〇〇〇=カサハラ: 臆病と英雄
遠くで瓦礫が崩れるのが見える。……ビルの中の何かを探している?やっぱり救助隊を襲ったヤツなのか?なら、やはり見つかったのはさっきで、けじめをつけるべきなのは俺であっている。
先ほどからそう言い聞かせているが、足も義手もとにかく重い。俺は、探索は行えど戦闘は行った事はない。ワイヤー切断用の義手が1番まともな武器だとして、それ以外……特に俺自身の戦いの心得とやらはからっきしだ。役に立てるかは、正直わからない。
「こんなに眩しかったっけな、太陽……」
常に隠れるように移動をしていたせいで、これだけ開けた視界だけでも久しぶりだった。風もなく近くで物音もしない中、ただただ太陽が輝いている。奥でビルが次々と潰れていく風景さえなければ、あまりにも穏やかな光景だった。
ここに来た目的を思い出す。状況から想像するに、アイツは発症しなかった人を許す事が出来ない。正気かどうかはさておき、人とみなされなくなった悲哀とそれがただの運によるものから来る怒りは本物だろう。殺しに来なければ戦いたくはないのだが、そうもいっていられない。
1本だけで体重の半分以上はある義手を、右肩や腰、太ももととにかく圧力を分散するようにベルトで固定する。
「……来たか?」
見ている方向の、最後のビルの倒壊が始まる。この後飛び込んでくるであろう相手に、左腕を合わせられれば御の字だ。右手を添えて左腕を構えているが、その右手が異常に震えて刃先が全く定まらない。怖い。怖くて堪らないが……何を、今更。
ビルが最後まで倒壊するのを見届けて、身をこわばらせる。こんな棒立ちの素人、相手にとっては格好のチャンスだろうが……数分待っても、それらしき影は一向に現れない。……予想が外れた?
(おかしい。……確かに向こうから何かがやってきているのに、一体いつ――)
――ボグッ
一瞬気を抜き、手を下ろしたその瞬間。鈍く砕ける音の前に見たのは、自分の右太腿から沸いて出る赤い波だった。その後ろに、爆ぜたような白い欠片が見え隠れする。――足を、肉と骨ごと削がれた。状況の理解と痛みの自覚は、ほぼ同時だった。
「――、あ、ああああああああああああ!!」
痛い。熱い。痛い。痛い。熱い。足からマグマが噴き出しているようだった。頭で考えているのか、うわごとを口で呟いているのか、もはやその境界がはっきりしない。抑える右手は役に立たず、どんどん血に濡れている。出血量がどれほどなのかを、確認する余裕はない。
平たい瓦礫の上で転がる俺の上に、一回り程度大きい影が覆いかぶさるのだけはかろうじて認識できた。肌の色は白く変色した、体のところどころに骨のような異物が埋まったソイツは左目が潰れている。腕のいい誰かが射貫いたのだろうが、そんなことを考える間もなく今度は左腕……義手を粉々に砕かれた。神経接続スイッチはもちろん切る暇がなく、渇いた肺から音が漏れ出て止まらない。移動手段を潰し、武器を潰し、殺す。片目野郎が振るうのは、あまりに明確な人間の殺意だった。
きっとこれから自分は死ぬのだと、その瞬間は怖いものなのだろうと先程までぼんやりとは思っていた。それすら甘い幻想で、死ぬ以前に痛みと熱でひたすら苦しんでいる。恐怖が入る隙間もなく、ひたすら苦痛に殴られ続けていた。
もがく体力すら失せてきて、俺の動きが鈍くなる。ゆらり、と片目野郎の右腕が体の中心を指したような気がして、俺は情けなくおびえて体を丸める。助けてとでも言ったのか、まだ痛いと喚いていたのか、その感覚すら失せていた。
――ズゥウン……
足は変わらず焼けるようだが、体にそれ以上痛みを感じることはなかった。まるめた体を解くと、急に後ろに引いた片目野郎の前に、分厚い焦茶色の手が
茶色の影は無言のまま、片目野郎の前に立ちはだかる。急な相手の入れ替わりに片目野郎がたじろぐが、そのまま刃が通るであろう柔らかな下半身に突進する。しかし一瞬の手刀で方向をかえられたと思えば、必要最低限の手の動きで茶色の影がトゲで器用に腕の関節を捻じ曲げていた。
自分からは動かず、向かって来れば的確にカウンターを入れる。その姿ははっきりわからなくても、茶色の影の方が圧倒的に戦い方が手慣れている。実際に対峙していると余計に強く感じるようで、片目野郎の攻撃がピタリと止む。本当に一切太刀打ちできなかったらしく、そこからの撤退は一瞬だった。茶色の影も、それを追おうとしない。
……倒れているだけで何をしたわけでもないが、助かったと考えていいらしい。少し起こしていた身体に力が入らなくなり、俺は仰向けで空を仰ぎ見る形になる。
左腕の痛みは落ち着いてきたが、足の出血は止まらず動けない。視界がぐらつき、既に意識も飛びかけている。不意に空が陰ったと思えば、自分の真上には2つの緑の光点があった。あの茶色の影が静かに側に来ていたようだ。
背を丸めても3mは下らない巨体は、皮膚が分厚く変質し、表面が少し金色がかった茶色の甲殻に覆われていた。トゲへと変わっている部分は金基調で、日の光の下でやけに反射する。薄い赤茶色の足はちゃんと2本あるようだが、2足歩行に向かないのか高さを合わせるためなのか、ずっと膝立ちのような体勢を取っていたのを知った。焦点があってようやく見えたが、指の一本に砂で汚れた腕章がはまっていた。
誰なのかはわかっている。だが、どうしてここに来たのかがわからなかった。
(助けなくていいと書いたと思うんだが……アンタはそれでも来るんだな)
茶色の影……基、ケリーは俺の足に気が付くや否や、すぐさま腰近くにあった箱をはじく。身体にあった救急セットからガーゼ、次いで布を足にかぶせられ、そのまま足を抑えられながら、両手で静かに持ち上げられた。背中を支える手は暖かく、力強い。絶望で曇った目しか知らないが、きっとこれが吹っ切れた本来の
周りの景色で、研究所に戻るのを察する。いなくなる事前提で動いたが、生き残ってもやりようは色々ある。俺の判断が問題ならば、もう1人にやって貰えば悲劇は少しくらい減るだろう。
……流石に、疲れた。自覚すると早いもので、スイッチが切れたかのように意識と視界が暗転した。
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