第8話 物を食べるって幸せな事だったんだ

 少し転寝をしていたらしく、随分と寝起きだというのに脳がすっきりしていて心地が良い。固い地面に転がって寝る事に慣れており、起床時身体に痛みは感じないのだけれど、ふかふかの干し草に埋もれて眠ると身体のコンディションが全く違うんだな、と感慨深げに首肯しながら体を起こす。

 外はまだ辛うじて陽が闇に勝利しているらしく、灯の光が無くとも遠景を見渡せる。開けっ放しの扉から外へ出ると腹が異音を発し、僕にすっかり忘れていた飢えを伝えてくる。そういえば今日は朝餉に果物を摘まんだきり何も食べていない。

 テーブルの上に果物はあれど数が少ない。せっせと採取したものは沢山食べるには不向きのクラッハの実やハーブ類が多いので今日の夕餉にしてしまうと明日の朝に困るだろう。まぁ無ければガッジーラが補充に走ってくれるだろうが、自分でできる事はできるだけ自分でやりたい。周りを見渡すと果物の木がたわわに実を実らせている。

「よし、採取に戻ろう!」

 誰に言うともなく呟いている姿は傍から見れば危ない人に見えるかもしれないな。しかしここには僕のほかには…

 …とぼんやりしているとフサフサの身体が足元に毛を擦り付けるとうにくるくると回り、自分の存在アピールに予断が無い。

「はは、そうだね、ライガが居るね。果物とりにいこう。ついておいで!」

「はいなのです~♡」

 言うや否や僕の足は草木の地を飛ぶように踏みしめていた。


 ログハウスが見えるエリアにはアボリの実は少なく、件の湖もどきの近くにサーボの実が成っていたがまだ青く、どうみてもまだ食べ頃ではなさそうだ。ライガを傍らに僕は小さな足を交互に動かし、随分と歩きまわり、アボリの実の他、ライガが教えてくれた見た事がない果物?を多くの種類を採取した。ヘビイチゴみたいなベリーの実もあるので明日天日干ししてみようかな。他にもドライフルーツを作っても良いかもしれない。地球と同じなら甘い果物から水分を抜いたら糖度が凝縮して甘味も増すだろう。塩っ気も欲しいが甘味も欲しいのだ。

 陽が傾いてきたのでそろそろ戻らねば。薪用の枝葉も随分拾ったので今日の分は事足りるだろう。う~ん、と両手を天井?の日暮れの紫がかった空へ伸ばすと背中が丁度良い位に伸びて随分と気分が良い。小さな体でも腰を屈める動作が長いと疲労はそれなりに蓄積される。左右の肩に首を曲げるとポキポキ、と小気味よい音が鳴り、そのまま首を回しているとライガから突然声が発せられる。

『ご主人さま、きます』

「来ます?何が……………あっ?」

 いきなり『きます』と言われても脳内が危険を十二分に察するのはまだ僕にはできない。ベテランの冒険者となれば一を知って十を知るのだろうがまだ産まれて7か月の僕には無理というもの。警戒が遅れた僕が目にしたのはすぐ目の前に迫った砂埃。

 砂埃の原因は中心の黒い影。

「あれはー…獣…?」

 意外と小さな影だったので少し油断していたが近づくにつれてその影の様子が変化していく。

「で、でかい…ッ、イノシシ?!」

『ブラッドリーボア、マスター個体。強靭な後ろ脚から得られる蹴りのチカラで土を吹き飛ばし、獲物の視界を奪い突進する。急所はアッパーノーズ。鼻と額の間です』

「れ、冷静に言うけど、あのイノシシ、トラック位の大きさあるんですけど!!」

 目前に猪突猛進するトラックに轢かれたら僕また異世界転生するのかな?トラックに轢かれて転生までがテンプレって聞くし…って遠い目をしている場合じゃない。

 唯一の武器のナイフを片手にするも両脚が小刻みに震える。鼻の上って言ったって僕の身長の三~四倍くらい上にあるのにどうやってその急所に辿り着けというのか。

『エアウォークをお使いください。空を歩くイメージで』

 ライガのアドバイスに従うしか無い僕は半信半疑で目の前に見えない階段があるイメージを描くと震える前足を奮い立たせて持ち上げ…

「わっ、階段がある!」

 前足が宙に浮き、見えない何かを踏みしめている。それならば、ともう片方の足を階段を登るように動かすとまた一段何かを踏みしめた。これならいけるかもしれない。僕は夢中で見えぬ階段を登り、ブラッドリーボアを階下に見下ろし…そして走りくるボアに向かって飛びかか…る前に冷静になる。

 これ、このまま空中待機であのイノシシが通り過ぎるのを待つのでいいんじゃないか?などと考えた刹那、足元が崩れ僕は自然落下を始めた。

「う、うわああああああああああああああああああ」

 手にしたナイフにチカラが籠り、握りしめながら落下していく僕は迫りくるイノシシ、ブラッドリーボアの赤い瞳孔と目があい、そして次の瞬間ボアの顔の両唇脇に生えた鋭い牙の間に体を打ち付けた。

