第11話 迎撃
コウ達から一日遅れで街を出たのは、もちろんラクティを狙った男たちだった。
彼らは、街に着いてすぐ仲間と合流しようとして、彼らがすでに死体として処理されていることを知る。
死体は処分待ち――冬なのでまだ保管されていた――だったのが、ある意味幸いしたと言えた。
これで処分――火葬して土に埋める――されていたら、行方不明のまま分からなかっただろう。
とにかく彼らは、仲間が全員殺されたのを知り、激昂した。
ただ、彼らの目的であるラクティに護衛のような男が一緒だった、という情報は容易に手に入る。
そして、彼らが一日前に南に旅立ったこともすぐ分かった。
となれば、後は迷う必要はない。
仲間の仇と、仕事の達成。
両方を果たすために、彼らは、馬を調達して南へと急いだ。
彼らはなぜか徒歩で街を出たという。ここまでの道中で路銀が尽きたのか。
となれば、馬ならば追いつくのは容易だ。
半日とかかるまい。
彼らは途中すれ違った行商から、間違いなくラクティらがこの道を行っている、という情報を得た。
今日の夜には追いつくだろう。
冬のこの時期、夜に暖と取らずに野営することはありえない。
ならば、昼よりむしろ夜の方が目立つ。
行商から話を聞く限り、この道をこの時期に通る者は多くなく、おそらく次にすれ違うのは、間違いなく標的だ。
逸る心を抑えず、彼らは馬を走らせた。
そして日が落ちる頃に、彼らは遠くに野営の灯りを見つけたのである。
「いたぞ、おそらくあれだ……。思ったより進んでいなかったな。念のためだ。ロッソ、近くにいって、確認して来い。女二人、男一人の三人なら、確定だ」
見当違いの相手でも別段彼らは気にしないが、今回は時間が惜しい。
ロッソ、と呼ばれた男は、馬を下りると気配を殺して近づき――しばらくして戻ってきた。
「焚き火の近くに、三人の人影を確認しました。ローブを着込んでいるので判断しづらかったですが、体格から二人が女であるのは間違いないです」
「そうか。するともう一人が、護衛……か? そいつがソロンたちを殺ったのか?」
「かもですが……体格も普通で、そんなやつには見えなかったっす。武器も、ちょっと長めな剣一つって感じで」
殺害された彼らの仲間の傷跡から、相手が法術ではなく剣などの武器の使い手だったのは確かだ。
真冬に屋外に放置されたため半ば凍りついていたりもしたが、かなりの手錬だろう、ということは想像できた。
ただ、偵察に行ったロッソは、もう一人がそれほどの使い手には思えなかった。
「まあいい。油断するな。一応不寝番くらいはしてるだろうが、夜の暗闇から襲い掛かれば、対応なぞできまい」
三人は街道を外れた、少し小高い丘の上にいる。
今日は雲が出ているので月明かりが少ないのも、彼らには好都合だった。
相手は焚き火でよく見えるが、こちらはほとんど見えることはあるまい。
それでも、彼らは用心深く回り込み、風下からひっそりと近づき、あと二十歩程度、という距離で――。
「よしやれぇ!!」
首領の号令と共に、三人に襲い掛かった。
直後。
数歩遅れて駆け出した首領以外の三人の姿が、突如消えた。
「な!?」
暗がりの中、何が起きたのか理解できなかった。
だがとりあえず立ち止まったことで、彼は目の前に地面ではない暗い穴があることに気付く。
そして、その下からうめき声も聞こえてきた。
「落とし穴……だと?」
標的である彼らを囲んでぐるりと、飛び越えられなくはないという程度の幅に、落とし穴というか、ほとんど掘めいたものが掘られていたのである。
どう考えても短時間で作れるものではないが、これは、メリナの力で作ったものだった。
コウは、わざと足元が見えづらい、やや草の高い場所で夜営をし、そしてメリナの法術で落とし穴を作らせたのだ。
その深さは、実に人の背丈の三倍ほど。
メリナは、土系統の法術には非常に適性があるらしく、僅か一時間程度で、これだけのものを作り出せたのだ。
しかも、僅かに上に土を『浮かせる』ということもしたので、発見は不可能に等しかっただろう。
わざわざ徒歩で街を出たのは、彼らに早く追いついてもらうためだ。
