王都騒乱

第108話 王都へ急ぐ

「コウ、これって……」

「どういう状況か分からない。だが、王都キルシュバーグで何かが起きているのは確かだ」


 どうやってこの子機まで送信したのかは謎だが、通信法術の方式がコウの推測通りなら、強引に出力を上げれば通信が届くようにはできる可能性がある。

 緊急時に備えて、そういう備えくらいはありそうだ。


 いずれにせよ、この子機に通信できるのは冒険者ギルドにある通信法術具のみだ。少なくともこの通信が送られた時点では、ギルドが占拠されているといった事態にはなってないだろう。

 仮にギルドが乗っ取られたとしたら、このような通信を行う理由がないからだ。


 この状況で王都で『叛乱』があるなら、最も可能性が高いのはクーデター。

 グライズ王子かフィルツ王子のどちらかが、王位を求めて起こしたというのが最も妥当だ。

 ただ、伝聞で聞く限り、フィルツ王子がそのような暴挙に出る可能性は、低いと思える。いくら『再戦派』が勢いを取り戻しているとはいえ、現状、国王が実質『穏健派』である以上、このような行動に出る理由がない。


 それよりは、グライズ王子が強引にイルステール王から王位を譲り受けようという可能性が最も高い。

 それでも、突然こんな暴挙に出た理由は分からないが、あるいは何か情勢の変化があった可能性はある。


「このタイミングで行動を起こされるとは……」

「コウ、どうします?」


 一瞬考えるが、選択肢はなかった。


「ここはいったん放置だ。ここの施設が逃げるわけじゃないしな。だが、王都キルシュバーグの状況次第では、情勢が一気に最悪に傾く可能性もある」


 先ほど言っていた『第一陣』というのは、ほぼ間違いなく天与法印セルディックルナールを持った者たちだろう。

 人数がわからないが、一人や二人ということはなさそうだ。

 そして、王都キルシュバーグでは排魔の結界が展開されているという。

 この『第一陣』というのが『再戦派』側の戦力であるのは確実。

 叛乱を起こしたのがグライズ王子だとすれば、おそらく王城の守りは突破される。一方的に法術が使える状況を作られたら、いくら王宮守護の騎士たちでもたまったものではないだろう。


 どういう名分で叛乱を起こすかというのも気になるが、国によっても事情は異なるし、それは後でいい。

 ただ、『再戦派』が動いたとすれば、敵視されている冒険者ギルドやアルガンド領事館の人々も狙われる可能性は低くない。

 相手が軍勢だとしたら、たった二人戻ったところで何ともならないとなるが、ギルドや領事館の人々を助けることくらいはできる。

 それに、今なら切り札もある。 


 ただ問題は、移動だった。


 ここからキルシュバーグまでは、直線距離でも推定で百五十キロ三百メルテから二百キロ四百メルテ。歩いて行こうものなら数日はかかるし、そもそも直線距離を行く地上ルートはない。


 こういう時、良くある転移魔法があればと考えてしまう。

 転送門がある以上、法術でも作れなくはないはずだが、できるかどうかわからない術の開発を行うより、今は動くべきだった。


 王都へ急ぐとしたら飛行法術を使うしかないが、二つ問題がある。

 一つは、すでに空は暗くなってしまっているため、正確な方向がわからないのだ。

 だが、迷っている時間も惜しかった。


「戻ろう、可能な限り急いで」

「はい。でも、飛行していくにしても、方角が正確にはわからないのでは」

「ちょっと無茶な手を使う。とりあえず外に出よう」


 二人はほぼ駆け足で遺跡の外に出た。

 そのまま、すぐに飛行法術を発動させると、浮かび上がる。やや遅れてエルフィナが続いた。

 そのままコウは、一気に高さを上げる。

 この飛行法術は、実際には体全体を不可視の力で支えて飛ぶ術。

 なので理論上、その高度には制限がない。


「ちょ、コウ、精霊の力ではそこまで高くは……」

「すぐ降りてくる。待っててくれ」


 さらに高さを取る。

 おそらく高度は五千メートル一万カイテルほど。

 地上部分で標高二千メートル四千カイテルほどなので、三千メートル六千カイテルは高度を取ったことになる。

 さすがにこれ以上高度を取ると、今度は寒さと風でこちらが滅入るし、呼吸もつらくなってくる。

 高度を上げつつ対策となる法術は発動させたが、その限界を超えているようだ。

 ただ、改めて発動しなおす時間が惜しい。


 周囲の山々より高い位置にあるが、それでも王都方面を見ても、街の光は見えない。キルシュバーグは盆地の一番底にある街。なのでおそらく、角度的に山の影になっているのだろう。