『主さま、集中力切れると効果が途切れます』

「大事なこと、先に言ってよー---------!」

 ゴキッ、と嫌な音がしたが痛みは感じない。振り落とされたら踏み潰される、と必死にボアの固い毛を握り落とされないようにしたが

左程時も経たずゆっくりとブラッドリーボアの身体が地に沈んだ。

『経験値18000獲得。LvUP、体力UP、力強化4レベルUP、エアウォークLv1獲得、ナイフ修練Lv10獲得、ステータスを表示しますか』

 お願い、と頼むとステータスのボードが現れた。


《ステータス》

名称:なし  種族:不明 年齢:7か月

レベル:47 体力:1430 魔力∞ 筋力:C

職業:なし 

スキル

鑑定Lv3 空間魔法Lv10(マジックボックス)∞威圧Lv10 力強化Lv8 転移Lv1

火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv1 土魔法Lv1 雷魔法Lv1 聖魔法Lv10 暗黒魔法Lv10

使役魔法Lv10(ドラゴニュート)言語翻訳Lv10 暗視Lv1 エアウォークLv1 ナイフ修練Lv10

アナライズLv2(魔獣ライガ)

加護

創世神の加護 古龍の加護


レベルが34から一気に47、13も上がり、体力に至っては4桁に。たった一度の戦闘でこれはチートが過ぎないだろうか。あと筋力の項目が増えている。Cとはどれくらいなのだろう?比較対象が無いので分からない。

 僕が唸っていると悩みを察したライガが肩ごしに顔を擦り付けて甘えたような動作を見せる。可愛すぎる。

『マスター個体だったので経験値が高いです。普通のブラッドリーボアでしたら経験値は1500位でしょう。この階層では一番弱い魔獣ですのでエサを求めて突進したのでしょう。敵の力量も分からぬ愚かな個体なのです~』

 えっ、ちょっと待って、この獣が一番ここでは弱いって?…えーっと…

 倒れたブラッドリーボアの身体から降りるとアナライザーライガが特定の部位を赤でマーキング表示してきた。そこに刃を埋め、血抜きをしろと言う。指定したポイントをナイフで抉ると岸壁にあたった津波さながらの勢いの血を浴びてしまい、あまりの血生臭さに暫く鼻が利かなかったのは言うまでもない。

「まさか引っ張り上げられるなんて」

 ブラッドリーボアの尻尾は蛇のように長くて太く、エアウォークで宙に浮き、近くの大木の太枝にその尻尾を括り付けて少し力を入れただけでトラックの大きさのブラッドリーベアの身体を軽々と持ち上げる事ができた。

 まだ勢いよく流れる血が木の元に血溜りを作りあげている間、僕はドボン、と湖に飛び込んで体に飛び散ったボアの血液を流した。唯一の腰巻きバスタオルも洗ったのだけれど残念ながらキレイには取れず、薄いピンクに染まってしまった。匂いもやはり取れずにとても悲しい結果に溜息をひとつ吐く。

「あーあ…洗濯機があればなぁ…キレイになったかもなのに。浄化とか魔法があれば便利そうなのにな~」

 呟いた途端、手にもったバスタオルごと自分の身体が一瞬薄い青に包まれて消えた。手にしたバスタオルは新品のように白く漂白され、身体からも嫌な臭いが消え失せた。嗅覚もしっかりと戻っていた。

『浄化Lv1を獲得しましたです~』

ライガがのほほんとした声でアナウンスしてきた。


 暫くしてログハウスの方から見慣れた影が近づいてきた。

「ほほう、良いサイズの獲物ですな」

 ビタンビタン、とガッジーラが吊られたボアの横腹を叩くと巨体がブラブラと激しく揺れて血が飛び散る。それを華麗な仕草で避けるガッジーラ、なにそれかっこいいい。

「良い機会ですな、解体方法を指南進ぜよう」

「ひっ!」

「ここからこの肛門までの腹をー…」

 僕の身体はまた血に塗れて浄化魔法を使う羽目になったのは言うまでもない。

大きな体から出た食べられない部位の臓物などを目を若干背けつつも覚えていくとライガの声で『解体Lv1を獲得しましたです~』と告げられた。

 

 《ステータス》

名称:なし  種族:不明 年齢:7か月

レベル:47 体力:1430 魔力∞ 筋力:C

職業:なし 

スキル

鑑定Lv3 空間魔法Lv10(マジックボックス)∞威圧Lv10 力強化Lv8 転移Lv1

火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv1 土魔法Lv1 雷魔法Lv1 聖魔法Lv10 暗黒魔法Lv10

使役魔法Lv10(ドラゴニュート)言語翻訳Lv10 暗視Lv1 エアウォークLv1 ナイフ修練Lv10 浄化Lv1 解体Lv1

アナライズLv2(魔獣ライガ)

加護

創世神の加護 古龍の加護


「さて、我はこの獲物を川に沈めてくる故、主殿は休んでいてくだされ」

「…うん…お願い」

 身を冷やして血抜きの〆をするそうだが、心身共に初めての狩りに僕が疲れ果てていたのを見て、ガッジーラはその作業からは僕を見逃してくれた。

 ベリーを幾つか口にいれつつ僕はログハウスへ足を向けた。

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