

 体感可能な範囲の物理法則は地球とほぼ同じだが、極論、物質が原子で構成されている保証だってありはしない。

 魔力マナという地球にない存在がある時点で、見た目だけ同じで実際には違う可能性だって十分にあるのだ。

 人間の構造についてはほとんど同じようだが。


「いや、何でもない」


 そうして話している間に、目的の酒場に着いた。

 看板に『巡りの出会い』亭とある。いかにも冒険者向けの宿、という感じだ。

 入ると、もう夕方だからか、すでに活気に溢れていた。

 コウは雑然と並んだ椅子とテーブルの間を抜け、カウンターで何かの酒を注いでいる、ここの主人と思われる男性に近づく。


「すまない、アルフィンってのはいるかな?」

「なんだ、兄ちゃん」

「俺はコウ。今日、この街に来たばかりの冒険者だ」


 そういって、『証の紋章』を見せる。

 彼は二度三度、それを確認し――軽く驚いたように目が見開かれたが――無言で、酒場の片隅を示した。

 見ると、壁向きに座る座席の列に、長い金色の髪の後姿が見える。


「ありがとう。ああ、果実水と、適当なつまみをくれないか?」


 日本の居酒屋のようなお通し――バイトしてたことがあるので知っている――でもあるのか、すぐ出てきた肉を炒めたものと果実水三つを持って、席へ赴く。


「アルフィンさんだよな? ちょっと話を聞きたいのだけど」

「……私に?」


 振り返って、コウは一瞬固まってしまった。

 なぜか男性だと思ってたアルフィンは、驚くほど顔の整った女性だったのだ。


「どうしました?」

「……いや、なんでもない」

「コウ、鼻の下伸びてます」


 その表現はこちらも同じなのか、というのが先にコウが考えたことだったが、美人だったのは事実だ。

 エルフィナを成長させたような、と最初思ったが、よく見たら全然違う。なぜか似ている気がしたのは、同じ妖精族フェリアだからか。


「失礼。俺はコウ。こっちはエルフィナ。君と同じ冒険者だが――」


 コウは声のトーンを一段落とす。


「オルスベールについて聞きたい」


 アルフィンは事情を察したのか、座れ、というように自分の横の席を示す。

 向かい合うことができないので、コウがアルフィンの隣に座り、エルフィナはその間に立った。

 背の高さの都合と高めの椅子であることから、それでちょうど三人の頭の高さが合う。


「あなた方はどちらから?」

「パリウスからだ。グラッツさんから、オルスベールについて知りたいなら君に聞け、といわれた」

「グラッツさんですか。君らは、どういう立場……いや、パリウスから来て、グラッツさんが私を紹介したなら……やはり領主であるラクティ様の関係者ですか?」

「ああ。よく分かるな」

「私に接触をしてきて、オルスベールのことを聞くなら、そうだろうとは。実際、すでに一触即発に近いですが――」


 急にアルフィンの顔が険しさを増す。

 コウも気付いた。

 周囲の気配が変わる。

 十分に警戒はしていたつもりだったが、それでもマークされていたということか。

 単なる反乱による領主打倒を目的とするだけなら、ここで荒事に及ぶ理由はない。

 つまり、探られると都合の悪い『何か』があるからで――


「エルフィナ!」


 それだけでコウの意図を察したエルフィナは、アルフィンの手を握り、そのまま押さえ込む。

 直後、コウが法術を発動させた。


万象一切を拒絶せよマイティガード!」


 直後、コウ達の周辺が、爆ぜた。

 無防備に食らえば確実に致命傷を負ったであろう、爆裂の法術だ。

 煙が晴れたとき、酒場の壁や家具が、無残な姿をさらした。

 人々の怒号や悲鳴が周囲を満たす。

 そこに、荒々しい足音が重なった。

 五人ほどの武装した男たちがコウのいた辺りに殺到し――首を傾げた。

 そこには、誰もいなかったのである。


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