第7話 ダンジョンってこんな感じでしたっけ?
成人が一人通れる幅位しかない狭くて薄暗い階段が続き、カツンカツン、ぺた、ぺた、と爪が地面を削る音と少し湿った足の裏が奏する音だけがやけに響く。目の前のドラゴニュート、ガッジーラは体がやや大きい為、背中を少し曲げ、窮屈そうにしながら階段を登っていく。そして僕はその後ろに続き、戦々恐々としている。
きっとこの通路の狭さはパーティーメンバー泣かせなのだろうな。通路が一人づつしか通れないという事は、攻略者も一人づつ降りなければならず、この狭い階段の出口で最強な魔獣に待ち伏せされていたら各個撃破のテンプレだ。非常に厳しい。このダンジョン、可也考えて作られているんじゃないか?…踏破させない様に…
自分の居た場所はきっとダンジョンを踏破した者達が身体を漸く休める事のできる休憩場、若しくは外への転送場…って待てよ。
僕はガッジーラに声をかける。
「ガッジーラ、あの場所が150階で最後の階なら、そこから地上への転移ゲート解かないの?」
前世?で散々読んだ転生ラノベお決まりのシチュエーションだ。勇者達、冒険者達がダンジョンをクリアしたあと、ダンジョンを構成するダンジョン・コアを叩き割ったり魔法陣に乗ったりして地上に一気に戻るアレ。なぜ僕は今149階に向っているのだろう?物語のようなチートは存在しないのだろうか。
振り向くには狭すぎる通路の為、ガッジーラは足だけ止めて僕に返事を返す。
「…最奥階層を守護する古龍が存在を消してから数百年…我がまだ年端もゆかぬ小童の頃でしたか。正統な守護者無くして機能は存在せぬと聞き及んでおります故、魔法陣が作動しませぬ。さすれば一階ずつ上がらねばならず」
「…そっか、古龍…あの骨のドラゴンが150階のボスで、ボスが不在だから倒す事ができなくて地上への魔法陣が開かないと…んー、そっかそっか」
”おいおい神様、やっぱりハードモード過ぎないですか?あの優しそうな微笑みは作り物ですか?Sですか?今意地の悪い顔で笑いながら僕を見てませんか?”
と愚痴りたくなる位、転生した僕の今の状況は楽観視できない。絶対普通じゃない。悪意さえ感じてしまう、と僕は感じ、眉間に皺を寄せる。しかし今は案内役であるガッジーラについていく事しかできない。
階を経るごとに敵が手強くなっていくのがダンジョンの常であるとしたら、僕たちが今から向かっている階層は確実に”最強階層”だ。武器はツルで腰に括り付けたドラゴンの牙。牙の根元にツルを巻き付けて持ち手可能にした粗末なもの。
防具は腰に巻き付けた布団代わりのバスタオルみたいな布のみ。でかいので身体に巻き付けて胸の上と腰の二か所をツルで編んだ紐で縛ってあるだけの、これまた
”ぬののふく”よりも性能なさそうなもの。そして靴なんてないので裸足。
この状態で挑む最終ダンジョン階って”なにもう死ぬの?早かったな僕の人生”って
達観しちゃいそうな精神状態だよ。
薄暗かった階段に少しづつ前方から光が差し込んでくる。ああ、僕の人生の最終地が近づいてくる。
「まぶっ…」
ステータスを信じるとこの世界に生まれて七か月間暗闇で暮らしていた僕は
地平が見えない位の草原地帯に足を踏み入れた。眩しくて白みがかった視界は徐々に晴れて149階の様子を映し出した。
空には雲が流れ、二つの太陽が地面を照らし、適度に木々が生き生きを葉を広げ、実を育てている。
「あっ!アボリの実!」
150階層へ続く階段に程近い場所に生えている一メートル位の木?草?に鈴蘭の花のように実が数珠つなぎに生り、まるで収穫前に垂れている稲穂のようだ。形が
リンゴに似ていたので木に生っているのだろうと思ったのに予想外。そしてその近くの木にはサーボの実がたわわに実り、クラッハの赤い小さな実が草原の雑草に紛れるように隠れ実っている。
「ね、これ、食べれるよね?」
『ご主人~いつも食べてた実だよ~沢山集めておくと良いよ~マジックボックスは時間の概念を止めてあるからいつでも新鮮だよ~』
僕の肩に乗っているもふもふライガが尻尾をパタパタ振りながら疑問にすぐさま答えてくれる。
果物?を摘み始めた僕に気づいてガッジーラが立ち止まり、僕に背を向けたまま辺りを監視するように地面を踏みしめている。
「主はその実がお好みなのですね。籠がすぐに空になっていました故」
「ずっと魚とか…魚介類だけじゃ飽きちゃうし、甘味は正義…ってもしかして?籠の中の実が復活してたのって…」
「我が毎日この草原で摘んでおりました。新鮮なものは美味い」
不思議な籠はあの出入口に寝転ぶドラゴンがせっせと毎日補充してくれていたのだ。あの実を食べ続けて僕の経験値はすくすく育っていったのだから感謝しかない。「ありがとう。それも知らず僕はただ毎日勝手に果物が沸く籠だと思い込んでいたよ。いつも採ってきてくれてありがとう」
「某の役目故。お気になさるな」
そういってガッジーラは顔だけ振り向き、口端を持ち上げ鋭利な牙を少し見せつけたのだった。
