第3話 この世には悩みがある。しかしイエスはこの世に勝っている
節奈ママは亡くなった一人息子節雄の話をするとき、目を細め優しい表情をしていた。
「へえ、島では人気者だったんですね。いわばリーダー的存在だったんですね。
自慢の息子だったんだ」
その途端、節奈ママの顔はほころんだ。
僕は、母親からどう映っているだろう。
自慢の息子ではないことは事実であるが、可もなく不可もない平凡な息子だっただろう。
母親は、僕の将来を心配していることだけは確かである。
突然、節奈ママは涙を浮かべた。
「私がいけなかったんです。水商売で知り合った男性と同棲するようになり、節雄のことをほったらかしにするようになってしまった」
まあ、世の中にはよくあるパターンである。
しかし節奈ママも、その男性がいい人だったら、息子の父親になってほしいという期待があったのかもしれない。
「中一の一学期までは、節雄はバスケットボール部に入り、放課後も活躍してたの。しかし、夏休みに私が同棲するようになってからは、節雄は居場所がなくなったと感じたのだろうか。近所の公園で一人、バスケットボールの練習をするようになったのよ。だいたいその公園は、いろんな子が集まるけど、夜十時になると解散するというパターンだったの」
なるほど、東京のトー横、大阪のグリ下と似ている。いやその走りなのか。
急に節奈ママは、形相が変わり目を吊り上げた。まるでホラー映画を見ているようだった。
「そんなとき、節雄はあいつに出会ったの。あの元いじめられっ子野郎の龍太に」
最初は龍太は節雄にやさしかったというわ。牛丼を奢ったりして、気の合う友達のようだった。
ところが、龍太は節雄に万引きを命じたところ、節雄は断ったの。
そしたら、節雄の右目をげんこつで殴りつけ、あざができるほどの大けがを負わせたの」
節奈ママは、一枚の写真をテーブルの上に置いた。
それは確かに、僕と顔立ちの似た少年の右目の周りに、1cmほどの黒いアザができ
ている悲惨な写真だった。
よほど強く殴ったのだろう。
しかし、こんなあどけない顔の少年になぜこんな酷いことをするんだろう。
この龍太という野郎は、よほどのいじめられっ子だったのだろうか。
それとも家庭で虐待を受けていたのだろうか。
「私が節雄に、目のあざのことを問い正しても、節雄は転んだだけだとごまかし、陽気にふるまい、妹の面倒をみていたわ。
そのうち、節雄は学校に行かないと言い出したの」
不登校の走りか。自分はいわゆる学校のクラスメートとは合わなくなってしまったという孤独感が生じたのだろう。
しかし、こういう場合、児童相談所とか少年サポートセンターなど、それを解決してくれるツールはいくつかある筈である。
悪党の被害を被った生徒が、不登校になりかけるのはわかるが、そんなときこそ、他に頼ってみるのも一案である。
ちなみに、僕の知っている限りでは、元暴走族が牧師を務める教会は、やはり不登校など問題をかかえる青年が多いという。
その牧師ー野沢牧師は、自らも元暴走族で刃物で相手を傷つけ「ナイフ使いの名人」とか「一刺し野沢」と言われ、暴走族の間では有名人だったという。
もし、野沢牧師に相談すれば、何らかの解決策が与えられるのではなかろうか。
まあ、僕の持論であるが、不登校になろうがなるまいが、勉強だけはしてほしい。
教科書丸暗記すれば、なんとかなる筈である。
実際、僕の体験だが、バイト先でも極端に覚えが悪かったり、礼儀知らずで態度が悪かったりするのは、あまり学校生活をおくっていなかった人である。
節奈ママは話を続けた。
「節雄が龍太と知り合ってからというもの、ときどき顔に傷をつけて夜中に帰ってくるようになりました。
私と同棲相手の彼は、節雄に傷のこと問いただしたけど、節雄は転んでしまったとしか言いませんでした。それが一か月続いた頃、節雄は学校に行かないと言い出したんです。問いただしても、何も答えませんでした。
ただ、挨拶はすること、毎日の食事は家族全員でとることを、約束しました。
節雄は、島ではいつもクラス委員でムードメーカーでした。大人たちにもとても大切にされ、剣道とバスケットで入賞したこともありました」
自慢の息子だったんだな。
