第4話 黒き女は踊り消えゆく君をみる

その日以降も、俺は何故か屋上に向かった。

そして毎日女と会い、話をした。

他愛もない会話の繰り返し。

理由は分からない。いずれ、屋上に向かう本来の目的すらも分からなくなってしまった頃。




女は漆黒のドレスを着て現れた。




「それ…何でそんなの着てるんですか…?」


夕暮れの赤に、深い黒が鮮烈に映った。他の色は一切含まれない。含む余地を与えない。黒だけで構成されたドレスを身に纏った彼女が優しく笑った。


まるでその姿は―



「これ、綺麗でしょ?この日のために特注で作ったんだよ〜まじ高かったんだから〜」


女は的外れな返答をしながら、見せびらかすようにくるりと回ってみせた。


「いや、そういうことじゃなくて…。」


混乱している俺を物ともせず、女はいつの間にかすぐ側に来ていた。


「遅くなってごめんね。意気地なしだから中々勇気が出なかったんだ。」


女は、俺の手を取るとステップを踏み始めた。


「社交ダンスってこんななのかなぁ。私、学校とかでフォークダンスとかしかやった事なくて、今日のために動画見たりしたんだけどやっぱ難しいね。」


社交ダンスもどきを踊りながら、女はぺらぺらと話し始めた。

俺は置いてけぼりか。 


「ちょっと…どういうこと…。」


「社交ダンスって、種目が色々あるんだけど。これは、うーんゆったりな感じだし、ワルツなのかな」


「おい…」


「音楽がないからムード出にくいよね。なんか良い感じの音楽用意してくればよかったなぁ。」


「おい…!」


「そう言えば、話変わるんだけど。私黒のドレスってずっと憧れててね、ウエディングドレスも真っ黒が良いくらい。でも、ウエディングで黒はやっぱ良くないんだろうから残念だなって。って、相手がいないから考えても仕方ないかー」


「おい!!」


俺が叫ぶと、やっと彼女の足は止まった。


「さっきから何なんですか!訳がわからない…ずっとそうだ!何でそんなの着て…。あんたは一体何者なんですか!大体何でいつも此処にいるんだ!」


俺が、ずっと抱えていた疑問が一気に弾けた。

そうだ、ずっと、ずっとおかしいのだ。何もかも。

屋上はしばし沈黙に包まれる。

女は少し黙って、それから、ごめんね。と言った。


「さっきから…何に対して謝ってるのか、俺には分からない…!」




「全部教えてあげるよ。」




いつもの余裕気な笑顔はどこにも無く、女は諦めたように、ただただ悲しそうに笑った。


「思い出してみて、君はいつも何処からこの屋上に来て、そして何処に帰っているのか。」


そんなの、学校が終わって、屋上へ来て家に帰っているに決まっている。




それなのに、俺には屋上以外の記憶が無かった。



屋上、屋上、屋上。思い出せる光景はそれだけ。

屋上だけの世界。女と俺だけの世界。


俺は頭を抱えた。


「君は、本当は空じゃない。空であって欲しいと私が願ってしまった。」


何を言っているのだろうか。徐々に俺の輪郭が、形が、ぼやけるのを感じた。


「ごめんね。上手く作れなくて。ありがとう。こんな私に付き合ってくれて。」


彼女は、静かに涙を流した。夕日に照らされまるで血の涙のようだった。




意識が遠のく。




    

そうしては姿を消した。

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