第8話旅行初日は無事に幕を閉じる
「とにかくここに来たら大将おすすめのお酒とお刺し身を食べるのが良いよ」
鏡子は自分のことでもないのに自慢げな表情を浮かべていた。
店に到着すると鏡子は大将と女将さんと軽くやり取りをして注文をしているようだった。
「地元の空気は久しぶりだけど…やっぱり肌に合うなぁ〜」
呑気な言葉を口にした鏡子は席に座ると一つ伸びをする。
「貸し切りではないんだね」
不満を言うわけでもなく満席の店内を見渡した導の言葉に鏡子は申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「ごめん。数日前に連絡しておけば貸し切りに出来たんだけどね…」
「別に謝らなくて良いよ。賑やかなのも好きだから」
花音が導の代わりに口を開くと鏡子も頷いて応える。
「おまたせ。とりあえず一杯目ね」
女将さんがテーブルにおちょこを人数分置くと一升瓶の蓋を開ける。
そのまま溢れるほどお酒を注いでいくとお通しを置いていく。
「鏡子の友達?ゆっくりして行ってね」
女将さんはそのまま席を離れると仕事に戻っていく。
「優しそうな人だね」
見たままの感想を口にすると鏡子は身震いするような仕草を取る。
「厄介な酔っぱらいには怖いよ。高校まで柔道をやっていたみたいで…粗相をした客は店の外に良くぶん投げられてる…皆も悪い酔いしないようにね」
鏡子はこそこそと皆に耳打ちすると人差し指を一本口の前に立ててシーッと息を漏らした。
僕らはその言葉に従うように頷くと静かな夜を過ごすことになりそうだった。
しかしながら静かで雰囲気の良い夜と旅行という非日常で、お酒の酔いは普段よりも加速的に回る。
「そう言えば…何で皆は僕に好意を持ったの?それが謎で…」
思わず口が回り余計な言葉を言ってしまった自覚があった。
「私は特に匂いが好き」
目をトロンとさせた導は自らの性癖でも暴露するかのような言葉を口にする。
「ちょっと導…!まだ夜は深くないよ」
隣りに座っていた花音に注意を受けた導は半開きの目で他の女性陣を見渡した。
「瑠璃は面食いで彼方と彼方の元カノのネトスト紛いなことしてた」
「ちょっと!何勝手に言ってるの!」
急に暴露をされた瑠璃はその言葉を否定することもなく、ただ導にこれ以上余計なことを言わせないように努めていた。
「鏡子は筋肉フェチ。細いけどしっかりと筋肉がある彼方の身体を狙ってる」
「余計なこと言わない!」
鏡子も瑠璃同様に導を止めようと努めていた。
「花音は彼方の手の大きさを見て…」
「それ以上言ったら怒るからね?」
冷静に注意をする花音の怒りの雰囲気を感じ取った導は一度口を閉じた。
「とにかく。きっかけは別々だけど…そこから普段の彼方を知って皆それぞれ惹かれていった…最終的に彼方と元カノの間に起きたことをSNSで知って…私達は彼方には悪いけどチャンスだと思った。だから今は積極的にアタックしてる。それにSNSでやり取りをした結果…元カノさんに勝手なお願いをされた。それを素直に聞く気はないけど…これ以上彼方を傷つけたくない気持ちは一緒だし、私達が癒やしてあげたいと思っているのは本当だから…」
導は酔いに任せて全ての想いを暴露する。
しかしながら騒がしく導の勝手な行動を制御していた彼女らの身に、それは唐突に訪れる。
「鏡子」
その低く野太い声を耳にした鏡子は一気に背筋を正した。
「はい!もう静かにします!」
鏡子の後ろに立っていた女将さんの怒りの形相を目にすることもなく彼女は早速謝罪を口にする。
「いや、私も悪かったよ。飲みやすくて進んでしまうお酒を出しすぎた。鏡子が向こうの友達を連れてきてくれて私もつい嬉しくなってな…今日はもう限界だろ?好きな男の前で投げられたくなかったら大人しく帰りな」
「そうします!」
鏡子はそそくさと立ち上がると手早く会計を済ませて店の外に出た。
「いやぁ〜危なかった。警告を無視したら投げられてたかも」
戯けたような表情で冗談みたいな言葉を口にした鏡子に苦笑すると僕らはホテルまで戻っていく。
各々が部屋に戻ると旅行初日は静かに幕を閉じていくのであった。
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