第109話 混迷の王都

 王都キルシュバーグは混乱の渦中にあった。

 街の各所で剣戟の音が響いている。

 混乱の最大の要因が、この騒ぎを起こしているのが何者であるかが、分かってないことだった。


 最初に騒ぎが起きたのは、キルシュバーグの北西地区。

 どちらかというと、あまり裕福ではない人が住む地域だ。

 元々治安があまり良くない地域でもあったのだが、そこで人々の争いがエスカレートしたのか、街の一部に火が放たれた。


 それが、夜の十九時頃。

 その時点では、まだただの住民同士の騒ぎだと思われ、衛兵が鎮圧に向かったのだが、突然その衛兵が、正体不明の部隊に襲われた。

 

 直後、示し合わせたかのように別の地域でも兵同士の衝突が発生。

 一部の兵が蜂起したという噂が広まる。


 事態を把握できないまま拡大した要因の一つに、法術がなぜか使えない状態になっていたことがある。

 そして街のあちこちで混乱に乗じた騒ぎが起きて、敵も味方も分からない状態で衝突が繰り返される。


 さらにその一部が王城に押し掛け、王城守護の騎士団と衝突した。

 しかしこの王城に押し掛けた兵だけは、他とは全く違ったのである。


「くっ、なぜ法術が向こうだけ使えるんだ!?」


 どの国でもそうであるように、バーランドの王国騎士は、バーランドにおける最精鋭の兵達である。

 だがこの時王都は、法術が全く使えない状態になっていた。

 これは排魔の結界の効果なのだが、この法術具クリプトのことをを知ってる人はあまりいない。

 そのため、法術が使えない原因も分からないまま、騎士たちは何とか抗戦するも、どうしても限界がある。


 圧倒的な法術の火力に圧され、城門が突破されたのは、二十時半だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ウィリア、通信法術具の緊急通信機能を使う」


 市内の混乱の情報は、冒険者ギルドにも届いてた。

 いくら所属の冒険者がいなくても、ギルドは独自の情報網を持つ。

 それで、市内のあちこちで混乱が起きている状況は逐一連絡が来ていて、大体の状況は把握できていた。


「排魔の結界が展開されていることから、おそらくこれは『再戦派』の仕業じゃろう。突然このような行動に出た理由は分からんが、少なくとも各地の冒険者に状況を伝える必要がある」

「わかりました。すぐ、準備します」


 アルス王立学院の学院祭で起きた騒ぎの詳細は、コウから聞いている。

 そして『再戦派』が天与法印セルディックルナールを持つ兵を作ることができる可能性。

 それを鑑みれば、この状況は再戦派が何かしらで暴発したのは、間違いないだろう。


 正直ここまで性急に事を起こすとは思っていなかったので、完全に出遅れている。

 だが、まだできることはあるはずだ。

 とにかく、冒険者たちを呼び戻す必要がある。


 コウとエルフィナはかなり遠くにいるだろうから難しいだろうが、大半はここから一日以内の距離にいるはずだ。急げば、数時間で戻ってこれるはずである。


 ギルドにある複製時計を見ると、時刻は二十時少し前。

 冒険者たちが戻ってきてくれたとしても、明日の朝になる者が大半か。


「さすがに後手に回りすぎたかのぅ……」


 寄る年波には勝てぬか、とひとり呟く。


 この事態を引き起こしたのが『再戦派』であるなら、あるいは冒険者ギルドも敵対勢力とみなされる可能性は、低くない。

 今このギルドにいるのは、ジュラインとウィリアのみ。

 だが、ウィリアは法術を得意としているため現在ではほとんど戦えないし、そもそも昔の怪我の影響で動き回るのも難しい。


 ふぅ、と大きく息をくと、ジュラインはギルドの広間の片隅にある、やけに背の高い棚を開いた。

 その中にあるのは――巨大な斧槍ヴァルデュアスエッタ


「はてさて、まだ振り回せるかのぅ」


 手に取ると――懐かしい感触が手に伝わる。

 わずかに光輝くその斧槍を、ジュラインは振り回した。


「ふむ……まあ少しは行けるか」

「ギルド長!? ちょっと、何を!?」

「何。不逞な輩が来た時の備えじゃ。ウィリアは下がってなさい。法術が使えない今の状況では、厳しかろうからの」


 その時。

 ギルド正面の扉を叩く音が響く。


「……誰じゃ?」


 この状況で冒険者ギルドに来る人物は……色々考えられる。

 それこそ、普通の依頼人で、現在の混乱を鎮めてほしいという人もいるだろう。

 ただ、敵である可能性は少し低い。

 それなら、問答無用で扉を蹴破って入ってくるだろう。


 ジュラインは用心しつつも扉の鍵を外し、ゆっくりと開いた。


「お主は――」


 そこに立っていたのは、ジュラインが予想もしない人物だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「国王の身柄を確保しろ!! 決して害するでないぞ!!」

