〇〇〇=カサハラ: 後悔と心願
逃げるように部屋を出て、荷物に足をぶつけて我に帰る。しまった、と扉まで戻るが、そこから足が動かなかった。
(……違う。逃げたかった訳じゃない。俺は、アンタに真っ先に言わなきゃならない事があったのに)
どれだけ言い聞かせても部屋に戻る決心がつかず、扉に頭を打ち付けて膝から崩れ落ちた。
既に呼吸は浅く、何度息を吐いても楽にならない。連鎖して、失った左腕がそこに無いのに延々と痛みを主張し続けている。
そうして動けなくなったまま、俺はこの数日間の己の愚かさを思い出していた。
……数日前。人助けの真似事をしていた時に、偶然学校跡に子供達が集まっていた。ウィルスに感染しても、発症するかは完全に個人差だ。そこにいた子供達は運良く抗体を得て、ウィルスを克服しているのを擦り傷の手当ての時にこっそり確認している。ウィルスを持ち出す心配がないなら、外に……安全な場所に、逃してやりたかった。そう思ってダメ元で打った信号は、奇跡的に閉鎖の向こう側に届いた。それにはしゃいで子供達だけを送り出した昨日の俺の首を、掘削用の腕で絞めたくてたまらない。
……その結果を、今見てきた。潰れた護送用トラックの荷台に、子供達全員分のひしゃげた頭蓋骨を見てしまった。防護服を着た外からの救世主達も同様だ。感染者……とりわけ、肉体に大きな変異が見られる者を外に出すまいと隔離区画が設けられたと聞いてるが、発症しても自我はあるから襲撃理由は逆恨みの類なのだろう。発症しなければ助かる。発症すれば駆逐対象。その理不尽への怒りの矛先はどこに向きやすいのか、俺は完全に忘れてしまっていた。
そして、偶然生き残った最後の1人はは重度の感染者となり、今まさに人の姿を失いつつある。ウィルスの生存戦略か、今は宿主の命を奪うタイプのウィルスは殆ど姿を消している。代わりに、最近の発症者は原型がわからないほど体の変化が激しい。発症者も人間であるのは確かなのだが、ほとんどの者に化け物扱いをされているのを、僅かな情報交換の際に知った。発語が物理的に出来ない者もいれば、みなされ続けて本当に化け物だと思い込んでしまい、そのままになる者が多い。彼女……ケリーはどうやら前者のようだ。
……全部、俺のせいだった。
俺が、
俺が、
俺が、
……全部、全部、全部裏目に出ている。俺がきっかけなのだから、許してくれとは思わない。こんなところで喚いていても、意味がないのも頭では理解している。ただ、この重荷をどこまで持っていけばいいのかわからなくなっているだけだった。
——……!、……、!!
扉の向こうで叫ぶ声が、段々と文字すら結ばなくなっている。発症しなかった側の俺に、その心が本当に無事なままなのかはわからない。朗々と語っておきながら、俺は目が緑色の
……何が専門家だ。わかっていれば不必要に恐れる理由がないなんて、よくぬけぬけと数日前言ったな。
長く息をつく俺の頭上で、アラートが鳴る。何者かが研究所近くをうろついているのをセンサーが感知したようだ。爆破テロのせいで大部分が廃墟だが、地下にはまだ無事な機器が多い。俺も含めて見つからない為、隠れる合図として鳴らしているものだった。
「……。これも、俺のせいか」
アラートに心当たりはあった。さっきまで護送トラック襲撃地まで赴き、2時間程度滞在していた。つけられたならその時だ。……きっと、また俺は余計な事をしたのだろう。ここまでくると、流石に我ながら呆れの方が強くなる。
呼吸を整え、もう一度扉を見る。心なしか、扉の向こうが静かだ。もう変化は落ち着いたのか……呼吸音すら失ったか。未だ扉を開ける勇気はないが、重い口は開くことができた。
「……聞こえてるんだろ」
目視で見た体の性質が間違っていなければ、声を含めた振動に敏感になってしまっている筈だ。多分、この声も届く。これだけは、どうか届いてくれ。
「……ウィルスでは狂わないと言ったが、自認には大きく左右される。自分で自分を化け物扱いするなら、どんなに今が正気でも意味がない」
あんな変貌を遂げていても、ケリーが冷静でいた理由に思い当たるものがあった。あれは心の底から、諦めている。苦しみもせず、怯えもせず、焦ることもなく、ただ自らの変貌を待っていた目に光はない。瓦礫の下で見た時から、ずっとそうだった。
俺とは違ってとにかく真面目なのだと思う。だからこそ、子供達と部下が殺されていく時に一人生き残る自分を責めて、その罰として化け物に堕ちると自分の中で道理を通してしまったのではないか。
……その道理だけは、通しちゃいけない。その先でやらなきゃならないのは、アンタが唯一心がボロボロになっても嫌がった無差別の殺人だ。自分は化け物扱いができても、自分以外にはアンタはそう思えないだろうから……それは、地獄と呼ぶ物だ。
「アンタはそういう者として、現状生きていくしかない。それしかないし俺はほとんど助けになれないが、現状は永遠ではないことは、強く言える。……付くのも苦手だから、嘘は言わない」
扉の方からは何も聞こえない。もしかしたら、もう何も届かないかもしれない。そうなら俺の振る舞いに大体の原因があるので、自業自得を受け入れるしかないのだろう。
速やかな退避を促すアラートが再度鳴り響く。あとはこの扉の前まで引きずってきた荷物が彼女の目に触れるまで、時間稼ぎをすれば謝罪も含めて役目は終わる。
俺は、入口に置いていた義手を手に、外に駆け出した。
生き残るなら、何かしら余計な事をしてことを悪化させる俺より、彼女の方が良い。それは、一貫して変わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます