第4話 我が子を失った節奈ママの旅立ち

 やっぱり罰が当たったのか。

 しかし、龍太がもし少年院から出所したとしても、行き場はあっただろうか。

 十九歳という未成年にも関わらず、マスメディアは一斉に龍太の中学のときの卒業アルバムまで掲載した。

 もちろん龍太を庇う人などいようはずもない。

 小学校のときからおとなしいいじめられっ子であり、定時制高校は中退、暴力事件を犯して施設に入れられたことがあるなどと、芳しくないものばかりであった。


 節奈ママは、涙ながらに続けた。

「節雄は今、天国にいるわ。私のなかで節雄は死んで灰になったのではない。

 私の身体の半分の血は、節雄の血であり、節雄は今でも、私の体内で生き続けているの」

 そうだな。人は死んで無になるわけではない。

 肉体は死んで土に埋められても、魂は生き続けるという。

「ちりから生まれた人間は、ちりへと帰る」(聖書)

 天国へいくか、地獄へいくか、はたまたその中間地点である待合場所のような黄泉(よみ)にいくか、それは神のみが決めることである。

 僕は思わず節奈ママに言った。

「今、こうやっている間でも、節雄君が天国から見守って下さるに違いない。

 だからお互い、節雄君に恥ずかしくないように生きていくべきですよ。

 節雄君がこの世を去ったのは、この世でするべきことをなし終え、いわばこの世を卒業したんですよ。子供の頃に死んだ人は、みな天国に行くという。

 この世で苦悩して、身も心も汚れ、ますますこの世で苦しむよりも、天国に旅立つのがいちばん幸せかもしれませんね」

 節奈ママは、その途端に満面の笑顔を浮かべた。

 それは僕が今まで見たことのないような、安らぎに満ちた笑顔だった。

 やはり聖書の話をしてよかった。

 僕はキリスト教の伝道師の資格はもっていないが、これもひとつの伝道にちがいないと確信した。


 節奈ママは、僕にしみじみと語った。

「私は、節雄の死に顔を見ても殺された、いや死んだという事実が信じられなかった。

 今にも「お母さん、お腹が空いたよ」と言って起き上がってくるような気がしてならなかった。節雄の身体には四十箇所のナイフの切り傷が刻まれていた。

 節雄がなにをしたというの?

 節雄は、島では大人たちからもとても大切にされ、運動クラブのリーダーだった」

 僕は返す言葉もなく、沈黙するしかなかった。

 もう戻ってこない我が息子、でもひとつだけ確信できることは、この世の汚れに染まる前に天国へと旅立っていったことだった。

 節奈ママは、淡々とした口調で

「私は犯人の龍太に復讐を考えた。龍太と同じ苦しみと痛みと恐怖感を与えてやりたいと決心し、その方法を考えていた。

 龍太が一年後、少年院を出所したらナイフで一突きすることを想像していた。

 しかし、私の想像通り、龍太は外国人の麻薬中毒の不法労働者からナイフで一突きされて、大量の血が吹き出し即死したというわ」

 僕は思わず節奈ママの目を見つめて言った。

「聖書の御言葉に「復讐はあなた(人間)のすることではなく、私(神)のすることである。あなたは自らの手を汚してはならない」とありますが、復讐したら、結局自分が苦しむことになりますよ。

 自分をキライになると、周りもキライになり、親を怨むようになり、周りの人やもの全部を傷つけ、社会からは抹殺されてしまうといいます。

 天罰という通り、やはり神様はこの世を見てらっしゃるんですよ」

 節奈ママが頷いたので、僕は話を続けた。

「戦争も含め、この世の不幸は人間が引き起こしたものでしかないが、それも神が人間に自由を求めた結果である。しかし、やはり神の御心に逆らったことをすると、神は人間に罰を与えるんですよ。

 ただ神は勧善懲悪ではなく、ときには善人が苦しみに遭うこともありますよ。

 でもこれも神様の試練ですよ。苦しみに遭うことにより、今までより一層、破天荒なほどに成長するんですよ。」

 節奈ママは

「そういえばそうね。有名人はスキャンダルに見舞われ、金持ちは強盗に襲われる」

 僕は続けた。

「健康であればあるほど、人に暴力を振るい、人を自分の意のままに操ろうとする。健康であることを悪用している、呪われた健康でしかない。

 そんな健康なら、いっそ身障者の方がいいかもしれないと言った人もいるくらいですよ」

 節奈ママはそれに応答するように

「麻薬中毒もそうかもしれないわね」

 僕は、麻薬の恐ろしさを知っていた。だから、思わず敏感に反応した。

「この頃、若者の間で麻薬が流行っているという。

 今の日本は表面的には平和であるが、心の中では戦争の時代と似ている。

 このままでは、本当に戦争に突入するかもしれないですね」

 節奈ママは、ふと宙を見るような目をして言った。

「私は節雄が殺されたというのを聞いたとき、一瞬ショックと悲しみと犯人龍太に対する憎しみのあまり、麻薬中毒になればいいのにと思ったことがあったわ。

 麻薬を吸えば、嫌なことは忘れられ、度胸がつくというものね。

 麻薬にラリッた勢いで、龍太を一刺ししたいと思ったこともあったわ」

 僕は思わず口をついて出てしまった。

「これじゃあ、まるでアウトローと同じじゃないか!」

「そうね。心はアウトローだったわ。

 でもね、私、そのときキリスト教会であった神学生の集いに参加したの。

 そこで、神学生からすごい証を聞いたわ」

 えっ、神学生の証なんて、極めて平々凡々としたエンタメ性のみじんも感じられない面白くもおかしくもないものだろうと思っていたが、節奈ママの話は意外だった。

「あるアイドル系のおとなしめの二十歳の女性の証だったけどね、彼女はなんと麻薬から立ち直ったというの」

 そういえば、今の非行少女というのは、昔のレディース暴走族のように元気のいいうるさい、生意気のとは違って、やたらおとなしい子が多いという。

 人間というよりも、ガラスケースからでてきた人形のようにやたら大人しく、口数も少ないという以上に、人との接し方や話し方もわからないという子が多い。

 そういった人に声をかけるのは、今も昔もやさしい大人の皮を被った悪党が多い。少女を麻薬漬けにさせ、売春させるー今も昔もよくあるパターンである。

 僕は興味津々状態で、節奈ママの話に身を乗り出しながら聞くことにした。


「その女性は、山陰地方出身で生まれたときに、両親がすぐ離婚したの。

 小学校のとき転校先でいじめにあい、中学校は不登校状態だった。

 街をぶらぶらしているとき、いわゆる暴力団に出会い、覚醒剤を覚えるようになったの。

 しかし母親がキリスト教会に通うようになってから、彼女は変わっていった」

 よく聞く話である。またキリスト教会によっては、非行からの脱出を目的とした青少年運動に取り組んでいる教会もある。

 しかし、覚醒剤というのは、いくら周りが尽力を尽くしてもそう簡単に辞められるものではない。

 周りの人が、根負けするというか、自分の尽力に限界を感じ、絶望状態になることさえもある。

「彼女は、医療少年院に入院することになった。彼女曰く、入院が決まったときはほっとしたというわ。 

 これで覚醒剤からも暴力団からも逃れられると」

 そういえば、昔報道番組で見たが、女子少年院に入院している少女は、少年院の塀のなかで、世間のあくどさから守られているという。

 女囚は全員が男がらみ、半数は既婚者だというが、女子少年院も例外ではない。

 女子少年院生の九割は、十二歳までに性体験のある少女だという。


 少年院のなかで、元暴走族出身の牧師からキリスト教の話を聞いた時、彼女は少年院をでてからどう過ごそうかと迷っていたが、私には、このキリストの道しかないと思ったという。

 少年院を出てからは、その牧師が通っていた全寮制の神学校に通うことにした。

 フラッシュバックに悩まされたり、紆余曲折はあったが、無事に神学校を卒業し、神学校で知り合った青年と結婚し、子供もいるという。


 ふと僕はそのとき、記憶の糸を辿っていた。

 今から二年ほど前、僕は誘われていった教会で同じような話を、若い女性から聞いたことがある。

 おとなしそうな人形のような彼女は、自分の証としてさっきの節奈ママと同じ内容の証をしていた。

 もしかして彼女が張本人。とすればなんという偶然なのだろうか。

 

 

 

 


 


 

 

 


 

 

 

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