こちらが徒歩であれば、追いつかれるまでの時間が読みやすい。
そして罠を張り、待ち構えていたというわけだ。
事前に、弓をはじめとした飛び道具の使い手がいないのは分かっていたので、落とし穴が有効と判断した。
穴の底はやや固めに加工してもらっていた。おそらく受身すらまともに取れず、したたかに全身を打ちつけただろう。
あまりにも策が上手くいったことに、ラクティとメリナは目を丸くしていた。
理想を言えば、全員引っかかってくれることだったが――。
「まあ、一人程度ならいいか」
その言葉は日本語だったため、ラクティとメリナには意味が分からなかった。
それは首領にも同じだったが、雰囲気は伝わったのか。
あるいはもう、激昂していて細かいことは気にしないのか。
雄叫びと呼ぶに相応しい声を上げると、穴を飛び越えてきた。
「よくもやってくれたな!! 許さんぞ!!」
言うや否や、腰に佩いた剣を抜く。
大柄な首領に相応しく、普通よりやや大きい。
あるいは、並の体格なら両手で扱う剣かもしれない。
その前に、コウはゆっくりと立ちふさがる。
「聞きたいこと、ある。なぜ、彼女、狙う?」
こういう時、やはり言葉がちゃんと操れれば、とコウは思った。
そうすれば、もう少し言い回し次第で情報を引き出せるかもしれないのだが。
かといって、ラクティやメリナがこの状況でこの男と交渉するなど、望むべくもない。
「死んで欲しいやつがいるからに決まってるだろう!!」
答えは期待していなかったのだが、律儀にも答えてくれた。
といっても、推測を補完する程度の情報だが――。
(残りはもう少し話したくなってもらうとしよう)
相手が剣を振り上げて向かってくるのに対し、コウは刀の鞘に手を置き、僅かに体を屈めるのみ。
日本人であれば、居合いの構えだと分かるだろう。
もし相手が本当にそれを修得してるのであれば、そんな相手にただ突撃する、というのは愚策でしかないが――。
当然、首領にそんな知識はなかった。
彼からすれば小柄な、上から剣を振り下ろせば、それを受け止めることなど到底叶わない程度の力しかない存在、と侮った。
だから――。
振り下ろした瞬間、その手ごたえがまったくないことに、彼は一瞬自失した。
「あ――?」
半瞬遅れて、どさ、と何かが落ちる音が響く。
それは、首領の剣と、それを掴んでいた腕。
ただその腕は、手首から肘の辺りまでしかなく、そして立っている首領は――やはり剣を持っていたはずの右腕が、肘から先がなくなっていた。
「ぎゃあああああああああああああああ!! がふぇう?!」
深夜に、今度は野太い男の悲鳴が響く。
だが、その悲鳴も途中で強制中断された。
首領の右頬から耳にかけて閃光が走った直後、だらり、と顔がめくれるように頬肉が垂れ下がる。
直後、痛みに頬を押さえようとして――腕がなくてそれは叶わなかった――両足に激痛。
足に力が入らなくなり、よろめいたところで蹴り飛ばされ、地面に転がった。
「聞く。誰に、頼まれた?」
首領の目の前に、自分の腕と顔、足を切り裂いた刃が迫る。
すでに、戦意は完全に喪失していた。
ただここで、コウは自分の失敗に気付いてしまった。
「あふ、がい、ふわ」
首領の口から言葉が綴られない。
コウには《
コウ自身はこの状態での意思疎通にも問題はないが、ラクティとメリナにも聞いてもらうのに、これは都合が悪い。
「質問、する。正しいなら、首を縦に振れ」
首領は痛みに堪えつつも、コクコクと首を縦に振った。
「お前たち雇った。今のパリウスの領主、だな?」
その言葉に、ラクティが驚いている。
メリナの表情には、さほど変化はない。おそらく予期していたのだろう。
そして、首領の返答は――。
首を縦に振ることだった。
「どうやって連絡、取る?」
一度質問する。
それに対して、答えようとはするが、言葉にはならない。
ただ、コウにはそれでも伝わるわけで――。
「殺したら、連絡手段がある、違うか?」
再び肯定。
そして、残った左手で胸のポケットを探ると、小さな筒のようなものを出した。
