第39話 背徳の街

「これで……気付かれてないのですか」

「気付かれてないというか、気にされてないというのが正しいな」

「すごいですね。こんな法術聞いたことないです。コウ、どうやっているんです?」

「秘密としておこう。まあ、結構な文字数の法術になってるのは確かだ」

「私では、構成の検討すらつかないです。本当に自信喪失しそう……」

「アルフィンさん。コウは普通じゃないので、気にしない方がいいですよ」

「心がけます……」


 コウ達三人は、あっさりと館への潜入に成功した。

 コウが用いた法術は、いわゆる認識阻害。

 姿が消えたわけではなく、コウ達を異物として意識しないという術だ。

 透明化という手もあるが、番犬の類がいた場合、匂いなどまでごまかすとなるとかなり面倒な上、人の出入りが激しく、うっかりぶつかったりしては不審がられる可能性もある。


 そこでコウは、自分たち三人が、『ここにいても不思議ではない』と周囲が感じるようになる法術を、自分たちにかけたのだ。

 ただこの術、予想以上に構築に手間がかかった。

 視覚を閉ざしている方がかかりやすいから、という理由で構成を見せていないが、第一基幹文字プライマリルーンである[理]を使っている。

 苦労した甲斐があり、術の効果は絶大だった。

 誰も話しかけては来ないが、コウ達を見ても誰もおかしいとは思わない。

 やりすぎると、最強の暗殺者になれる術だなと思ったが、それは考えないほうがいいだろう。


 館は、呆れるほどにきらびやかな内装だった。

 趣味が悪いと言い切れるレベルだ。

 人の流れに沿っていくと、館の中でも一際大きな、劇場めいた部屋に着く。

 しばらく待っていると、ステージの幕が上がり始めた。

 何かが始まるらしい。


「この人たち、どこから入ったのでしょうか」


 エルフィナが不思議そうに首を傾げた。

 見る限り、三十人ほどの、しかもどう考えても身なりが整った、言い換えれば貴族または相当に羽振りのよさそうな商人などばかりがいるように思える。

 だが、アルフィンの調査でもこんな人がここに来てるというような記録はなかったという。


「館の手前に特徴的な厩舎が見えた。多分だが……飛行騎獣のものだ」

「飛行?」

「大陸の東側ではかなり珍しいがな。おそらくそれで出入りしているのだろう。だからか、随伴がどう考えても少ない」


 飛行騎獣。

 名の通り空を飛ぶことができ、かつ人を馬のように載せることができる騎獣で、大陸の最西端にある国では、それだけで構成された特別な騎士団があるという。

 ただ、飼いならすのは非常に難しく、その国以外ではわずかにしか保有されていない。このアルガンド王国でも、ごく少数の部隊が存在するらしい。


 実際、制空権を取れるメリットは大きいといえば大きいが、空中では急な旋回などがやりづらく、弓や法術で攻撃されると避けきれないことも多い。

 それに数が少なければ制空権を取ったというだけの戦果を挙げることはできないので、少なくともアルガンド王国では戦闘用というより偵察などの目的で運用されているらしい。

 ただわずかに、軍以外でも飛行騎獣を保有する貴族や商人などもいると聞いていたが、外の厩舎の規模を見る限りおそらく五、六頭はここにはいたようだ。


 ただ、飛行騎獣は一度に乗れる人数はせいぜい二人から三人だ。だから護衛などもほとんど連れてきていないと思われる。

 館以外にも、宿泊施設と思われる建物があり、あとは酒場やカジノめいたものもあった。おそらく彼らはここに数日は滞在しているのだろう。


 こんな辺境まで貴族たちが普通に移動すれば、嫌でも目立つ。

 だが、空を行けばほぼ見られることはない。そのための飛行騎獣だろう。

 言い換えれば、わざわざそこまでしてでも、ここに来るのを知られたくないという事になる。つまりそれだけのものが、ここにはあるという事だ。


「皆様、大変お待たせいたしました。主たるエンベルク伯は今回諸事情でいらっしゃいませんが、今週もオークションは予定通り開催いたします。どうか皆様すべてが満足できる結果になるよう、誠心誠意、頑張らせていただきます」


