12月30日(1)

手鏡を見ながら前髪を整える。

ちょいちょいと指先を前髪に触れさせて、他に変なところがないか確かめてバッグに手鏡をしまった。ついでに携帯で時間を確かめると約束の時間の15分前。

少し早く着きすぎたかもしれない。


涼ちゃんが駅前まで迎えに来てくれるということで、喫茶みづきのある最寄り駅で待ち合わせということになった。


まぁ、あの涼ちゃんがここの駅で待ち合わせというはずはない。本当は私の家まで迎えに来るとか言い出してたんだけど……


わざわざ電車にまで乗って私の家まで来なくても大丈夫だからとなんとか言い聞かせた。


私的には涼ちゃんの家が近くにあるらしい喫茶みづきで待ち合わせでも良かったんだけれど、家まで迎えに来ると言っている人に納得させるのは大変だろうと思いやめた。


駅前の壁際に寄りながら携帯を見つつ涼ちゃんが来るのを待っていると、携帯を見つめていた視界の端に私に近づいてくる靴が見えた。


涼ちゃんが来たのかなと思い顔を上げてそちらを見ると、全く知らない人がニコリと微笑んで私に近づいてきた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは?」


清潔感のある大学生くらいの男の人が笑顔で話しかけてくる。


「待ち合わせですか?」

「まぁ、そうです……」


「僕も待ち合わせしてて、早く着きすぎちゃったんですよね。話し相手になってくれませんか?」

「はぁ……」


なんで私があなたの話し相手にならなければいけないのか、最近では携帯をいじって時間を潰すという手段もあるはずなのに、わざわざ私のところまで来て話し相手を求めるとか、話し相手なら私じゃなくて携帯で誰かと連絡を取ったら良いのに……


「待ち合わせの時間何時なんですか?」

「あと、10分くらいですかね……」


携帯で時間を確認しつつ答える。


「そうなんですね!僕もそのくらいなので丁度良かった。あ、そのキーホルダー知ってる!僕もこのスタンプ持ってるんですよ」


私のバッグについている涼ちゃんからもらったイケメンな猫のキーホルダーに男の人が手を伸ばした。

急に伸びてきた知らない人の手に驚いてキーホルダーを守るようにバッグを抱えた。


私の肩に誰かが手を置いて引き寄せられる。

驚いて振り返ると帽子を被った涼ちゃんが私に貼り付けたような笑顔を向けていた。


「お待たせ凪沙」

「りょうちゃ――」


私の言葉を遮るように涼ちゃんが私のすぐそばに立つ男の人へ視線を向けた。


「僕の彼女に何かようですか?」

「あ、彼氏と待ち合わせしてたの?いやーちょっと話し相手になってもらってただけで……」


帽子で顔がよく見えないようにしている涼ちゃんは、ボーイッシュな格好と合わさって彼氏として振る舞っている。


「じゃあ、もう用は済みましたね。失礼します」

「え、いや、あのー」


そういうと涼ちゃんは私の肩をグッと引き寄せて歩き始めた。男の人は呆気にとられた様子でこちらを見ていたが、話し相手がいなくなったからか携帯を取り出していた。最初から携帯でよかったじゃないか。


肩を抱いていた手は下ろされ、私と手を繋ぎしばらく無言で歩いて駅が見えなくなってきた頃ようやく涼ちゃんが口を開いた。


「もう少し早く家を出るべきだった……」

「え?」


「いや、やっぱり凪沙の家まで迎えに行った方が良かったかも」

「どうして?」


私が不思議に思って涼ちゃんを見上げると、眉を寄せてムッとした表情をしている。


「そういうところだよ!これだから天然は!」

「ええ!?何?」


何故か急に“天然“呼ばわり、涼ちゃんがはぁと息を吐いて片眉を上げた。


「あれ、ナンパだからね!?」

「え?ナンパ?あの人、話し相手になってくれって話しかけられただけだよ?」


「ナンパなの!!そうやって色々話していって、“すごく話しやすかったです。今度ご飯でも行きませんか?連絡先交換しましょう“みたいに話を振ってくるんだよ」

「そうなんだ……」


涼ちゃんはあの男の人の真似をしているのか声音まで変えて実演してくる。似てないけど……


「だから知らない人に声をかけられないようにして!気をつけてよ」

「え?それ難しくない?相手からくるんだよね?防げないよね?」


知らない人に声をかけられないようにするって難易度が高い。道を聞きたい人とか、落とした物を拾ってくれた人とかでも話しかけられないように防ぐなんて無理な話だ。


「だったら、今度から凪沙の家まで迎えに行く」

「いや、それもちょっと……」


夜の暗い帰り道ならまだしも、明るい時間帯まで涼ちゃんが迎えにきてくれるのはさすがにやりすぎだと思う。

それに今回はたまたま男の人に声をかけられただけで、そう何回もあるようなことでもない。


「凪沙……」


涼ちゃんが心配そうに私を見つめた。


「私、心配なんだよ。凪沙に何かあったらって……前も元彼に連れて行かれて……すごく不安だった……」


眉を八の字にさせて、黒い瞳は私のことが心配だと訴えてくる。

どうしてそこまで私の事を心配してくれるのか、まだ付き合ったばかりなのにどうしてそこまで私の事を好きでいてくれるのか。


「わかった。心配させてごめんね?」


キュッと繋いだ手が強く握られた。



――私は涼ちゃんの愛情が大きすぎて驚いている。

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