第5話 飛べない鴉はあまのじゃくの夢をみる

私には好きな奴がいた。


幼馴染で学校も同じ。成績は良いけど、捻くれてて、超が付くほどあまのじゃくで、幼馴染の私にも敬語で喋るような変な奴。


そして何より賢い奴だった。


だから、私が二十数年かかってやっと気づけたことを、高校2年生という若さにして気づいてしまったのだろう。


『生』は辛いということに。


―――――――――――


「俺、死のうと思うんですよね。」


「は?」


突然の出来事だった。ちょうど放課後、学校の課題を手伝ってもらっていた時だった気がする。


「な、何言ってんの…死ぬとか、簡単に言わないでよ。」


仮にも幼馴染で、何より好きな相手が死のうとしてたら普通は止めるでしょ。私も例に漏れず彼を止めた。

何を言っても靡かない君に


「死なないで。空。」


と、教室で夕日に照らされた君を見つめ真剣に言ったこと。今でもしっかり覚えてる。




その翌日、彼は死んだ。



飛び降り自殺だった。




おかしいでしょ。確かに君はすぐに行動に移すタイプだったけど、そんなことってないよ。私の言葉は、思いは君にはどうでも良かったの?私の存在はそんなもんだったの?


一番近くにいた、私がもっと早くに気づけていたら。止められていれば。

そんな思いに駆られ苦しむ事、数週間


空が遺書を書き残していることを知った。

塞ぎ込み何も出来なくなっていた私は、それを知っていてもたってもいられなかった。

遺書を読めば、君が何を苦にして死に至ったのかわかるかもしれない。場合によっては、真実を知ることで、更に辛い思いをするかもしれないという恐怖もあった。


それでも、私は真実を知りたかった。

知ることで何かが変わるかもしれないと思った。


幼馴染で家族ぐるみの付き合いがあったため、空の母親に遺書を見せてもらえる様に頼むことは難しく無かった。


ただ、私に遺書を渡すときの空の母は、少し躊躇い渡していいのかと迷っているような様子であった。


その理由は、遺書を読む事ですぐに明らかとなる。


遺書の内容としては、まず両親への感謝が綴られていた。ここまでは普通だろう。

問題なのはその書き方だ。


『母さんの料理、実はあんまり美味しくなかったけど、まぁ、育ててくれてありがとう。』


『父さんに昔、めちゃくちゃ頼み込んだのに犬を飼うの許してくれなかったこと、まだ根に持ってるけど、育ててくれたことは感謝してます。』


何とも捻くれた感謝の仕方だった。一言多いというか。遺書でくらい素直に感謝しろよ、と強く思った。


また、友人のことについても触れていた。が、これもまぁ、普通ではなかった。


『高林、仲良くしてくれてありがとう。でも、3年前くらいに貸したゲームのカセット結局返さなかったな。お前にはがっかりです。』


など、意地でも余計な一言をつけてくる。


その他にも、近所のおばちゃんの話、路地裏の猫の話などわざわざ遺書に記す必要のない事柄ばかりが書き連ねられていた。

人の遺書にこんな事言うのは憚られるが、くだらない内容がほとんどであった。


そして、終いには

『俺が死んだ理由なんかは考えないでください。では、さようなら。』


と締めくくられていた。


君は最期まで、捻くれたあまのじゃくだったのだと思い知らされた。

そこで私は、ある事に気づく。


何度も何度も何度も、中身が空っぽの遺書を読み返す。


何故、何故、何故


何故、私の事について触れていない。

遺書に私のことについて触れた文言は一つも無かった。

物心ついた時から隣にいて。君が死ぬ前日まで、すぐ近くにいたじゃない。


私は、繰り返し繰り返し何十回と空っぽの遺書を読んだ。しかし、そんな事したところで何も変わらない。そんな当たり前の事に気づくのに大分時間を要した。


私は、心配そうな空の母親に見送られながら、帰路についた。涙すら出なかった。受け入れられなかった。


―――――――――――