 ステージの上に立った、燕尾服めいたものを纏った男が、大仰に挨拶する。

 どうやら、この手の立ち居振る舞いはこの世界でも似たようなものらしい。

 そして、ステージに引っ張ってこられたのは、十歳程度でしかない黒髪の少女。

 まとっている服は、この世界ではあまり見ない簡素な貫頭衣。

 何よりも目を引くのは、その両手足を拘束する鉄輪とそれを結びつける鎖だろう。


「それでは、早速最初の商品です! 東方、辺境の出ですが、その顔立ちはなかなかに愛らしい。働き者で、主の言うこともよく聞く娘です。まずは銀貨五枚から!」


 司会の男の言葉が終わると同時に、あちこちで手が上がり、金額が飛び交う。


「奴隷の闇市場……というところでしょうか」

「なんてこと……まさか、こんなことが……」


 エルフィナはやや呆れ気味だが、アルフィンは唖然としていた。

 周囲を見渡すと、『客』は『商品』を興味深げに見ては、時折手を挙げて金額を宣言している。

 名前などは言われないのでそれぞれがどこの誰かはわからないが、微妙に言葉のイントネーションが異なるのもいるし、服装から、おそらくはキュペルの人間だと思われる者すらいた。


 また、次々に『出品』される少年少女らもまた、その出身地は多岐にわたる。

 どうやら多いのは北方辺境出身だが、東方諸島部やおそらくは帝国以西からと思われる者もいた。

 驚いたことに妖精族フェリアの子供すらいて、エルフィナは大声をあげるのをかろうじて堪えた。

 いくらこの認識阻害が強力でも、目立つ行動はさすがに気付かれる恐れがある、と事前にコウに警告されていたからである。

 年齢はだいたい六、七歳くらいから上は十歳くらいで性別はやや女性が多かったか。たまに十五歳くらいの少女もいたが、の奴隷だろう。


 闇の奴隷市場。

 これが、オルスベールが抱える秘密であり、そして富の源泉なのだろう。

 飛び交う金額は銀貨数十枚から、場合によっては金貨十枚以上。

 普通の人々であれば一年、あるいはそれ以上かけて稼ぐ金が飛び交っている。

 アルフィンによると、アルガンド王国では十年前に奴隷取引は全面的に廃止され、禁忌とされている。露見すれば最後、問答無用で処刑されるほどの罪らしい。

 つまりこれこそが、オルスベールがラクティに恭順しない理由であり、そして同時に、前領主代行が見逃してきたことなのだろう。


 舞台に立たされている『商品』である少年少女らが、望んでその場にいるわけではないのは、その表情を見ればわかる。彼らは明らかに、本人の意思以外でこの場に連れてこられている。

 現代日本の様に戸籍等で完全な管理がされているわけではない社会では、子供がいなくなっても遠くに連れていかれてしまっては、発見することなど不可能だろう。

 あるいは中には子供を『売った』親すらいるのかもしれない。

 いつだって、理不尽な大人の犠牲になるのは無力な子供達――。


「出るぞ、エルフィナ、アルフィン。もうここに用はない」


 コウの言葉に、エルフィナはぎょっとして振り返った。


「コウ……?」


 恐る恐る、声をかける。

 それほどにコウの表情が恐ろしいものに、エルフィナには見えた。


 コウはそれを気にした様子もなく、先に歩き出す。

 エルフィナとアルフィンは慌てて着いていった。

 ホールの出入口には無論見張りの兵が立っていたが、コウたちを気にする素振りは見せない。

 その横を通り抜け、そのまま館の外に出ると、そのまま中心部を抜ける。

 そしてコウは振り返ると腕を掲げ――。


「コウ、ダメです!!」


 いきなり、エルフィナに飛び掛られ、バランスを崩して二人が倒れこんだ。


「あそこを全部焼き尽くすつもりでしょう、コウ。でも、そんなことをすれば、あそこにいる子供たちも燃えてしまいます!!」

「え、え?」


 アルフィンが突然のエルフィナの行動と言葉に戸惑っていた。

 エルフィナの言葉に、コウの手が止まる。

 編まれかけていた法術が、解かれていった。


「……すまん、冷静さを欠いた。ありがとう、エルフィナ」

「いえ。でも、出る際に一瞬で斬ったのは止められなかったですから……そろそろ騒ぎが起きるかと」

「すまん」

「え? どういう……」

「コウ、帰り際に出口付近にいた人、斬り殺してます」

「え?」


 そのアルフィンの疑問符が合図であったかのように、館でなにやら騒ぎが起きていた。

 悲鳴や怒号なども聞こえてくる。


「コウ、これからどうしますか?」

「ここは一度出る。今ここを殲滅しても、多分それでは本当の元凶は叩けない」


 言うが早いか、コウは飛行法術を発動させ、有無を言わさず浮かび上がった。

 唐突な浮上にアルフィンが一瞬悲鳴を上げるが、さすがに騒ぐのは自重する。

 そして三人の影は、夜闇に溶けていった。


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