第8話 深夜の戦い
その日は、食事をした店の二階にある部屋を借りた。
基本食堂なのだが、二階を簡易宿として貸してくれている。
前金制で、宿泊には少し多い金を払う。
これは、備品等を破損させた場合の補償費らしい。
なので、翌朝店の者が来て、問題がなければ一部返金される。
さすがに部屋は別々だ。
コウとしては、この世界で初めてフウキの村以外での屋根のある睡眠、ということになる。
部屋は、申し訳程度の寝台と、小さな机が一つ。
扉は一応施錠できるが、蹴り飛ばせば造作なく吹き飛ぶだろう。
ただ、寝台にある寝具だけは上等だった。
羽毛ではないようだが、十分な保温性のある上掛けと、毛布。
硬さはあるものの、寝心地は文句ないマット。
枕も現代日本のものと比較しても遜色ない。
さすがに低反発枕、などとは比較できないだろうが、そもそもコウもそんなものは知らない。
それぞれの肌触りも滑らかで触り心地は満点だった。
こと、寝具に関してはフウキの村以上といえる。
とりあえず、安眠が確保できそうな状況で、コウは寝台に腰掛けて、今後のことを考えることにした。
(ラクティという子が嘘をついてる様子はないし、本当のことを言っていたとして――)
目下の問題は、はぐれたというラクティの侍女がいつ合流できるか、ということか。
話の通りだと、ラクティは十四歳。
この世界では一人前とのことだが、それはこの世界の論理だ。
無論教育によっても変わるにしても、まだまだ子供っぽさが抜けない年齢でもある。
はぐれた侍女は、メリナという名らしい。
彼女が子供の頃から側仕えとして彼女と共にいたらしく、それで学校、とやらにも付いて行ったらしい。
大分年上のようだが、少し年の離れた姉妹のような存在といえるかもしれない。
ラクティは今、隣の部屋にいる。
当然と言えば当然だが、この部屋に照明などはなく、とっくに外は夜になっているが、よく晴れてる上、銀月は半分程度になっているが、代わりに蒼月が柔らかい光で地上を照らしている。
窓際であれば十分に明るい。だからこそ、影に忍ぶ者を浮き上がらせるにもまた、十分であった。
「やはり来たか」
昼間の騒動。
あの時襲ってきたのは三人だが、それだけとは思えない。
実際、ラクティが最初に襲撃を受けた時は、十人近い襲撃者がいたということだ。
全員がこの街に来てるとは思いにくいが、三人だけとはコウは思っていなかった。
足音を殺し、隣の部屋の扉を、小さくノックする。
小さく「はい」という返事を確認し、コウは扉を開けた。
施錠はされていない。
コウの指示である。
「やはり来た。ラクティ狙い。こっちに」
あらかじめ、ラクティには夜に襲撃がある可能性を話してあった。
なので、彼女もすぐ出かけられる服装のままで、寝入ってもいない。
これで、深夜遅くに来られると、十四歳の少女では起きているのが厳しいかと思われたが、幸い、相手も深夜の行動は避けたかったのか、比較的早く来てくれた。
今が真冬だから、寒さを嫌ったのかもしれない。
「こっち、に」
コウは彼女の手を引くと、賊がいないことを確認し、廊下の脇にある小さな扉を開ける。
本来、そこは予備の毛布などを入れておく場所である。
中身をコウが持ち出すと、かろうじて人が一人が入れる程度の大きさの空間ができる。この中に毛布に包まって入れば、夜闇の暗さもあって、人が中にいると思うことはないだろう。
「ここで、待つ。必ず、戻る」
会ったばかりの男をなぜここまで信頼できるのか、というのが不思議になるくらい、ラクティはコウの指示通りに、扉の中に入ると、毛布で体を隠した。
適当に整えれば、少なくともぱっと見て中に人がいるとは思えない。
その間に、階下にガタガタ、という音が僅かに響く。
一応、穏便に済ませるつもりがあるのだろう。
強引に押し入ってるわけではないようだ。
「さて、と」
コウは手に持った毛布を適当にぐるぐると巻く。
それがちょうど、人間程度の大きさになるようにした。
さらに素早く形を整えて抱えると、傍から見ると、毛布に包まれた人間を横抱きに抱えてるように見えるようになる。
そして、コウは、自分の部屋――月明かりに照らされて明るいほう――の窓から、屋根に出た。
いかにも、人を連れ出した、という風に毛布を抱え、横抱きにして走り出す。