よく見ると、魔石と呼ばれる石に似たものが付いている。
「期限、は……彼女が、パリウスに着くまで、か」
これは想像できたのでそのまま聞いたが、やはり肯定だった。
この世界の仕組みは分からないが、少なくともパリウスに到着する前に、賊などに襲われて不幸にも死んだ、というのが大方の筋書きだろう。
「ご苦労、もういいよ」
最後は日本語だったため、ラクティらも首領も意味が理解できなかった。
ただ、その後の行動は明白で――首領の心臓に、ストン、と刃が突き刺さったのだ。
「あ……あの、何も……」
「ここでこいつを生かしておいても、こちらの脅威になる未来しかない。殺すべき相手は、殺せる時に殺すべきだ」
その答えはやはり日本語だったので、ラクティらには意味は理解できなかったが――。
その次のコウの行動で、彼女はさらに驚愕した。
コウは首領の死体を引きずって、仲間のうめき声がかすかに聞こえるその場所に放り込んだ。
グシャ、という嫌な音とうめき声が聞こえたが、コウはそれを気にすることなく、振り返る。
「メリナ。やつら以外、土、戻せ」
メリナは頷くと、法術を発動させた。
掘るのは大変だったが、埋め戻すのは比較的容易である。
法術の[土操作]で固めた壁を崩せば、自然と埋まる。
やがて、彼らが落ちた穴だけが残される。
それを確認すると、コウは荷物から小脇に抱えられる程度の樽を取り出した。
それは、街で買い求めた油樽――野営の火を起こすのに使う可燃性の高いもの――で、コウはその蓋を開くと穴の脇に立ち、中身をぶちまけた。
比較的高価な、しかし普通大量に必要としないその油を何に使うのかと、ラクティたちは疑問だったのだが――。
「ちょ、い、いくらなんでもそこまで!?」
コウは焚き火のところに戻ると、火のついた薪を一つ取り、再び穴の側へ立つ。
彼が何をしようとしてるのかは、もう明らかだった。
しかし、すでに首領は死に、穴の底に落ちた残り三人も無傷ではない。
いずれは這い上がってくるだろうが、そこまでしなくてももう追ってくることはないはずだ。
しかしコウは、
直後、絶叫が夜闇を裂いた。
のたうちまわる音も響いたが、それも僅かな間のこと――やがて、『何か』が焦げる音だけがわずかに周囲に漂うが、それも風で四散した。
まだ生きているかは分からないが、意識は手放したのだろう。
だが、彼は見逃すつもりはなかったらしい。
「メリナ。土戻せ。そのまま埋めたほうが、いい」
これだけのことをした人物は――しかし、その行為自体に何の感慨もないようだった。
平然としてるというのとは違う。
慣れているというのでもない。
必要なことをしている。
そんな感じなのだ。
助けてもらっておいてだが、メリナはコウを恐ろしい、とすら思ってしまった。
表情を変えることなくこれだけのことを行えるというのは、いくら人殺しが普通にありえる辺境でも異常と言えた。
しかもそれでいて、普段の彼は、やや言葉のたどたどしい、辺境出身の青年にしか見えないのに。
「メリナ。放っておけない。埋めてくれ」
もう一度言われて、メリナは意を決して、穴に意識を集めた。
やがて、土が崩れ、埋め戻される。
仮に生きていたとしても、これで生き埋めだ。
絶対に助かりはしない。
やがて、全ての地面が埋め戻された。
ここで戦いがあったことを物語るのは、残された首領の剣くらいしかない。
その剣をコウは拾い上げると、彼らが埋まったあたりにつき立てた。
「お墓にも、見えますね」
「墓……うん、そう、だな。その、つもりだ」
その横顔に、先ほどの彼らを殺す時の、冷酷さや冷淡さはない。
(この人は一体――)
どういう生き方をすれば、こんな人物になるのか。
そもそも、出会ったばかりで、ラクティもメリナも、コウのことを良く知るわけではない。
(一度、ちゃんと話すべきですね……それに、パリウスへ向かうにしても、対策は必要……)
夜の闇はまだ深く、それは彼女らの行く末にも似たものを感じさせた。
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