第3話
日曜日。親友の涼香と遊んでいる最中に、何気なく話を振ってみた。
「最近BL系のドラマが流行ってるじゃん? 涼香は同性愛とか、アリ?」
「んー、本人たちがいいならいんじゃない? わたしはどうしたって女は恋愛対象にならんけど」
「そーなんだ。涼香はイケメンにしか興味ないし、そういうの嫌がるかと思ってた」
「そ? でも同性同士の恋愛って大変そうだよね。令和とはいえさ、まだいろんな弊害がありそうじゃん?」
「……偏見とか、差別とか、法とか?」
「そーそー。よっぽど相手のことを好きじゃないと、続かなそうだとは思う」
世間には、明言はされない常識っていうか、テンプレがあることを知っている。
あたしだって、これまで「女だから」「ギャルだから」って、いろんなところでレッテルを貼られてきた。
こうして親友にハッキリと口にしてもらったことで、明確にわかった。
「好き」を知りたいだけだったのに、あたしが足を踏み入れようとしている世界は、大きな覚悟が必要だということが。
先生のことを思い浮かべる。一歩を踏み出すその勇気を、あたしは持てるのだろうか。
☆
月曜日の補習が終わった後、真っ先に聞かずにはいられなかった。
「先生、デートはどうだった?」
先生の表情からは、上手くいったかどうかの判別は難しい。
「いい人だったと、思います。ですが……」
言葉選びに悩んでいるように見えた先生は、あたしの目を見つめて申し訳なさそうに告げた。
「本来の目的を考えると、失敗でした。いろいろ協力してくれたのに、すみません」
『好きという気持ちを知る』という、最大にして唯一の目的が達成されなかった先生の返答を聞いて、あたしは落胆と安堵の両方の気持ちを抱いていた。
落胆はわかる。だってあたしも、人を好きになるってどういうことか知りたかったから。
でも、安堵はどうして? よくわかんない。……わかんないフリかもしれないけれど。
「そっか。楽しくなかった?」
「楽しさで判断するのなら、上原さんと話しているときの方が楽しいと思えました」
心臓が跳ねた。――急に、そういうことを言うのはやめてほしい。先生は絶対深い意味で言ったわけじゃない。
わかってるのに、こんなに気持ちが揺れるのは、先生があたしにキスしたからだ。
あれはなんだったの? 先生は誰にでもああいうことするの? ねえ、教えてよ。
動揺しているのを悟られたくなくて、あたしは顔に出さないよう努めながら笑う。
「ありがと。……ほんと、“好き”って一体、なんなんだろうね?」
その人のことが気になって仕方がないっていうのは、好きってことになるのかな。
口にしたら本当に認めざるを得なくなりそうで、怖くてできなかった。
「上原さんは質問が多いですよね。たまには、私からもいいですか?」
ドキッとした。先生があたしに興味を持つなんて、思ってなかったからだ。
「い、いいよ。何?」
「上原さんは私のことが好きなんですか?」
無垢な瞳であたしを見る先生から発せられたのは、あまりにも予想外で、あまりにも直球な質問だった。
「ちっ……違うし。いや、先生としては好きだけど。話しやすいし」
言い訳っぽくなっていることに気づいて、なんだか後ろめたくて目を逸らしてしまった。
「そうですか。教師として好ましく思われているのであれば、よかったです」
その「よかった」は言葉通りの意味なのか、「恋心を抱かれていなくてよかった」なのか、あたしには判断ができなかった。
教壇に立つ先生と、座って授業を受けるあたし。距離を挟んで対峙するあたしたちの間には、目には見えない境界線が引かれている。それはもちろん教師と生徒という立場であったり、年齢差だったり、同性同士……だったり、いろんな要素が絡まった複雑な線だ。
隔たりが大きいほど面倒になるそいつを前に、あたしは立ちすくんでいた。
☆
勉強に身が入らない。意味もなく溜息が増えた。友達と遊んでいるときも、気持ちが乗らない。ぜんぶ、先生のせいだった。
先生のことを考える時間が増えれば増えるほど、あたしは自分を見失っていく気がして怖かった。どうして、先生に触れたいと思うのか。……触れてほしいと、思うのか。
いや、あたしはきっとその答えを知っている。でも、気づいちゃいけないんじゃないかって、自分の気持ちから顔を背けているだけ。だって、それを認めてしまったら、あたし――止まれなくなってしまう。
クラスには三十人の生徒がいる。
あたしたちは皆例外なく戸籍上必ず父親と母親がいて、大多数は両親のセックスを経てこの世に生まれて、ここにいる。
そう考えると、世の中はやはり異性愛者が大多数を占めるわけで。
そう考えると……あたしは、自分が異端者のように思えてしまうのだ。
でも、異端者だと思うこと自体が古いのかも。だって今のご時世、自分から扉を開けばなんだって選択できるのだから。
だから、単純にあたしは――まだ、覚悟が足りていない。
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