「おい!! 屋根から出てきたぞ!! 南側だ!!」
予想通り、男の声が響いた。
ガタガタという音が響き、やがてドカンという音で、扉が蹴破られたのだと分かる。
その男を背後に聞きながら、コウは屋根の上を走り出した。
この食堂宿が、二階部分が小さく、屋根の上に出られるのは宿を取るときに確認済みだ。
そして、屋根伝いに行けば、簡単に数件の屋根の上をいけて、降りられる場所があるのも確認済みである。
コウは、人を一人抱えてるとは思えないほど軽やかに――実際毛布なので重くもなんともないのだが――駆けると、数件渡り歩いて、それから地上に降りる。
真冬の深夜。
道行く人は皆無。
静かに蒼銀の光が降り注ぐ中、コウはわざと引き離さないように――人を抱えてる演技をしながら――通りを駆けた。
五分ほど走っただろうか。
昼間のうちに確認しておいた街の道を、ほぼ予定通りに走り抜けることで、追っ手の人数を正確に把握する。
人数は五人。
うち三人は手に包帯をつけているのが見えたので、昼間の三人だろう。
つまりあと二人いたということだ。
他にはいない。
宿に残ったのもいないので、とりあえずラクティの安全は確保できただろう。
コウは、逃走経路を大きく変更し、わざと人気のない、だが開けた場所へと向かった。
そこは、行き止まりになっていて、逃げ場はない。
ただ、月の光のおかげで、明るさは十分。
その行き止まり奥に毛布を置くと、その前に立ちふさがるように立つ。
すぐ、男たちが追いついてきた。
「行き止まりか。残念だったな」
街の地理を知らないから、そうなったのだろう、と彼らは解釈したようだ。
まあ、普通ならそうだろう。
ただ、コウとしては、自分を突破しなければ、偽装に気付かれない状態を作りたかっただけだ。
男たちは五人。
昼間、刀で指を断ってやった男たちは、だが、包帯こそしているが、指がまだあるようだ。
軽く驚くが――魔法がある世界だ。
治癒魔法などがあるのかもしれない。
持っている武器は昼間と異なり、刃渡りが八十センチほどはある、いわゆるロングソードと呼ばれる類か。
お世辞にも切れ味がよさそうには見えないが、叩くだけでも十分な威力だろうし、突き刺せば人を殺傷することに不足はないだろう。
ただコウにとっては、それらはなんら脅威になりえなかった。
「なぜ、彼女、狙う?」
理由は想像が出来るし、ついでに返答も想像できる。
ただ、念のため、聞かずにはいられなかったのだが――。
「死んだら教えてやるよ!!」
返答はいくつかありえると考えていたパターンの一つだった。
なので、その後の行動も容易に判る。
そして予想通り、男たちのうち、昼間に戦った三人が、ほぼ同時に剣を振りかざし、突っ込んできた。
「そうか――なら、死ぬ前に聞くことにする」
言葉は日本語。
こういう場では、別に相手に語りかけているつもりはない。
ほぼ同時に来た三人だが、別に三人が連携した攻撃をしてきているわけではない。
コウは、僅かに半歩後ろに下がるだけで、彼らの剣をたやすく回避し――刀を鞘走らせた。
月の光を受けた刀身が、光の筋を夜闇に刻む。
直後。
「うぎゃああああああああああ!!!」
三人のうち、一人が絶叫をあげた。
男の胴が切り裂かれ、さらに肘から下が持っていた剣ごと、地面に落ちたのだ。
「一人――」
刹那、剣閃が走る。
もう一人の男の、口が裂けた。
顔の横、頬から逆の頬まで、刃の切先が切り裂いたのだ。
ただ、男は二重の意味で幸運だった。
仲間の男が腕を斬られたのに驚き、本能的に後ずさっていたこと。
そして、驚愕で口を開けていたこと。
後ずさっていなければ、そもそも頭部が真っ二つか、少なくとも致命傷を負っていただろう。
そして、口を開いていなければ、歯と歯茎を粉砕され、あるいは舌を切断されていた。
だが命を拾ったからといって、戦い続けられるわけではなく、そして動きが止まったのを、見逃すコウでもなかった。
返す刃が、男の胸部を切り裂いた。
「二人――」
再び剣閃が踊る。
不幸な最後の一人は――喉元を切り裂かれ、即死した。
月夜に、鈍色の飛沫が散る。
「三人――」
普通ならここで、残り二人に降伏を呼びかけるか、逃げるのを期待するところだが、コウは逃がしてやるつもりは皆無だった。
