第8話 イエスキリストによる救いを思い出した
しかしこの頃は、女性ばかりではなくて、男性も騙されてゲイビデオ出演が増加する一方だという。
ガードマンの妹杏奈は、痴漢物のアダルトビデオに強制出演させられて以来、酒浸りになった。
酒で自分の心をごまかすしかほかになかった。
半年後、自殺未遂を図ったというが、その前に女性弁護士に訴えたことで、アダルトビデオ強制出演の真実が世に出たという。
杏奈が世の中の闇を暴き、女性弁護士が正したようなものである。
僕はため息をつきながら、ガードマンの著書「私はイエスによってチャンス チャレンジ チャレンジャー」を読み進めることにした。
世の中を裏を垣間見たような気分だった。
しかし、次の文章が目にとまった
「すべてのことはイエスキリストに働いて益となる」(聖書)
災い転じて福となるという意味だろうか?
ガードマンは、小学校五年の頃、クラスメートに誘われて行った教会を思い出した。そのクラスメートもクリスチャンではなかった。
中学一年の途中まで通っていたが、いつしか足が遠のいてしまった。
しかし、なぜか神の存在だけは忘れることがなく、聖書とこどもさんびかだけは、まるでお守りのように大切に保管していた。
救いを求めてその教会に、再び通い始めようとした。
当時は、宗教ブームで宗教というと怪しいものという偏見がはびこっていた時代である。
しかし、教会の屋根の上の十字架と同じペンダントをしている自分に共通点を感じて、クラスメートの誘われるままに通うことにした。
そういえば、ガードマンは今まで電車の中で、その教会の屋根の上の白い十字架を見ることがたびたびあった。
朝にみる十字架は朝日に輝いてうっすらと光を帯び、昼になると陽の光を浴びてさんぜんと輝き、夕方になると夕日と共に紅く染まりつつある。
なんとなく神秘的なものを感じたという。
その教会はなんと築百三十年であり、重要文化財にもなっているという。
決して近代的なスタイリッシュな建物ではないが、古びたなかにむしろ神の威厳が漂っていて、簡素な美しささえ感じられた。
ネオンサインのようなそのときだけの刺激、チャラいといったムードはみじんも感じられなかった。
ガードマンは、最初は金銭目的ではないかと警戒していた。
しかしその教会は、職業も年収も聞かれることはなかった。
牧師はいわゆるエリートといった感じの人ではなく、朴訥ささえ感じられた。
この人になら、今まで誰にも語らなかった杏奈の話を話すことができるかもしれない。
いや、いつか語るときができるかもしれないという安心感から、教会に通うことを決心したという。
小学校五年のとき、牧師の導きで初めてお祈りをしたときは、暗闇のなかから細い糸のような一筋の光が見えた。
僕はその光に従っていこうと思ったが、それと全く同じ心境になったことは、今もって不思議としか言いようがない。
まさにこれこそが、神の御導きではないだろうかという確信に満ちていたという。
ガードマンは、この神こそアダルトビデオ強制出演のあげく、痴漢の被害妄想癖のある妹と救うことができるのではないかと、希望をもった。
ガードマンは、妹をキリスト教会に誘ってはみたが、引きこもり寸前になっている妹は外出しようとはしなかった。
しかし、妹は顔がささないようにサングラスにマスク姿で、礼拝に出席することにした。
ただし、牧師をはじめとする教会員には、妹の過去のことを話すまいと決めていた。
もしかして知られてしまうかもしれない。でも神様は守ってくれるだろうという救いの道のようなものがあった。
ガードマンは妹のためにとりなしの祈りをした。
「神様、どうか妹が過去から解放され、神様と共にこれからの人生を歩むことができるようにお導き下さい。
イエスキリストの名において祈ります。アーメン」
明日は礼拝の日だ。ぜひ妹を連れて行こうと確信した。
イエスキリストは十字架に架けられ、三日目に蘇り天へと帰っていったのであるが、それを始めに伝道したのが、マグダラのマリアという売春婦だったという。
この当時は女性の地位は極めて低く、ましてや売春婦など最も低い職業の女性が、三日目に蘇り、天へと帰っていったなどという荒唐無稽、前代未聞の話など誰が信じるだろう。
