12月29日(2)

「ごめんねぇ。つい浮かれちゃって」


美月さんはパンと打った手をそのままこちらに向けて謝ってきた。


「まぁ、聞かれなくてもわかったがな!手を繋いで入ってこられちゃ誰だって見たらわかるさ!わけぇっていいなぁ。わしもあと40年くらい若かったら狙ってたかもな」


ガハガハと常連のおじさんは(本名は川田さんというらしい)笑いながら人の良さそうな目を細めた。


「40年若くてもダメですよ。凪沙は私のなので!!」


常連のおじさんもとい川田さんは細めた目を少し開いたが、また糸のように細くして大きくガハガハと笑った。


「いやぁ、涼ちゃん。凪沙ちゃんにゾッコンだな。その手を離さないようにしないと、すぐに横から掻っ攫われちゃうからな!狙ってる野郎はいっぱいいるだろ?」


涼ちゃんはムスッとして私に後ろから抱きついてきた。

野郎ではないけれど、結ちゃんのことを思い出したのかもしれない。


「それで、それで!!凪沙ちゃんはいつ泊まりにくるの?」

「え?泊まり?」


「だって結ちゃんとの試合に勝ったんでしょ?」


そんなことまで話していたとは思わなかった。後ろから抱きついている涼ちゃんの方を振り向くと、ますます不機嫌になっていた。


なんかドンドン不機嫌になっていくんだけど大丈夫かな……私は苦笑いを浮かべた。


「試合には勝ったけど……結との勝負には負けた」

「そうなの!?せっかく明日からお店も休みだから、休みの間に泊まりにきて欲しかったのに」


美月さんはすごく残念そうに落ち込んでいて、私に罪悪感が生まれそうになるけど、これは元々涼ちゃんが言ったことだしなぁと思い直した。


「せっかくですけど、またの機会で」


私は美月さんにニコリと微笑んだ。

それに涼ちゃんは、下心丸見えだったから美月さんがいる時に泊まりにいくのはなかなか勇気が入りそうだった。


「じゃあ、泊まりじゃなくて遊びになら来てくれる?」

「遊びにですか?」


「何もなくてつまらないかもしれないけれど、ご飯作っておもてなしさせてもらうわ」

「それいい!!凪沙!!来て!来て!」


抱きついて不機嫌オーラを放っていた涼ちゃんが、急に元気になり私をギュゥギュゥに抱きしめる。


「じゃあ、今度遊びに――」

「明日!」


「え?」

「明日来て?」


涼ちゃんが私の顔を覗き込んできた。抱きついた状態から横から覗き込まれると、頬に唇がつきそうなくらい近い。


「わ、わかったから……ちょっと離れて?近い……」

「ホントに?やった!」


そういうと近かった唇がそのまま私の頬にくっつき、ちゅっと小さく音を立ててすぐに離れていった。


「っちょ!?」


自分の母親と川田さんの前でなにを!?と驚いて、離れていった涼ちゃんを見るが、不機嫌が直ってニコニコと笑っているだけだった。


「全く……人前でなにしてるのよ……」

「わけぇっていいなあ!!!」


美月さんは呆れ顔で頭を抑えて、川田さんは“わしがあと60年若かったら……“などとガハガハ笑っている。川田さんは一体何歳なんだ。


私も唇があたった頬を手で押さえて、熱くなった顔を少し隠した。




喫茶みづきからの帰り道。

結局年末の挨拶のつもりで会いにいった美月さんには明日も会うことになった。涼ちゃんの家に行くのは泊まりに行く時になるのかななんて思っていたし、結ちゃんとの勝負に負けたからしばらく行くことはないのかなって思っていたのに、こんなすぐに涼ちゃんの家にお邪魔することになるとは予想外だった。


隣で上機嫌になった涼ちゃんが楽しそうに恋人繋ぎで繋いでいる手を前後へと振っている。


「嬉しそうだね?」


そんなに涼ちゃんの家に私が行くことが嬉しいのか不思議に思った。


「だって、明日も凪沙に会えるんだよ?嬉しいに決まってるじゃん」

「私が涼ちゃんの家に行く事が嬉しいんじゃなくて、会えることが嬉しいの?」


「そうだよ?今日そのまま別れちゃったら、次は来年になっちゃうのかな?って思ってたし」

「そっか……」


学校があれば学校ですぐに会いに行けるけど、長い休みの間はちゃんと涼ちゃんと会う約束をしなければ会えない。今年の冬休みは涼ちゃんとしっかりと予定を立てるのもいいかもしれない。


「それに凪沙に見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」


「そう!明日家に来てからのお楽しみってことで!」


そう言って涼ちゃんは私と繋いでいた手を持ち上げて私の手の甲にちゅっとキスをした。

手が柔らかい感触を捉えてピクッと反応をする。


今日は頬にキスをしてきたり、手にキスをしてきたり、ホントにあの時のキスがファーストキスだったのか疑いたくなるくらい涼ちゃんが手慣れているように感じる。


なんでこんなにも私をドキドキとさせる事ができるのか……こんなに私を好きだという気持ちを言葉で、行動で伝えてこれるのか、嬉しいんだけど……



――私はちょっと複雑だった。





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