第3話元カノからの勝手なお願い
一時の気の迷い、魔が差した。
というのが私の浮気の原因だろう。
きっと不安だったのだ。
あれだけ大事にされていて何に対して不安だったのか。
それは簡単に言えば二人の将来についてだ。
本当に今の相手が運命の人なのだろうかと夢見がちな不安に襲われていたのだ。
もっとふさわしい相手がいるかも知れない。
もっと私を愛してくれる人がいるかも知れない。
もっと相性の良い人がいるかも知れない。
そんなどうしようもない理由から私は彼方を裏切った。
でも結局そんな相手は居なくて、一夜の過ちと自分を納得させてあの日のことは彼方には黙っているつもりだった。
しかしながら不運にもその相手の子供を身ごもってしまう。
だけど中絶することは考えなかった。
それは既に母親としての意識が働いたためか、何故かその思考には陥らなかった。
当然のように相手は逃げて私には関わろうとしない。
それでも私は一人でお腹の子を産む決心をした。
これから先、彼方とはもう一緒に居られない。
あれだけ良くしてくれた彼方を信じきれずに裏切った私は、もう彼といる資格もないのだ。
なのでせめて勝手ながら彼方がこれ以上の不運に見舞われないように努めるのであった。
「旅行の支度は整ってる?必要な買い物は済んだ?」
仕事を終えた瑠璃が僕の下にやってきて世間話でもするように口を開く。
「一応必要なものはカバンに詰めたけど…」
スマホのメモアプリを開くとチェック済みの項目を確認して一つ頷く。
「じゃあ明日は朝九時に空港で待ち合わせね。遅刻しないでよ?」
それに頷くと明日からの休暇に備えて残業を済ませた。
瑠璃と会社を出ると駅までの暗い道のりを二人で歩く。
「彼方は本当に彼女を大事にしていたんだね」
唐突に話題を変更する瑠璃に首を傾げて応えると彼女はスマホの画面を僕に見せてくる。
画面には誰かのSNSが表示されている。
よく画面を覗くと見覚えのあるアイコンを発見して僕は息を呑む。
「元彼女さん。彼方のことべた褒めしているよ。何で裏切ってしまったのだろうって毎日後悔してる。元鞘に戻りたいって思わない?」
心配そうな表情で、それでも吉乃の気持ちを伝えなければならないと感じている瑠璃を見て僕は少しだけ考える。
吉乃と復縁して誰との子供かもわからない赤子を育てる。
そんな未来を想像して頭を振った。
「もう戻らないよ。吉乃のことは本当に好きだったけど…流石に裏切られて子供まで作ってしまった彼女と一緒に居たいとは思えない。もしも戻ったとして二人で子供を育てるのは楽しいと思う。でもふっと糸が切れそうになった時、僕はその子供を恨んでしまう気がするんだ。子供に罪はない。それを分かっていても、どうしようもない深い怒りが僕に芽生えてしまう気がする。たった一度の裏切りを許せない僕は惨めかもしれないけれど…許せないばかりにもしも吉乃や子供に当たってしまうと考えただけで…」
そこまで自分の本音を口にして僕は首を左右に振る。
瑠璃は僕の話を黙って聞いており再度スマホの画面に目を落とした。
「ここにも書いてあるよ。私の勝手で裏切ってしまった彼方には私以上に幸せになって欲しい。少しでもこれを見て彼方に好感を持った女性は必要以上にアタックして欲しい。きっと彼方は今、独りで苦しんでいるはずだから。私なんかには勿体ない田中彼方を幸せにしてください。元カノからの勝手なお願いです。だって。これを見たから後押しされるようにアタックするようになったんだけど…私達はそれ以前から好意を持っていたからね」
瑠璃は画面に表示されている文字を読んだ後に自分の思いを吐露する。
「ありがとう。おかげで孤独を感じずにいられているよ」
僕の言葉を耳にした瑠璃はそこで微笑むとちょうど駅に到着する。
「じゃあ明日から嫌なことは忘れて存分に旅行を楽しもうね」
「うん。じゃあまた明日」
そこで別々の電車に乗り込むとそれぞれの帰路に就くのであった。
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