出入口近くに腰を据えて其処彼処に生っている食べられる実を採取していると異音が響きはじめ、驚いて顔をあげて辺りを見回す。
ズバーン、ギギギッ、ドゴーン、ズバババッツ、ギーッ、ドゴオォォン
「ら、ライガ、今の音何ッツ?!敵?!」
採取の間、草原で駆け回っていたアナライザーのライガが尻尾を揺らしながらビビリまくっている僕の胸に飛び込んできた。
「敵じゃあありませんよ~ご主人」
すぐに胸から飛び降りて首を傾げ僕に視線を合わせながら僕の周りをくるくると回りはじめた。うん、文句無しに可愛い。
敵では無いと言われたが、速攻150階への出入口に向かえるように僕は警戒を強めて回りの様子を見遣る。
すると自分の居場所より少し離れた先からモワモワと白煙が空に向けて伸び、そして風に促され棚引いている。しかも何カ所も。
恐る恐る足音を忍ばせ、白煙から死角になる大木にあった洞(うろ)に身を隠す事暫く。ズズズ、と何かを引き摺る音と共に物凄い数の木材を担いだガッジーラが戻ってきた。その姿にほっと胸を撫でおろし、洞から這い出し安堵の長い息を吐いた。
「ガッジーラ、何をしてるの?その木は?」
「夜までに拠点を作ろうと思いましてね」
どうみても木しか材料がない、しかも切り倒したばかりの木材とも言えない生木で何を作ろうというのか。テントを作ろうとしても屋根布さえないというのに。
大量の木を降ろすガッジーラの様子をぼんやり見ていると何やら意味の分からぬ音を発している。呪文かな?魔法を使うのか?と興味津々で草原に胡坐をかいたまま眺めていると次々と木がスパーンスパーンと小気味良い音と共に切断され、木材になっていく。そしてそれらは次々と宙を舞い、勝手に”組みあがっていく”
「うわ…ッ、すご、魔法マジぱねぇ」
左程時間もかからず木は勝手に組みあがり、あっという間に自分の目の前にログハウスが出現していた。
「内装を整えます故、今暫く時間を頂きたい」
「あっ、ど、どうぞどうぞ」
汗一つかかず…いやかいててもよく分からないか…のガッジーラに僕は手を振り、暫く近場を探索する事にした。
草原が広がって適度の木が生えている。雑草を踏みしめ歩き回る。時折小石が散らばって足の裏を攻撃してくるが、足の裏の皮が厚くなったのか痛みは全然感じない。これなら別に靴はいらなさそうだけれど、汚れはしっかりつく。目にはいった食べ物を採取しながら歩いていると小さな湖を発見した。湖というよりはオアシスの水たまりのような小さなもの。
近寄って湖面を覗き、自分の姿に驚いた。
泥だらけの手足、頭や顔にも汚れがこびりついている。薄灯りでは分からなかった溜まりまくった自分の汚れ。
「ああ…風呂入りたい…」
少し警戒しながら足先を湖につけると膝あたりで足裏の沈みが止まる。暫く付近を足先で探ってみたがどうやら自分の周囲の水位は低いようだ。
「洗おう!」
僕はバスタオルを湖の傍に脱ぎ捨ててドボン、と身体を水に浸した。太陽で温められていたのかそこまで冷たくもなく、ぬるい感じ。水に潜ってみると意外と水は澄んでおり、かなり遠くまで見通せる。残念ながら魚は居なさそうだ。
髪と身体を掌で何度も拭えども皮脂のべたつきが中々取れない。シャンプーって発明品は偉大なものだったんだな、と手に入らなくなって思う価値を思い知りながら妥協して水から上がる。無造作に置いていたバスタオルで身体と髪を拭くと吹き付ける風が心地よくて自然と瞼が閉じてくる。
バスタオルを畳みながら水面に映る自分を何気なく見る。
色が分からない所から色鮮やかな所へと移動した僕は”色のついた僕”を見る。
かなり色白な膚、北欧人のような膚色に耳先が可也長く伸びて尖っている。エルフという種族なのではないだろうか。この世界にエルフがいるならば、だけど。
髪の色は光を浴びて銀み強いプラチナーブロンド。所々影は薄っすらと紫がかり、ボサボサだけれど癖っ毛は少なくストレート。まだ幼いからなのか丸顔で頬がほんのり赤く、くっきり二重で赤味を帯びた紫水晶のような瞳の色をしている。
体つきは五歳児位でまだまだ幼いのだが、しっかりとジュニアがゾウさんしてるので立派な男児、だ。そして濡れたタオルは体に巻きたくないので腕に抱え、素っ裸ですぐ近くに見えるログハウスへと足を向けた。
ログハウスの近くの木の枝に濡れバスタオルとツルを編んだ腰ひもを巻き付けると数段の階段を登り、ログハウスの開けっ放しの扉から中を覗く。
簡素な作りだけれど、一階はリビング兼ダイニング兼キッチンなのだろう、手作りテーブルとイス。テーブルの上には果物の籠が置かれてある。二階には二台の充分に大きい木製ベッドが設えられて、どうやって乾かしたのか分からないカラカラに乾いた草が敷き詰められていた。流石にシーツはなかったけれど地面にただ寝っ転がっていた昨日とは全く雲泥の差の心地よさ。草に沈み込みながら僕はウトウトと眠りの淵へ引っ張られていったのは仕方がない事だと思った。
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