第10話 侍女合流
「た、大変失礼いたしました。本当に申し訳なく……」
コウの目の前に、平謝りする女性がいた。
年齢は、多分自分より少し上か、と思ったら、二十四歳とのこと。見立ては正しかったらしい。
ラクティに仕えているという侍女のメリナである。
赤みがかった金髪のラクティと違い、どちらかというと黒に近い濃い茶色の髪で、顔立ちはラクティほどではないが整ってる、と言えた。
服装は旅装姿ながら、仕立てのよさが見て取れるのは貴族の侍女ならではか。
そのメリナはラクティと再会するや否や、一緒にいるコウを賊と勘違いし、襲い掛かってきたのである。
ラクティが止めなければ、刃傷沙汰になっていたかもしれない。
さらに、昨夜同じ宿に泊まったと聞くと、もう一度発狂――としか言いようがない――しかけた。とんでもなく過保護な侍女もいたものである。
ようやくラクティが全ての事情を説明して、理解した後の彼女が平謝りをしているという訳だ。
「仕方ない。それだけラクティが大事。分かる、から」
最初、実はコウはこのメリナも疑っていた。
殺害対象の近くに刺客を潜り込ませるのは常套手段だろうと思ったからだが、その線は消えた、と思う。
このメリナに腹芸は不可能だ。
これで演技だったらアカデミー賞モノである。
そしてここで、ラクティの正体もようやく判明した。
ラクティのフルネームは、ラクティ・ネイハというらしい。
この地域を治める国はアルガンド王国というらしいが、そのアルガンド王国の大貴族が七つある。
そのうちの一つ、王国北東部を領地とする公爵家の後継者がラクティだったのだ。
さすがにこの話を聞いたときは冗談かと思ったが、本当らしい。
予想以上の大貴族だった。
公爵というのは貴族でも最も高い爵位――名称は《
それなら、執拗に狙われる理由も分かる。
というより、こうなってくると最初の襲撃で護衛があっさりやられたのも疑わしく思えた。
戦闘に長けているとは思えないメリナだが、どうやって賊から逃げたのか聞いたところ、彼女は土系統の法術に適性があり、それで、穴を掘って隠れていたらしい。
攻撃系の術は相性が悪いらしいが、園芸は得意です、と胸を張っていた。
「護衛、引き受けた以上、守る。これから、どうする?」
「いつまでもこの街にいても仕方ありません。パリウスに向かいたいと思います」
パリウス、というのが、彼女が治めるべき領地の名。
中心都市の名も、同じくパリウス、というらしい。
現在はまだ領主に就任してはいないが、領主になれば、彼女の名はラクティ・ネイハ・ディ・パリウス、となるそうだ。
「ならば、行こう。賊の話では、やつらの仲間、明日にはここに来る。街中でも、襲ってくる、戦いにくい」
「わ、分かりました。急ぎ、馬車の準備を――」
席を立とうとするメリナを、コウが制した。
「馬車、要らない。徒歩で、いい」
「そんな。パリウスまで、徒歩ではここから二十日はかかります。冬のこんな季節に、お嬢様にそんな苦労をかけるわけには」
ラクティは口を挟まないが、さすがに徒歩、というのは彼女も想定していなかったのか、少し顔が青ざめていた。
「大丈夫。指示、聞いて。とにかく今は、馬車、要らない」
コウはそういうと、たどたどしい言葉遣いで、彼女らに理由を説明した。
そして昼過ぎ。
街の南門から徒歩で出発する、コウ、ラクティ、メリナの三人の姿があった。
その翌日。
四人の男たちがトレットの街に到着した。
男たちは街に着いてしばらく聞き込みをしていたが、やがて、馬を調達すると、慌しく街を出て行った。
それを気に留める者は、いなかった。
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