12月29日(1)

「……ごめん。凪沙」


涼ちゃんが頭をポリポリとかいて謝ってきた。


「勝負に負けて、結に凪沙に近づくなとか、別れろとか言われたらと思ったら……取り乱しちゃって……かっこ悪いところ見せちゃったな……」


そういうと涼ちゃんは苦笑して視線をおとした。


「………結ちゃんとの勝負には負けちゃったかもしれないけど、試合はすごくかっこよかったよ?スリーポイントシュートっていうの?あんな遠くからゴールに入れるなんてすごかった!!」


涼ちゃんがバスケの試合をしているところを初めて見て、自由自在にボールを操ってゴールに入れている姿はかっこよかった。みんなに注目されてる中、フリースローでシュートしている姿は周りの女の子たちが沸いたほどだ。


「それにね。あんなに別れたくないって言って抱きしめられるのは…ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかったよ」

「凪沙……」


繋いでいた手を離し、涼ちゃんは私を抱きしめた。

頬にちゅっと音を立てると耳元に口を寄せてくる。


「大好きだよ。凪沙……」


心臓がドキッと跳ねた。こんなにも好きという気持ちが伝わってくる言い方をされた事がなかった。甘くて優しい気持ちが言葉に乗っている。抱きしめ方もさっきとは全然違って私を包み込むようにしている。


涼ちゃんは私の事がホントに好きなんだなって伝わってくる。


それが私は嬉しく感じている。私も涼ちゃんのことが好きなんだと体の中から溢れてくる。


「私も涼ちゃんのことが好きだよ。大好き」


ここが学校だということを忘れて、涼ちゃんの背中に腕を回し抱きしめた。私の気持ちがちゃんと伝わるように……


「あのさ、凪沙」

「ん?」


涼ちゃんが顔を上げて私と目を合わせた。


「私たちが付き合ってることは言いふらしたりはしないけど……学校では堂々としていたい」

「……うん」


「それに私と付き合っているんじゃないかって噂が広まれば、凪沙に告白してくるような人も減ると思うし……聞かれたら正直に答えたい」


真剣な瞳をさせて私の目を逸らさずに伝えてくる。


「……いいよ」


私も涼ちゃんとの関係を隠すような事はしたくなかった。


きっと誰かに知られたらあっという間に噂は広がるだろう。学校は噂好きな人が大勢いて、学校という小さな社会ではこういった恋愛がらみだとお昼頃には全校生徒に周知されているものだ。


ふふ。と私は思い出し笑いをしてしまう。涼ちゃんが真剣な表情から不思議そうな顔に変化した。


「?」

「2人でこうやって決める前に、涼ちゃんは結構堂々としてたなぁって思って。廊下でホテルの話しちゃうくらい」


「それは……」

「さすがにそういう話は人に話ちゃダメだよ?」


「し、しないよっ!!」


顔を真っ赤にさせながら私を抱きしめていた手を離して両手を振った。


「それじゃ、帰ろ?」


赤くした顔を片手で隠しながら私が差し出した手をもう片方の手で繋いだ。

恋人繋ぎにした手を繋いで、校門に2人で向かった。


校舎にはほとんど人が残っていないようだった。今年も残りわずかとなった今は部活動も年末年始の休みに入ったらしい。バスケ部も今日の試合が今年最後の部活動だと教えてもらっていた。


「凪沙、どこか寄って行かない?」


先程まで顔を赤くしていたのが、いつの間にか恋人繋ぎしている手を嬉しそうにブンブンと前、後と振って歩いていた涼ちゃんが私をニコニコと見つめてきた。


「どこか?」

「下校デートしよう?この間は結に邪魔されちゃったから今度こそ2人っきりで!どこか行きたいところある?」


前回付き合って初めてのデートは結ちゃんも一緒だった上に、勝負の話になってデートどころではなくなって、まだ2人きりでのデートというものをしていなかった。

2人きりのデートも魅力的ではあるけれど、私は寄りたいところがあった。


「喫茶みづきに行きたいかな」


ブンブンと振っていた手もピタリと止まり、涼ちゃんはあからさまに嫌な顔をした。


「それ以外で……」

「え……」


「それ以外でどこかないの!?」

「喫茶みづきに行きたいんだけど……今日でお店今年最後でしょ?明日から3日までお店お休みだし、美月さんに挨拶したいなって思って」


今日はバイトもなく来年までお店に行くことがない。お世話になった美月さんには挨拶くらいしておきたかった。


涼ちゃんはうーんと悩ましい顔をしたが、私がちょっと上目遣い気味にダメ?という顔をすると、わかったと言って了承してくれた。


「下校デートは来年までお預けか……」


涼ちゃんはちょっとしょぼくれた。




いつも難しい本を読んでいる常連のおじさんが楽しそうに美月さんと話をしている。お客はそのおじさん1人だけだった。


カランと音を立てて扉を開けると美月さんが振り返って笑顔を向けてくる。


「あら、凪沙ちゃんに涼。お帰りなさい」

「ただいま……」

「こんにちは」


「なに?どうしたの?試合負けたの?」


涼ちゃんの様子がおかしいことにいち早く気づいた美月さんは当然の質問をしてくる。


「試合は勝ったよ」

「おめでとう!……でも、勝ったのにどうしてそんな暗い顔してるのよ」


「だって……凪沙が……」

「あ、えっと……今年はもうお店に来ることがなかったので、挨拶しにきたんです」


「そうなの!?嬉しい!!やっぱり出来るお嫁さんね」


手をパンと打って嬉しそうに微笑んだ。さらっとお嫁さんとか常連のおじさんの前で言っちゃうなんてっと焦っていると常連のおじさんが話に入ってきた。


「涼ちゃんも可愛い子を捕まえたもんだな!人を見る目がある!!こりゃ美月さんも浮かれないはずないな!!」


ガハガハと大きく笑った。


どうやら常連のおじさんは私たちが付き合っていることを知っているらしい。




犯人は美月さんで確定である。


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