相手の数が不明である以上、脅威はここで断つ必要がある。
さらに、男たちが治癒されていたことから、相手に治癒の力を持つ魔法使いがいる可能性がある。
迂闊に相手に隙を見せたら、こちらがやられる可能性があるのだ。最悪、蘇生される可能性も考慮しなければならない。
魔法という未知の要素に対しては、いくらでも不覚を取る可能性がある。
「ま、まて――」
後ろにいた男のうち、一人が慌てて武器を抜こうとして、それが永久に叶わなくなった。
人を襲う状況で武器を抜いていない時点で、相当に油断しすぎ――それを責めるのは酷というものなのだが――であり、遠慮する理由はコウには一切なかった。
振り下ろされた刃は、男の耳をそぎ落とし、肩を斬り裂いて鎖骨を切断し、心臓を両断した。
体に刃が埋まらぬよう、素早く刀を引き抜く。
既に男は事切れていた。
「た、助け――」
最後の一人は武器を持っていなかった。
あるいは、こいつが魔法使いだったのか。
なら、話を聞けるかもしれない、と考え――男の肩口に刀を突き刺す。
「ぎゃあああああああ!!!!!!」
背中まで突き抜けた刃を、コウは男を蹴り飛ばして引き抜く。
最初に男たちが動いてからここまで、時間にして僅か十秒ほど。
コウは、一度刀を振って血糊を飛ばすと、最初に斬った三人に近寄り――まだ息のあった二人の胸に、その刃を落とす。
男たちは数回痙攣しただけで、以後動かなくなった。
「ひっ!!」
最後の一人が逃げ出そうとするが――出血と痛みで、這うことすら難しいらしい。
「もう一度、聞く。なぜ彼女、狙う?」
男は恐怖のあまり、恐慌状態に陥っている。
「聞いてる。答えろ」
「お、俺も詳しくは知ら、知らない。ただ、あの女を殺せ、と、そう、命じられた」
急所を外していたので、痛みはあれど死ぬほどの傷ではない。
そしてその答えは予想通りのものだった。
目的は彼女本人だったと言うわけだ。
「誰に頼まれた?」
「し、知らない。首領が請けてきた、から」
「……そいつ、どこに、いる?」
「あ、明日にはこの街に、くるはず。連絡員が向かった、から。俺たち、先に仕事終わらせようと……」
男は痛みからか、脂汗をかきながら答える。
嘘を言ってる様子はない。
「仲間、何人? いつ来る? あと、治癒の使い手、何人?」
「あ、あと四人、だ。首領含めて。あ、明後日には来る、はずだ。治癒……
聞きなれない言葉に、思わず顔をしかめた。
それがこの世界の魔法使いの総称なのか。
このあたりの知識は、あとでラクティに聞いたほうがいいかもしれない。
「もう一つ。彼女と一緒にいた、女性、どこだ?」
「……あ、ああ、し、知らない。本当だ! 捕まえようとしたが、逃げ切られてしまったんだ!」
嘘ではないようだ。
とすれば、おそらく街の外にいるのか――何とか連絡をとる手段がないか、ラクティに聞いてみるか。
昼間は聞き流してしまったが、彼女は『近くにいるのは分かる』と言っていた。
あるいは、魔法的な手段があるのかもしれない。
「最後。首領とやら、どんな顔、してる?」
質問と同時に、コウは《
この能力、名の通り相手の意思をそのまま取得できる。
そのため、このような顔を思い浮かべる、といった場合、限りなく正確にそのイメージ自体を受け取れるのだ。
なのでコウは、男が話した特徴は、ほとんど聞いていなかった。
「そうか、ご苦労」
その日本語が、男が聞いた最期の言葉となった。
コウは
蘇生の可能性も考えて肉体を徹底的に破壊しようかと考えていたが、治癒の力を持つ者も死んだらしいので、そこまではしなくてもいいだろう。
『殺すべき相手に、躊躇う理由はない』
かつて、自分を保護した人々に言い放った言葉。
その後、いくつもの施設をたらい回しにされ、あるいはカウンセリングという名の矯正が続いたが――もう昔のことだ。
とはいえ――この惨状にはちょっと辟易した。
さすがにコレだけのことをしでかした、とばれたら、無視はされないだろう。
ただ、深夜の出来事であり、誰がやったかはわからないだろうから、ここは早く立ち去るに限る。
コウは、毛布を回収すると、人目を避けて宿に戻ったのだった。
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