「フィルツ王子を見つけ出せ!! なんとしても捕縛するのだ!!」


 城門が突破されたバーランドの王城では、その城内でも各所で戦いが起きていた。

 だが法術の有無の差は大きく、近衛の騎士たちも次々に突破される。

 やがて、王の居室の前の近衛までもが倒されてしまった。


 そして。

 その賊たちに導かれて現れたのは――グライズ王子だ。

 彼は王のいる部屋の扉を開けると、悠然と中に入っていく。


「グライズか。控えよ。我はバーランド王、イルステールであるぞ」


 病臥にあるとされ、寝台に上体のみ起こしているだけのイルステールだが、それでもなお、その威厳は一瞬、グライズをたじろがせるほどのものがあった。

 だがグライズは、それをおくびにも出さず、彼の前に立つ。


「伯父上……いえ、陛下。もはや、貴方の時代は終焉となるのですよ」

「愚かな。今ここで、我から王位を簒奪していかにする」

「無論、アルガンドを攻めます。僅か数時間で、寡兵にも関わらずこの王城を攻めきれるこの力さえあれば、アルガンドなど恐れるに足りません」

「己の力を過信したか」

「過信などしていません。これは絶対の自信です。……まあいいでしょう。今ここでそんな問答をするつもりはありません。それより、フィルツはどこです?」


 フィルツはまだ王城にいるはずだった。

 お互いに国王に呼び出されていて、そのまま滞在しているはずなのである。

 今日のこの行動は、事を起こす必要があったのもあるが、フィルツを確保しやすいと踏んだからというのもある。


「知らん。の時点では王城にいたはずだが、このように混乱した状態では、把握しようがないわ」


 グライズは小さく舌打ちした。

 報告でも、フィルツの行方は分かっていない。

 考えたくはないが、情報が漏れていた可能性もあるだろう。


 だがそれなら、なぜ国王がこの場に留まっているのかが分からないが、少なくともフィルツは城外へ逃亡した後のようだ。

 キルシュバーグを捜索させてはいるが、こちらの兵力は現時点では、天与法印セルディックルナールを付与した特殊法術兵五十人と、あとは二百人ほどしか実はいない。

 残りは、使だ。

 捜索などは全く期待できない。

 これで、広い王都に潜伏したフィルツ王子一人を探すのは難しい。

 法術の有無で王都内での戦闘は圧倒できているが、数の不利は時間と共に露わになる。だからこそ、短時間で決着をつける必要があるのだ。


「誰ぞあるか」

「はっ」

「冒険者ギルドとアルガンド領事館を抑えるよう伝えろ」

「了解しました!」


 王城を抑えた今、あとの懸念はその二つだ。

 フィルツ王子が頼る可能性が高いからというのが、理由の一つ。

 あとは、アルガンド領事は人質として使えれば、という程度。


 冒険者ギルドは、ほぼ確実にこの蜂起に対して非難声明を出すであろう相手であり、そもそもグライズは冒険者という存在が気に食わなかった。

 国家でもないのに、国家並の発言力と実行力を持つ、ある種の抑止力。

 そんな存在は、彼の求める国には不要である。

 今王都内には冒険者がほぼいないと聞いているので、抵抗は出来ないだろう。

 少なくとも、冒険者ギルドを機能不全にすることはできるはずだ。


 もう一つ、神殿も懸念される存在だが、さすがに今の戦力で神殿と正面からことを構えることはできない。

 フィルツが神殿に逃げ込んでいたらかなり厄介だが、神殿は王城のすぐ隣。

 城内には兵が溢れていたはずで、を使って逃げ出したとすれば、フィルツが神殿に行っている可能性は低いだろう。


 とりあえず現状の懸念事項に手を打ったグライズは、もう一度イルステール王に振り返る。


「夜が明けたら、私に王位を譲っていただきますよ、陛下」


 フィルツに逃げられれば、対抗勢力の旗頭となる可能性はあるが、グライズが国王となれば、フィルツが動員できる戦力など高が知れている。

 このタイミングで事を起こすのは実は予定外だったのだが、それでもこの状況のための下準備はずっとしてきていたのだ。抜かりはない。



 コウとエルフィナが王都に到着する、数刻前。

 バーランド城は事実上、グライズによって占拠された。

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