悲しみ、憤り、虚無感。幾重にも重なった感情が長い時を経て胸を侵食し、やがて決して塞がらない穴を作った。


私は、ぽっかりと空いたその穴を埋めるため色々なことをした。

初めこそ幸せを求めたが、何をしても満たされず意味がないと早々に気がついた。


もう、全部どーでも良い。と危ないことも沢山した。自分の体を粗末に扱った。酒、煙草、薬あらゆるものに縋った。


そうして、やっと君と同じ事に気づいた。

『生』は苦しくて辛くてどうしようもない。



そうして、この屋上に来た、君が死んだこの場所に。


死ぬ時は、今まで出来なかったことをしようと思った。

最期は美しく飾ろう。

どうせ死ぬし、と金は惜しまず特注のドレスを頼んだ。黒い黒いまるで鴉みたいなドレスだった。


しかし、決行日にまさかの大切なドレスを忘れてしまったのだ。私は馬鹿だとは思っていたがこれほどまでとは。


また、死にたい理由が増えてしまった。


と苦笑しながら、最後の晩餐用に買っていた酒やつまみを広げた。夕暮れでもみながら一杯飲んでまた出直そう。そう思った。


夕日に照らされ、フェンスが規則的な影を落とす。その様を見ながら感傷に浸ってみた。


此処で、君は死んだんだね。

どんな気持ちだったのだろう。君は、夕焼けが好きだったからきっと、この時間を選んだんだろうね。


フェンスは大分錆びついているから、きっと登るたびギシギシ音がしたんだろうな。


もし、君が飛び降りる前に、今の私が行けるなら、どんな言葉をかけるだろう。


私は、ずっと後悔していることがある。君に


「死なないで。」


と言ったことだ。超が付くほどあまのじゃくで捻くれていた君には寧ろ「早く死ねば。」なんて言えば、反抗して死なないでいてくれたかもしれない。

なんて、もう叶わないことを何百回考えただろうか。

私は、ずっと彼を見ていた。彼が言いそうなことは大体わかる。もし今の私が、飛び降りる前の彼の前に現れて


「なになに〜死んじゃうわけ?」


なんて、茶化したら君はなんて言うだろう。


きっと―




「あの、なんでここにいるんですか?もしかして俺を止めに来たんですか?」




―――――――――


私は、自分の中に彼を作ってみた。

私の中にある彼の記憶を継ぎはぎに合わせて人形遊びをしたのだ。


馬鹿なことだとは分かっている。でも、酒や薬の影響か、はたまた私がついにおかしくなってしまったのか、次第に妄想はリアルに君を形作った。


まるで本当に君がそこにいるように、君の思考があるように。

私は、君とのあるはずのない日々に溺れた。


ただ、内心では分かっていた。こんなのは所詮1人遊び、唯の自慰行為。

だから当然歪みが生じる。


君は、私に可愛いなんて言わない。ドキドキなんてしない。そんな顔を、そんな行動を、しない。


次第に、思い知る、君は君じゃない。妄想で、幻覚で、君を作り出すなんて、君への冒涜だ。


何より、私の記憶だけで構成された歪な君といることで本当の君を見失いそうだった。

それだけは、嫌だった。


何とも長い回り道を経て、私は私の作り上げた歪な君に別れを告げた。精一杯の感謝と謝意を込めて。


そして今、本当の君に会いに行く。


夕暮れの空を見上げると、鴉が並び飛んでいた。


君は捻くれたあまのじゃくだったけれど、昔から変わらずに言い続けてたことが一つだけあったね。

生まれ変わるなら何になるかって話。


「ねぇ。昔、私が空に、生まれ変わるなら何になりたいか聞いたことあるよね。その時、空は鳥になりたいって言ったんだよ。」


「その時は、恥ずかしくて言えなかったんだけどね。私も同じでさ、生まれ変わったら鳥になりたいんだよね。」



願わくば、あの鴉のように。




「…今ならなれるかなぁ。」










赤い赤い夕日に照らされ、大きな鴉は静かに飛び立った。

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