「当時、私は昼は病院の介護ヘルパー、夜はスナックで働きづめの生活でした。
でも、節雄がいるから頑張ってこれたのです」
節奈ママは目を細めたかと思うと、急に青い顔になった。
「節雄が学校に行かなくなって一か月たった頃でした。
私が深夜にスナックから帰宅すると、節雄がトーストに私の好きなマーマレードをつけて食べていました。
「半分食べる?」と節雄が私に勧めてきた途端、スマホに連絡がありました。
節雄は、私が止めるのも振り切って、行先も告げずにでかけていきました。
これが節雄と過ごした最後の日とは、夢にも思いませんでした。
あのとき、力づくでも節雄を止めていたら、節雄は殺されることはなかったかもしれません。
節雄が帰宅してこない。
いつもならどんなに夜中になっても帰ってくる節雄が、今日に限って帰宅してこない。
警察から川にあがった死体が、節雄だったというのを聞いたとき、驚きというよりも、信じられない、信じたくない思いで一杯でした。
人違いに違いない。どうして節雄が殺人の被害者になるはずがない。
しかし、確かに節雄だと聞いたとき、私の脳裏は真っ白になり、倒れそうになったのを、現在の主人が後ろから支えてくれました。
犯人は警察の予想通りの人物ー龍太でした。
未成年にも関わらず、容疑者扱いされた龍太は、マスメディアで卒業アルバムの目隠し写真を載せられていました。
当時十九歳の無職少年、外国人の両親をもち、小さいときから無口ないじめられっ子、高校は定時制に行ったが傷害事件を起こして中退し、バイトもクビになり、人生に希望を見いだせなかったときに、地元の公園で節雄と知り合ったのだった。
節雄が公園でバスケットボールの練習をしているとき、龍太が声をかけてきました。最初は牛丼をおごったり、ゲームの話をしたりして、友達関係を築いていました。しかし、節雄が龍太の指示で万引きを断ったとき、龍太は節雄の左目を殴りました。
節雄の左目は、大きなあざができて腫れあがっていました。
私が問いただしても、転んだというだけで真実を話そうとはしませんでした。
その裏には、龍太のひどい暴力があったからです。
節雄は、私に余計な心配をかけたくないという思いがあったからでしょう」
淡々として語る節奈ママの話に、僕は思わずため息をついた。
島出身の世間知らずの純朴な少年が、都会に生息している行き場のない狼にひっかかるというのはよくある話である。
しかし、節雄には親がいて、守ってくれるべき学校や友達もいて、児童相談所などの機関もある。
なぜ、節雄は自分だけの胸にしまっておいたのか。
節雄の左目にある大きなあざをみた、節雄の友人たちは龍太に「あやまれ」と謝罪を強要したそうです。
龍太は、節雄に「すみません」と謝った。
しかし、それが節雄への殺人という引き金になろうとは誰もが予想していなかったことだった。
節雄が、不登校になって一か月たった頃の夜中、私が振り切るのをさえぎって龍太に呼ばれるままに出かけていった。
あとから報道された話によると、龍太はまず節雄を全裸にして川で泳がせ、そのあとで結束テープでくくりつけ、ナイフでなんと体中を四十回も切りつけたのです。
私はそれを聞いたとき、気が狂いそうになりました。
このことは、節雄の実父である元の主人も同じ気持ちだったといいます」
僕は思わず耳を覆いたくなった。
どうしてこんなひどいことをするのだろう。龍太は、人気者だった節雄をねたんでいたのだろうか。それとも、いじめられっ子だった龍太は、節雄の味方から命を狙われるとでも思ったのだろうか?
被害妄想的思想で殺される前に、殺してやれとでも思ったのだろうか?
僕には明確なことがわかる筈もない。
ただひとつ言えることは、龍太は生きる希望がなかったのではないだろうか?
バイトはクビになり、勉強しようとする意欲もない。
しかし、龍太の義理の父親は龍太の犯行を否定していた。まあ、世間体もあったのだろうが。
犯罪の加害者家族というのは、苦労を負うべき宿命である。
節奈ママは、顔をあげて言った。
「龍太は少年院を出たあと、すぐ刃物で刺殺されたというわ。
犯人は、不労就労の外国人で麻薬中毒だったらしい」
」
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