対決
第12話 パリウスへ
コウ達は一度、トレットの街に戻ってきた。
元々、追っ手を撃退するために、徒歩を選んだのだ。
追っ手の脅威がなくなった以上、普通に向かえばいい話ではある。
だが――。
「普通に向かうのは、危険」
コウの言葉に、メリナは大きく頷き、ラクティもそれを否定はしなかった。
ラクティを狙う者の正体が彼女の叔父であり現パリウス領主である、アウグスト・ネイハである以上、迂闊にパリウスに入ると、逆に危険という可能性もあるのだ。
トレットから領都パリウスはかなり距離があり、ゆえにアウグストは刺客を送り込んできたのだろうが、彼らはすでに全滅している。
あの様子から、他に競合が居たとは思えない――最初の襲撃者と顔が一致するとメリナが断言した――以上、現状の脅威はないだろう。
ただ、パリウスが近づき、ラクティの生存が彼らに知られては、次の刺客が差し向けられる可能性は、高い。
というより、ほぼ確実だ。
「元々、どういう道で、パリウスへ?」
トレットの街はかなりの辺境である。
なにせこの先には、フウキの村のような、数十人が住む集落が点在しているだけ。
徴税官がいる以上、ここも国の一部なのだろうが、管理が行き届いているとは思えない。
ラクティらの故郷であるパリウスはここよりかなり南にある気候の穏やかな地方で、ここより人もはるかに多い。
そもそも、なぜわざわざこんな辺境を通るようなルートになったのか、というのが疑問ではあったが……。
「叔父から、領主になる前に辺境を含め、自らが治めるべき土地を自分の目で見てこい、と言われて……」
今ならラクティも分かる。
治安の悪い辺境に行かせることで、殺されたとしても不自然ではない状況を作り出す。
あるいは、殺害されたこと自体を隠蔽して、行方不明にするつもりだったのかもしれない。
実はこのトレットの街も、パリウス領の一部らしい。
もっとも、このあたりは執政官だけ派遣されて、ほぼ自治に任されている。
年に一度の納税さえ行われていればほぼ不干渉のようで、実際、この街の代表――町長とも言うが――はラクティのことを知らないだろう、とのこと。
領主を継ぐには、パリウス領に戻り、領地にある神殿で祝福を享ける儀式を行えばいいという。
どうやらこの世界では、貴族位というのは神々から権能を与えられたという形式らしい。
地球でいうところの『王権神授説』が貴族にまで及んでいるということか。
あるいは、魔法があることからも、実際に神の力を授かっているのかもしれない。
王家があるのであれば、その庇護を頼み、叔父を追い落とすという手もあるにはあるが、ラクティはそれには否定的だった。
「出来ない、と思います。王家は確かに各地の領主を束ねますが、基本は不干渉。家の問題は家の中で対応しないとならないですし……」
それに、とメリナが引き継いだ。
「そのようなことで王家に『借り』を作っては、以後のネイハ家の立場が、非常に弱いものになってしまいます」
どうやら、その手も難しそうだ。
なまじ、貴族などがいない日本、それもそんな権力者とはまったく無縁だっただけに、コウは感覚が追いつかなかった。
国の規模は分からないが、それでも一国のトップ七人の一人なら、王家との駆け引きなども必要なのだろう。
もっとも、それならそれで護衛が少なすぎるのでは、と思ったが……。
「ラクティ様の公式のお立場は、現在では一学生に過ぎません。それでも、私以外にも護衛もいたのですが……」
最初の襲撃で蹴散らされた、ということらしい。
ただ、今となっては、その護衛たちもアウグストの息がかかった者だった可能性もある。
そして、別に雇おうにも、このような辺境では信頼できる護衛を雇うのも難しい。
コウは後で知ることになるが、『冒険者ギルド』があればまだ何とかなったのだが、この辺境にはそれもなかったので、どうしようもなかった。
「とにかく、パリウスに向かう。今度は、馬車でいい」
そこだけは変わらない。
むしろ、出来るだけ早いほうがいいだろう、というのは、コウもメリナも同じ意見だった。
アウグストは、刺客からの報告を心待ちにしているだろう。
だが、それは永久にくることはない。
最後に首領が差し出した筒状のものは、やはりというか法術具の一種だった。
中に紙を入れて握りつぶすことで、それを定められた相手に転送する、いわば使い捨ての瞬間手紙送付装置とでも言うべきか。
理屈は分からないが、魔法に理屈を求めても無駄だろう。
「それは、最後、アウグスト、をおびき出すのに、使える」
ただ、いずれにせよ、パリウスまでは行かなければ何も始まらない。
馬車や、食料その他、時期が時期なので防寒着。