しかし、現実にはマグダラのマリアによって広まっていったのだった。
もしかして、イエス様は売春婦も他の人と同じように分け隔てなく、受け入れて下さるのではなかろうか。
ガードマンは、礼拝の前日に妹と連れて、牧師に挨拶にいった。
すると若い女性が、出迎えたが、妹はその女性を見てあっと驚きの声をあげた。
あとから聞いた話だが、その女性ー君子は、妹と同じアダルトビデオに強制出演させられたいわば同類だったのだ。
風の噂では、君子はたちの悪いヒモがつき、風俗の世界に入ったという。
そういえば、ガードマンの妹(あえて名前は伏すことにする)は、君子とアダルトビデオで共演したことが何度かあった。
君子は、当時大学生であり、演劇部に入部していたが、大手プロダクションの傘下と名乗るプロダクションから「あなたは演技派女優になれる。私はあなたの素晴らしいプロはだしの演技をみて、感動しました。プロダクションは全力で、あなたをテレビ出演させてみせます」などという大嘘にまんまとひっかかってしまい、契約書にサインしたのだという。
それからは、お定まりのケースー「サインしたじゃあないか」とスタッフや男優に取り囲まれ、泣く泣くレイプシーンに挑んだという。
円形脱毛症になり、カンジタという性病になってしまった。
「頑張って、撮影を終わらせて帰ろうね」と涙ながらに手を取り合ったという。
「撮影を辞めて下さい、カメラを止めて下さい」と懇願したが、その願いは聞かれず、素っ裸のままに撮影現場を飛び出したというが、すぐに連れ戻されたという。
のちに君子には、彼氏ができたというが、いわゆる風俗のスカウトマンでしかなく、風俗嬢の給料の二割がスカウトマンの収入になるのだった。
君子は、スカウトマンの紹介でお定まりのパターン風俗で働くことになってしまった。
しかし、君子は持ち前の人柄の良さとサービス精神で、風俗の世界では人気ナンバー1で、風俗雑誌にも掲載されたほどだったという。
「君子、元気そうじゃない」
ガードマンの妹は思わず声をかけた。
「私、イエスキリストを信じてから、変わったの。私はもう一人ではない。イエスキリストが常についてて下さるの。だから、イエスキリストにすがって生きていけば怖いものなしよ」
そういえば、君子は平気で顔出しをしている。
サングラスもマスクもしていない。薄化粧は一般女性が変わりがない。
君子はいきなり一枚の写真を差し出した。
見るとベッドの上に厚化粧の君子が、青のキャミソールを着て写っている写真である。君子は笑いを浮かべながら言った。
「この頃の私って、きつい表情してたでしょう。まあ無理もないか。
風俗って苦しい仕事ですよ」
スポーツ新聞の風俗広告記事では「汁婆」(シルバー)とか「家事代行エプロンママ」だとか、エッチを匂わせる記事が満載されている。
やはり性の世界においては、男性上位でしかない。
この頃は、ホスト狂といって、売掛金(ツケ)をつくり支払うためには公園に行くといいと担当ホストに促され、いわゆる立ちんぼ(路上売春)が横行しているという。七割の女性が地方出身者であるが、なぜホストにはまるのだろうか?
やはり不倫男性と同じ、単に口が上手く甘言で女性の心をモノにするのに慣れているだけに過ぎない。
しかし、最初に蛇に「この禁断の実を食べると、目が開け賢くなる」という誘惑に乗ったのはイブだったように、女性はやはり囁きに弱いのだろうか?
溺れるものはワラをも掴むというが、女性はワラだとわかっていても、何かにすがりたいのだろうか。
バカでは女稼業はつとまらぬとは、作家田辺聖子氏の言葉であるが、女性はすぐ性の奴隷にされてしまう。
ちなみにイエスキリストは、相手が売春婦であろうと欲情を持って接することはなかったという。
僕もイエスキリストを信じたら、イエスキリストに似た人物になれるかな?
君子のように「イエスキリストがついてるから大丈夫」状態になれば、いいのにと思った瞬間、子供の頃行った教会の女性の証しを思い出した。
その女性は二十歳くらいの神学生であった。
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