【完結】漆黒の聖女、銀の光を放つ
月波結
第1話 漆黒の乙女
――誰かのためになれるかなぁ?
そんなことはやってみなきゃわからないんだけど。
ごとごと揺れる馬車の中で、そんなことを考えてた。
窓の外は5月の青い空。
青く、青く、抜けるような晴天。
その青は少し、寂しげに見えた。
◇
もうすぐ着くと言われて、わたしはフードを一段と深くかぶった。わたしを見た人を不快にさせたくない、そう思って。
今までは田舎暮しで、教会のシスターたちにやさしく育てられ、コンプレックスを深く感じることはなかったんだけど、やっぱり、都会は怖い。
知ってる人はひとりもいないんだ。
「――聖女シャルロッテ、入りなさい」
ここは首都にある大聖堂。白くて大きな建物がそびえるように建っている。
うちの、木の板で作られた簡素な教会と違い、建物自体に威厳がある。
これが都会ってやつかぁ。
わたしは部屋に入る前に、失礼にならないようローブを脱いで腕にかけ、修道服姿でその部屋に入った。
想像より、大きな部屋だった。
部屋には厳粛な空気が漂い、初めて謁見した教皇様を始め、怖い顔をした男性が数人、テーブルを囲んで座っていた。
じっと、わたしに視線が集まる。それは慣れているはずなんだけど⋯⋯。
「シャルロッテです。教皇様にお会いすることができて大変光栄です」
教会で何度も練習した通り、どうにか噛まずに挨拶して、あまり裾の広がらないスカートの裾をつまみ、お辞儀をする。
じっと見られているのを感じる。
「遠いところからわざわざよく来てくれたね」
「教皇様のお召しとあれば」
「······実に不思議だ。君の髪は聞いていた通り、本当に夜の闇のように黒い。まさか、黒髪の聖女が実在するなんて、会うまで信じられなかった。失礼なことを言って済まない」
「いいえ、本当のことですから」
言って、微笑む。
微笑みを絶やさないこと、これが大切。
相手に敵意がなく従順であることを示さなければ、いつ、背を向けられるかわからないから。
*
聖女の額にはグリザという赤い花の紋様が、必ず生まれた時からついている。
もちろん、洗っても落ちない。
聖女には個人差があれど、聖力が備わっていて、神の奇跡を起こすことができる。
一方、黒は死の象徴だ。
この国、グリザルド神聖国に黒髪、黒い瞳の者はとても少ない。
グリザルドの信仰では、聖女フランティアが聖なる力で邪悪なる黒い魔王を打ち倒し、最初の聖王と結婚したとある。
黒は邪悪な色だ。
普通、黒髪の人間は表舞台に出ることはない。この国では少なくとも世界の隅にいることしかできない。
*
そしてわたしはこの黒髪のせいか、聖女と言っても、ほんの少しの聖力しかない。
撫でれば指先の切り傷が消えるくらい。それくらい、ほんのりしたもの。
だから、末席の聖女として、田舎の、ごくのどかな村の教会で育てられたんだけど――。
◇
「シャルロッテ、実は君に話があるんだ。西の辺境に、ヴィルヘルム伯爵領があるのは知ってるかい?」
すっかり贅肉の落ちた、細い顔の、眼光鋭い老人はそう言った。
「はい、存じております。先々代のヴィルヘルム男爵が辺境での戦いにおいて武功を立てられ、西の護りを固めるため、爵位を伯爵とし、戦いの地となった辺境領をいただいたと伺っております」
ふむ、と老人は満足そうにうなずいた。
はぁ、答えられてよかった。
田舎町から出られなかったからこそ、他の土地に興味が強くあって、いろんな本や新聞を読んだり、旅人の話を聞いてきたことが役に立った。
「若いのに、感心だな。確か、今年で18だと聞いたが」
「はい。冬に18になりました」
「では、もう成人だな。······端的に言うと、ヴィルヘルム領で『黒化』が見られたようなんだ。そしてヴィルヘルム伯が教会に聖女を求めている」
「司祭様ではなく?」
『黒化』を浄化するのは一筋縄でできることではない。ヴィルヘルム領は山岳地帯と聞いている。
足場の悪い中の浄化には時間がかかるだろうし、力の強い方たちがぱーっとやってしまった方が早くないのかな?