 また、この世界もおそらく惑星である可能性は高く、そうなれば必然的に遠くを見るには相当な高さが必要になる。

 今日は蒼月が出ているため、方角はある程度分かるが、先ほどの遺跡と王都キルシュバーグとの位置関係が正確にはわからないので、どうしようもない。


 コウはさらに、ユヴェル砦を観察する際に使った法術を発動させた。

 発動地点はこの真上、千五百メートル三千カイテル。これで合計の高さは六千五百メートル一万三千カイテルとなる。

 幸い、今は雲がほとんどない。

 そして大体の王都の方角を見れば――。


「多分あれが、王都か」


 完全に夜の闇の中、それでもわずかに明るい場所が見えた。

 この高さまでになれば、周囲の山々――西側にあるロンザス大山脈は別にして――よりもかなり高くなり、すべてを見下ろせる。

 仮に二百キロ四百メルテの距離があっても、無理やり見つけることはできると踏んだが、どうやら成功したらしい。

 その方角への目印を覚えると、コウは下に降りた。射程外になった映像転送法術が自動的に解除される。


「コウ、大丈夫……って、ちょっと待ってください。火の精霊シルヴス、彼を暖めて」

「いや、俺は……」

「髪に氷が張ってますよ。耳も凍り付きかけてます。ホントに無茶し過ぎです」


 耳に触れてみると、恐ろしく冷たくなっていた。

 寒い地域では、血管の細い耳などは凍り付いて落ちてしまうこともある。というか、コウが住んでいた場所でも、冬はイヤーガードなどは必須だったが、焦っていて忘れていた。


「……すまん、大分麻痺してたようだ。ありがとう、エルフィナ。とりあえず、方角はわかった。この方向にまっすぐだ。ただ、問題は時間だが……」


 もう一つの問題が、時間だった。

 飛行法術の速度は、空気抵抗を最大限まで無効化したとしても、最大で時速四十キロ八十メルテ程度が限界。目測の距離だが、それでは大体五時間はかかってしまう。それ以上の速度を出す法術を考えてもいいが、さすがにすぐに思いつかない。

 通信の内容からすると、相当ひっ迫した状況なのは間違いなく、五時間かかったとしても、移動するしかないか。


「コウ。法術で、本人への風の影響を無効化できますか?」

「影響を無効化?」

「強風にあおられると、息が出来なくなったりするじゃないですか。それを何とかできるのであれば……多分、コウの法術の三倍近い速度が、精霊なら出せます。ただ、その速度で飛ぶと、本当に呼吸がほとんどできなくなるんです。精霊の飛行は本当に強引に速度を出すので。あと、寒さ対策とかも必要ですが」

「そうなのか。なら……」


 コウは空気の層で対象を完全に保護する法術を発動させた。

 具体的には、体にあたる風の影響を防ぐ法術だ。

 それに、先ほどより強力な防寒対策の法術を重ねていく。


「これで多分大丈夫だと思うが……」

「とりあえずやってみます。まずかったら、対策考えましょう。少なくともこちらの方が速いのは確かですし……では、行きます」


 エルフィナが精霊に呼びかけると――コウが指示した方向に二人の体が動き始め、どんどん加速していく。

 やがてそれは、コウの飛行法術の速度をはるかに超えて、すさまじい速度になっていった。


「す、すごいなこれは」


 至近距離での会話も難しくなると思ったので、お互いの間を[風声]でつないだのが幸いした。本来地点発動の[風声]を人につなぐのはぶっつけだったが上手くいったようだ。

 多少風の音がうるさいが、何とか話すことはできる。


 精霊の飛行は、空気の層で術者を支え、さらに風による後押しで飛んでいるようだが、この速度になると術者にかかる空気抵抗を完全に『無視』しているらしい。

 厄介なのが物理的に風の影響を減らしているわけではなく、抵抗を受けても影響がないと『定義』しているだけなので、本人には風がまともに当たる。

 物理法則を完全無視しているのは、さすが精霊というべきか。

 だが、空気による保護膜を張った今の状態なら、大きな問題はなかった。


「コウの法術も十全に役割果たしてますね。この方向で大丈夫ですか?」

「ああ。この速度なら、多分二時間もかからない」


 おそらく今の速度は、時速百キロ二百メルテ以上。

 生身の人間がこの速度で移動するのは、この世界ではおそらくコウとエルフィナが初だろう。


 蒼い月に照らされた大地を、二つの影が高速で飛ぶ。

 今の時刻はおそらく二十時ごろ。到着は二十二時頃になる。


(間に合うか――)


 王都への空は暗く、まるでこの国の行く先の闇を暗示しているかのようであった。

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