第41話 領主軍の正体

「本当に予想通りの動きですね」

「戦争なんてのは、情報を制したほうが勝つ。実際に刃を交える時には、ほぼ決着がついてるとはよく言うが……ラクティが凄過ぎるな」


 ここはアルフィンの隠れ家。

 あの後コウ、エルフィナ、アルフィンの三人は基本的にここで寝泊まりしつつ、法術を駆使してラクティと情報を共有、事態の推移を見守っていた。

 いろいろデタラメな法術を見せられてアルフィンが凹んだ回数は軽く十回を超えたが、そのあたりで彼女も開き直ったらしい。

 そのラクティから、ドパルに対してエンベルクからごく少数の援軍が行く可能性が高いので、可能なら足止めなどしてほしいと連絡されたのは、四日前、ラクティがパリウスを出る直前である。


 そして今しがたグラッツから聞いた情報によると、オルスベールが今朝がた、ドパルに兵を送ったらしい。その数は、わずか百人。

 これはおそらく、ドパルの内情を知られるわけにいかないからだろう。裏を返せば、オルスベールが抱える兵で、ドパルの内情を知られても問題がないのは、その程度しかいないという事でもある。


 パリウス領主軍から分かれてドパルに向かった兵は二千だとラクティから知らされている。

 普通なら、二十倍もの兵力差があれば勝負にならない。一般的に城塞での防衛は兵力差が三倍で互角とされるが、それでもどうしようもない兵力差だ。

 だが、あの天然の要害といえるドパルなら、十倍でも持ちこたえるのは容易だろう。さらに強力な法術士がいれば、その比率はさらに変わる。

 あの地形では、大軍を効率的に運用できない。必然的に兵力の逐次投入という、どんな兵法書でも愚策とされる運用しかできず、攻撃側の犠牲は無視できない規模になりえる。


「では、依頼通りに?」

「ああ。ドパルで防衛線を展開されても困るしな。到着前に壊滅してもらう。それは俺たち二人で十分だ。アルフィンさんは――」


 立ち上がろうとしたコウを、アルフィンが慌てて止める。


「え、え、あの、ちょっと待ってください。いくら数が少ないからって、百人の兵士ですよ? しかも、派遣される部隊に、あの『業炎のマラユ』が入ってるって話でしたよね!?」

「そういえばなんか言ってましたね。誰ですか、それ?」


 エルフィナが首を傾げるが、コウもその名前は全く聞き覚えがない。


「ああ……世間知らずの森妖精エルフでは知らないのも無理はないですが、卓越した炎の法術の使い手として知られた法術士です。単独で二個中隊を壊滅させたこともあるとされる、特に攻撃法術に長けた法術士です。多分ですが、私たちを狙ったあの爆発も、彼の仕業です。法術のランクは、貴方と同じ黒という話です」


 いつも『世間知らず』でエルフィナに揶揄からかわれているコウは、エルフィナが『世間知らず』といわれたことが少しおかしくて、危うく吹き出すところだった。

 それを見とがめたエルフィナが一瞬唇を尖らせるが、それはすぐ収めて、そのままコウに向き直る。


「じゃあ、問題ないですね、コウ」

「ああ。予定通り、アルフィンさんはグラッツさんとラクティ――領主軍に合流してくれ。すぐ戦端が開くとは思えないから、こちら側が終わるまで時間を稼いでくれればいい。俺とエルフィナは、ドパルへ向かう連中を片付けて『王国軍』の障害を取り除いてから、合流する」

「ああもう!? 無茶でしょう、それは!!」


 実は、ラクティが率いている一万二千の軍勢は、全てアルガンド王国の国王直属の軍である。

 その一方、ラクティは自身が動かせる領主軍三千は、なんとコウがパリウスを出立した直後に、細かく分けてエンベルク近郊に派遣させていたらしい。


 そして先日、コウから送られた情報を得たラクティは、即座に王家に連絡を取った。

 オルスベールの『顧客』には、他の公爵領の領主や他国の貴族も多く含まれていると思われ、パリウス領主であるラクティだけでは手に余るものだったからだ。


 結果、滅多に使用される事のない転移門――王都と各領都を結ぶ転移を可能とした大規模法術施設――が二十年ぶりに起動され、一万二千もの王国軍がパリウスに送られたのである。