「聖女フランティア信仰が強い土地柄なのか、聖女をお望みだ、そして――」
◇
ドアを閉める音を背中に聞いた。
予想外の話によろけそうになって、騎士のひとりがわたしの腕を掴んで支えてくれる。
「大丈夫ですか?」と親切に聞いてくれたその人は、わたしの容貌を見て、やはり複雑な顔をしていた。
そう、わたしの外見は異端なのよ!
しかも神力なんて、爪の先程しかない!
そんな小娘に、魔獣の
わたしの脱いだローブを抱えた赤毛のかわいい女の子が目に入る。そばかすがささやかに散らばった頬は少し日焼けして、健康的に見えた。
同い年くらいかもしれない。
「聖女様、今日から侍女としてお仕えさせていただきます、シイナと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
見た目通り、少し大きすぎるくらいの元気な声でシイナは大きくわたしにお辞儀した。
たじろぐ。
わたしなんかに侍女なんて。
「伯爵領までは長い道のりになると思います。その間、お世話させていただきます! 何でもお申し付けください」
「あの、侍女なんて大層なもの、わたしには勿体ないです。ちゃんと、辺境までひとりで行けますから」
「いけません!! 女ひとりの旅がどんなに危ないか、聖女様は失礼ながらお育ちになった教会からお出になったことがないので、想像できないのだと思います!! 教皇様のご指示がなくても、こんな世情に疎い方をひとりにすることはできません!!」
お、おお。熱い······。
彼女だってシスターのひとりだろうに、神力とはまた違う、なにかのエネルギーが見て取れるんだけども。
「あの、でも⋯⋯わたしから黒化の穢れがうつるかもしれませんよ?」
シイナはきょとんとした。
わたしをじっと見て、動かなくなった。
「聖女様、失礼ながら申し上げますと、お額にグリザの印がくっきり、刻まれておりますよ。
もし、御髪のことを仰っているなら何も問題ありません。わたしの叔父が黒髪でした。残念ながら亡くなりましたが。
なので、黒髪に驚くことはありません。むしろわたしに優しかった叔父のことを思うと、親近感さえ湧きます」
えー、そうなんだぁ、と、そこまで堂々と言われてしまうと一歩、こちらが引いてしまう。
距離を置かれることに慣れすぎてるから。
「ですからわたしがシャルロッテ様の侍女に最適だと選ばれたのだと思います」
シイナは文句の付けようのない笑顔を見せた。
二重丸の笑顔だった。
◇
なんだかんだでわたしの反論の余地はもちろん与えられず、ヴィルヘルム領まで旅をすることに決まってしまった。
その前に、今まで育った教会に一度戻り、お世話になった人たちに挨拶を告げることを許可された。
⋯⋯これからは多分、許可なしではなにもできない。それこそが聖女というものなんだろう。
ひとのために生きて、なんぼ。
育ててくれた人たちへのご恩返しとしても、きちんと仕事をこなしてこないといけない。
首都で一泊して丸一日馬車に乗り、懐かしい教会にたどり着く。心にあった重いものがどっと降りた気がして、安堵する。
フードの内からそっと、馭者にお礼を言って、いくばくかのコインを渡した。
どんな顔をしてみんなにお別れを告げていいのかわからない。わたしは困惑から一歩、立ち止まってしまった。
ドアは目前。
暖かい灯火が目に映る。
シイナがそっと心配そうに、背中を押してくれる。
「ロッテ! 無事なの!?」
ドアを開けると、シスターのエレナが走ってきてわたしを抱きしめた。後ろに倒れそうな勢い。
「ロッテ! 頭の固い爺ぃたちに嫌なこと言われなかった?」
アンナがスープを配りながら言った。
「うん、怖いことはなかったんだけど⋯⋯」
わたしは自分の身の上にこれから降りかかるかもしれない『もしかしたら』の話をした。
なぜか不思議なことに、意図しない涙がツーっと、頬を滑った。
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