パリウス内乱

第40話 エンベルク伯、挙兵

 コウ達がドパルに潜入した、その翌日の四月二十三日。

 この日の夕方過ぎ、神殿、法術ギルド、冒険者ギルドの全通信網を用いて、パリウス領全土に、パリウス公爵の名で緊急布告が行われた。


『本日十三時、元領主代行アウグスト・ネイハ、およびその係累全てを、領主継承者暗殺未遂、およびその他数々の犯罪の咎により処刑した』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「自分の叔父を殺したというのか!? 親類の情けもないのか、あの娘は!!」


 そう怒号を飛ばしているのは、無論エンベルク伯たるオルスベールである。


「領主によれば、アウグスト様はもちろん、係累……すなわち、彼の息子夫婦や生まれて間もない赤子すら、全て、だそうで……」

「バカな……では、ネイハ家の人間は、事実上あの小娘しかいない状態ではないか!!」


 すでに領主に対する敬称すらつけていない事実に、オルスベールは気付いていない。

 無論、傍系を探せばまだいるだろうが、大義名分には弱すぎる。

 もはやアウグストの復権を旗印にできなくなってしまった。


「い、いかがいたしましょう。領主は明日にはパリウスを発ち、こちらに向かうとのことですが……」

「ええい、今更後に引けるか!! たかが小娘一人。正面から打ち破り、私が新たなパリウスの公爵となってやる!!」


 実際、勝算はある。

 三千人もの傭兵に加え、エンベルクの正規兵五千も合わせれば、総勢は八千。

 パリウスはラクティが領主交代時に一度軍備を解体して、新たに再編成したらしい。ひと月前の情報だが、その数は三千あまり。あんな小娘が編成した軍など、雑兵に等しいだろう。それからいくらか増えていたとしても、数の上でもこちらの軍は倍はある。

 しかも戦に長けた傭兵が半分近くを占めるのだ。

 負ける道理がない。

 領主側が傭兵を多少雇い入れるとしても、この地域の傭兵のほとんどはすでにエンベルク側で雇い入れている。もうそれほど多いはずはない。


 そうだ。

 最初から大義名分など気にせず、己の権益を守るために兵を起こせばよかったのだ。

 何を迷うことがあろうか。

 ラクティが年若く、パリウス公にふさわしくないとして兵を挙げる。

 新領主は軍勢を連れて来るのだから、それを打ち破ればいい。他国ならともかく、このアルガンドならパリウス公爵になる資格を得られる。

 すでに、『顧客』たちに支援も依頼している。

 裏切ることはお互いに破滅を意味する以上、それはありえないだろう。


 考えてみれば、最初からそうすればよかったのだ。

 アウグストへの恩義もあって彼の復権をずっと考えていたが、彼が死んでしまったのであればもうアウグストにおもねる必要はない。

 アルガンドの貴族らしく、自分自身の力と才覚で地位を掴み取ればいいのだ。


 たかだか十四歳の、しかもついこの間まで王都でぬくぬくと学生をやっていた小娘に負けることなどあり得ない。

 勝てば、自分が次の公爵だ。

 その輝かしい未来をオルスベールは幻視し、そして疑っていなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さらに四日が過ぎ、領主軍がエンベルクの、オルスベールが戦場とする予定の場所まであと一日余りという距離になる頃――オルスベールは、予定通り軍を伴って出陣しようとして、仰天する報告を受けた。

 領主の軍勢の数が、想定していた数の四倍、一万二千という数だったのだ。

 一体どこにそれだけの軍勢があったのかと思ったが、それ以上に仰天する報告があった。

 領主軍の一部、およそ二千が、エンベルクではなく別の場所へと進路をとったというのだ。

 その先にあるのは――。


「バカな!? どうやって存在を知りえる!?」


 二千の兵が向かう先にあるのは、オルスベールにとっては急所ともいえる、奴隷市場があるあの場所ドパルだ。

 ここで、目的地が違う場所だなどという楽観的な見方は、オルスベールもしない。

 確実に、あの場所に『何かがある』とにらまれているのは間違いない。

 徹底して秘匿し続けたあの場所について、そもそも怪しいと知っていたのは――。


「あの冒険者か!!」


 あの爆発で生き延びたのか。

 あるいは瀕死で逃げたのかは分からないが、あの場所が怪しい、と新領主に伝えたのかもしれない。あるいは殺される前にすでに誰かに伝えていたのか。

 その可能性は否定できない。

 今週の頭に、定期オークションの最中に人が一人死んだという報告があった。あるいはそれが侵入者だったのか、と考えたが、侵入された痕跡は皆無だったというから、何かの事故だろう。

 あそこに潜入するのは不可能だ。

 だとすれば、まだ新領主はあの場所ドパルの詳細な情報は持っていないはずだ。軍勢は疑惑がある、というだけで向かっているのだろう。

 ならば、まだ打つ手はある。


 分進している領主軍がドパルにたどり着くまでには、あと二日はかかる。

 領主への敵対行為を今さら隠す必要はないので、領主を弾劾し、自分が領主になると宣言する準備は整っている。

 そして、自分は主力を率いて領主を迎え撃ち、一方でドパルには精鋭を派遣し、迎撃させればよい。

 ドパルとて自分の領地であり、それを守るために兵を配するのは至極当然だ。


 問題は場所が場所だけに、派遣できる兵は奴隷市場のことを知る兵だけであり、その数が非常に少ないことだが、それでもあの天然の要塞であれば、数日守るくらいは難しくはない。

 その間に自分が領主が率いる本隊を打ち破り、さらにドパルを攻める部隊を背後から攻撃し壊滅させれば、戦いは終わる。

 その後、王家に申請し、自らが新たなるパリウスの領主となればいい。


 領主軍の数の多さは予想外だが、情報によるとかなり無理に集めたらしい。

 それに『顧客』に頼んでいる増援が到着すれば、数の優劣はほとんどなくなる。そうなれば、険しい地形が多いこの地で戦うのは、地の利があるこちらの方が有利なはずだ。

 オルスベールは援軍が来るまでは時間を稼げばいい。


 むしろこれは、好機といえる。

 数に勝る相手に勝利したのであれば、オルスベールの主張が通る可能性はさらに高くなるのだ。


「よし、これだ。これしかない。……ドパルには、マラユを送れば完璧だろう。あの狭い場所なら、やつの爆炎の法術は非常に効果的なはずだ」


 マラユはオルスベールの部下ではないが、以前からの『客』だ。当然あの場所のことも知っている一人だ。

 領主との正面決戦で自分が負けるとか、いくら防御に優れているとはいえ、寡兵かへいでドパルを守りきれるのかという可能性を、彼はすでに考慮していない。

 領主側の軍勢が多いとはいえ、どうせ無理矢理集めた兵だ。その練度など、たかが知れている。


「行くぞ!! 出陣する!! 次のパリウス公爵はこの私だ!!」


 オルスベールは今まさに集合を終えた軍勢の前で、意気揚々と宣言した。


 確かに彼が持つ情報通りなら、彼の思惑通りに事態が進行する確率は、高い。

 オルスベールがパリウス公と呼ばれる日はそう遠くなかっただろう。


 だが。


 オルスベールの行動のことごとくが、ある一人の少女の思惑の内であることを、彼が知ることは永久になかったのである。


―――――――――――――――――――――――――

可愛い女の子も主人公も出てこない話でごめんなさい……。

ホントは後半があって出てきてたのですが、長いので分割しました。

(その分記述増やした)

次はちゃんと出てきますっ(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る