 それほどに、王国は今回の事態を重く見たらしい。

 このあまりの展開の早さには、コウすら驚いた。


 ただいくら軍の展開が早くても、パリウス領都からドパルへ移動するより、エンベルクから援軍が到着し、防衛を固める方が早い。

 こればかりは場所の違いでどうしようもない。

 そして先に派遣した三千の兵は別の役割があるので動かせないという。


 無論ドパルを攻める王国軍は精鋭であり、攻め落とすことはできるだろうが多くの犠牲が出る。

 あの場所での攻防となれば、奴隷らを人質にされる可能性もあるし、戦端が開けばあの中も無傷とはならない。


 そのために、ラクティは可能ならと、足止めを頼んできたのだろう。コウの法術のランクが黒であることはラクティも知っているから、不意打ちで一定の被害さえ出せれば、ある程度の足止めは可能だ。ランク黒というのはそのくらいを期待される。

 今回、ラクティ側の完全勝利にはドパルの接収およびその証拠の押収が必要であり、ラクティとしてはできるだけ手早く抑えたいのである。

 ただ、コウとエルフィナならそれ以上のことができる。


「大丈夫だ。無茶はしない。それに、アルフィンさんこそ頼む。オルスベールの軍勢の配置をラクティに伝えてほしい。ラクティが敗死するようなことがあったら、やはりこちらの負けだ」


 実のところ、すでにオルスベールに勝ちの目はない。

 ただ、戦いになれば戦場に絶対はない。

 まともに考えればオルスベールが攻勢に出ることはないが、もし捨て身の突撃を行うなどすれば、事故の可能性は常にあり得る。

 ラクティが流れ矢などで死ぬようなことになれば、負けといってもいいだろう。その場合は、パリウスの後継者がいなくなるので王家直轄地となるだろうから、王家の一人勝ちだろうか。

 無論そんな事態にするつもりはない。


「……分かりました。ですが絶対に無事でいてください。絶対ですよ!!」


 何度も念押しするように怒鳴りつけつつ、アルフィンは部屋を出て行った。


『なんかずいぶん気に入られたな、兄ちゃん』


 突然この場にいない人間の声が響く。


「グラッツさん。あんたも頼む。エンベルクの街で混乱が起きたら、上手く治めてくれ。しかしあんたは無茶だ、とは言わないんだな」


 通信法術で冒険者ギルドのグラッツとも連絡を取っていたのだ。

 いわば、法術を使ってのオンラインミーティングというわけだ。

 さすがにこの概念はエルフィナ達では分からないが、通信法術で会議を行うという発想は驚いていた。


『まあな。あのアクレット殿が信頼する冒険者だ。で、今回の事態で彼が出てこずにあんたに任せたってことは、俺が心配するだけ無駄ってことだろうさ』


 さすがに、奴隷の密売などという案件なら、冒険者ギルドは遠慮なく国と協力体制を取れる。

 パリウスの冒険者ギルドにとって切り札ともいえるアクレットが出てくる事態も十分ありえるとグラッツは考えていたが、届いた知らせは、『コウ君に全部任せた』というものだった。


「……自分だけ動かず楽しようって考えな気もするがな」

『それはあるかもな。あの旦那、いつも隠居したいとか言い続けてるしなぁ』


 彼の年齢は四十半ば。いくら何でも隠居にはまだ早すぎるだろう。

 コウは苦笑しつつもそれに応えず、荷物を肩にかけた。

 入っているのは、必要最小限の食料と水。

 今回は短時間なので、これで十分なのだ。


『まあ大丈夫だとは思うが無茶はすんなよ。世の中、絶対ってのはないんだからな』

「ありがとう。グラッツさんも、後のことは頼む」


 通信法術を解除する。

 振り返ると、準備万端という感じでエルフィナが待っていた。


「ではコウ、行きましょうか」

「ああ。パリウスの大掃除の始まりだ」


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