本当なら、護衛や御者を増やしたかったところだが、御者はメリナが出来るし、護衛はコウが継続して請け負う。
二千人程度の街では、増員するのは難しいし、下手に人を増やすのは危険という判断もあった。また、必要な物資が最低限で済むことから、人数は増やさなかった。
馬車の手配だけ少し時間がかかったが、それでも、刺客を撃退して三日後、コウ達は再び出発の途にあった。
時間がかかったのは、言葉が不自由なコウが担当したからでもある。
ラクティとメリナをあまり人目に触れさせないためだ。
戻ってくるときも顔を隠していた――出る時はわざと顔を晒していた――ので、ラクティとメリナが再びこの街に戻ってきていることは、直接会った人間以外は分からないようにしてある。
刺客からの連絡が遅いと、アウグストは調査のために兵を出すだろう。
その際、ラクティとメリナが南に徒歩で向かったという情報だけあれば、その後に刺客が追った事実もわかるはずだ。
そうなれば、殺害されたと判断してくれる、という期待がある。
ダメ押しであの手紙送付装置が役に立つはずだ。
馬車は幌馬車といっていいものだが、完全に密閉できるのと、幌そのものが防寒の役割を果たす素材で出来ていて、中はかなり暖かい。
加えて後ろだけではなく、前にも出入り口があるので、御者の交代などが楽なのと、いざという時の出口が多いのもありがたい。
といっても、コウは当然馬に乗ったり馬を制したりした経験はないので、御者は基本的にメリナが勤める。
ただ、それでは悪いので、コウも最低限のやり方を覚えたい、と言ったところ、快く承諾してもらえた。
馬車ならば、パリウスまではおよそ十日。
パリウスの二日ほど手前に少し大きな街があるらしいので、とりあえずそこまでは行くことにする。
冬の重く垂れ込めた空が、彼らの未来の不確実さを暗示しているかのようであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「コウ様は、どこの出身なのでしょうか」
街を出発して最初の野営で、メリナがおもむろに尋ねてきた。
彼女からしてみれば、当然の質問だろう。
いくら命を助けてくれたとはいえ、ラクティは大貴族の令嬢だ。
本来なら、身元の確かではない人物が近づいていいわけがない。
ただ、コウもまた、なんと答えたものか返答に窮してしまった。
「……トレットの街、十日、フウキ、村から」
とりあえず、事実だけを答える。
だが、メリナは納得はしなかった。
「トレットの街の周辺に、小規模の農村が数多く存在することは存じてます。ですが……」
コウの持つ『刀』を見やる。
「そのような、精巧な武器を作る技術がある、と聞いたことは、ついぞありません。無論、辺境と一言にいっても広く、私の知らないものがあったとしても不思議はないですが……」
今度は、コウ自身見つめてきた。
「それでも、あれほどの戦いの技を持つ人が辺境の農村部にいる、というのは……失礼ながら、不自然さすら感じます」
まあそうだろうな、とコウ自身も観念したように嘆息した。
ちなみに、ラクティは最初に『口を出さないように』と言われているため、ハラハラしながら見守っているだけだ。
彼女としては、命の恩人であるコウはほぼ無条件で信じているのだが、かといって、メリナのいうように身元も、そして経歴もその力も、あまりに不明かつ不審な点があるのは事実だった。
「……隠すほどでは、ないが」
どうせ話したところで、信じてもらえるか分からない。
ただ、魔法があるこの世界なら、あるいは異世界から人が来訪するのも珍しい事象ではないのかもしれない。
さらに、ラクティはこの世界において高い地位にあり、より多くの情報などが手に入る立場になる人物だ。
となれば、彼女らが知らなくても、あるいは帰還の可能性――あまり期待していないが――や、あるいは似た境遇の人間の情報が入るかもしれない。
とはいえ問題の一つとして、上手く説明できるのか、という問題があるのだが――。
(《
これまで、意図して使っていなかった《
やろうと思えば、言葉もなしにイメージすら相手に伝える『念話』すら可能だが、そこまでは不要だし、この能力は、ともすれば相手の思考を読み取る能力であり、無制限に使うつもりは、コウにはない。
『ちょっと変わった話し方になるのを、先に断っておく。俺は――』
突然、コウが流暢にしゃべりだしたのに彼女らはまず驚き、それが音以外でなぜか伝わっているのに混乱する。
『これは、《
コウはそう切り出すと、自分の身の上を――異世界から来てからの話を、二人に始めた。
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