第3話 悩める青年は憂う女の顔をみる

次の日。

何故か、俺の足はまた例の屋上に向かっていた。

もう、此処には来ないと言ったのに。


そして、当たり前のようにそこに佇む女と対峙した。


「あれ〜、何でいるの?もう来ないんじゃ?」


女が相変わらずのニタリとした笑顔で尋ねる。


「そっちこそ何でいるんですか。」


彼女の目的は、俺の死を見届けることでは無かったのか。そうであれば俺が、『もう来ない。』ことを確認した以上、此処にくる必要は無いはずだ。


「それが、わかんないんだよね〜。」


分からないはずがないだろう。と思ったが、今まさに俺も同じ状況であるからなんとも言えない。


「奇遇ですね。俺も、何で此処にいるのかわからないです。」


フェンスに寄りかかり、空を仰ぐと赤い空に鴉が並び飛んでいた。


「誤魔化さないで良いよ。お姉さんに会いたかったんでしょ?」


いつの間にか隣に擦り寄ってきていた女からは、すでに酒と煙草の匂いがした。


「それだけは違いますね。」


俺が一蹴すると、唇を尖らせ、拗ねたようにした後、缶チューハイをグイッと飲み干した。


「う"ぁーか、あーほ、まぬけぇ〜」


女は、大人とは思えない、暴言にもならない暴言を吐いたのち、乱暴に屋上床に座り込みあぐらをかいた。


「確かに君から見たらばばあかもだけどさぁ、ちょっとくらい照れてくれたって良いじゃんー」


駄々を捏ねる様にじたばたする女はまるで子供の様だった。


「…あんた、別に可愛いんだから。そんなことせずに、もっと自分を大切にしてたら良いんじゃないんですか。」


しまった。女を調子に乗らせる発言をしてしまったかもしれない。

しかし、これは本心だった。女は普通に可愛いと思うし、昨日のキスの件だってドキドキしなかったといったら嘘になる。


また、揶揄われるのだろうか。まぁ、この発言では仕方ないだろうと覚悟を決めた。

しかし、そんな予想は裏切られる。



俺がみた女の顔は、とても、悲しげだった。



驚いた俺の顔を見て、女はそれを隠す様におもむろに煙草を取り出すと火をつけた。


「ねぇ、生まれ変わるなら何になりたい?」


女は誤魔化す様に強引に話題を変えた。


「なんですか…急に」


「いや、君死ぬんでしょ?生まれ変わりとか考えるのかなって」


人間は、死が恐ろしいと感じる者が殆どだ。だから、その先に希望を求める。

天国やら、生まれ変わりやら。俺にとっては『生』が続く方がよほど恐ろしいけれど。


「生まれ変わりとかは、信じてないけど、もしなるなら鳥ですかね」


今もなお、赤い空を悠々と飛ぶあの鴉のように。なれたらなんて。もしもの話をするときくらい夢見ても良いだろう。


「やっぱり、そうなんだ。」


女が静かに笑う。やっぱり、とはどういう事なんだろうか。


「あんた、なんか昨日からおかしい事言って…」


俺の言葉は、女の人差し指に封じられた。俺を見つめる双眸からは静かな圧を感じる。


「私が生まれ変わるなら何かなぁ〜橋本○奈とかかな〜」


まぁ、もう十分可愛いかぁ〜。

と続けるその顔からはいつの間にか先程の圧はすっかりと消えていた。


その後、俺たちはしばらく他愛のない話を続けた。

気づくと夕日が殆ど沈みかけていた。


「そろそろ、帰ります」


今日も結局目的は果たせず。女の謎は深まるばかりで何も進展のない1日だった。


女と俺は、暗くなり見えにくくなったお互いの顔を見合わせた。


「ねぇ空、あれ、言わなくていいの?」


きっと言っても意味はないんだろうが、お望み通りにする事にした。


「もう、ここには来ないでくださいね。」


そのまま、俺は振り返る事なく帰路についた。

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