12月10日 Side涼2

ゆっくりと唇を離すと凪沙の色素の薄い茶色い瞳と目が合った。


理性…理性……理性!!!


凪沙が巻いているマフラーで凪沙の口を隠した。

また吸い寄せられてしまいそうな気持ちを何とか耐える。


凪沙の瞳が柔らかく細められた。


「なぁに?涼ちゃん。私、ちゃんと涼ちゃんの事意識してるよ?」

「うん……」


そうなんだけど……そうじゃない。

凪沙を落とす為とか凪沙に意識してもらう為とか理由をつけて、ただ自分がしたいだけじゃないか……


繋いでいた手が離れていくのが寂しくて、大丈夫、嫌じゃないって言ってくれた凪沙に甘えている。


今も嫌なそぶりを見せないで笑いかけてくれる。


ほんと……勘違いしそうになる……



「ねぇ、涼ちゃん……」

「ん?」


凪沙の手首を掴んでいた私の手を凪沙が繋ぎ直した。

マフラーで半分隠れている赤く染まった頬がさらに赤みを増した気がする。


「……もう一回してって言ったら……嫌?」

「えぇ!!な、なんで!?」


「んーーー。…確認?」


「なんの!?!?」


確認って何?しかも疑問系?何で?どうして!?


「いいの?嫌なの?ダメなの?どっちなの?」


凪沙は目をジトっと細めて見つめてきた。


「い、嫌じゃない。い、いいよ……」


じゃあ、と凪沙に手を伸ばそうとして止まった。


よくよく考えればココ……凪沙の家の前だ。

こんな場所でキスをしてもしも、もしも何かあったら……見られてしまったりしたら……


無言で凪沙の手を引っ張って人目がない路地裏に入った。

急に路地裏に連れてこられて驚いたようだったが、凪沙が静かに私を見つめてくる。


何だろう……自分からするのと、凪沙からお願いされてキスするのは何でこんなに昂まり方が違うんだろう……心臓はバクバクしてるし、凪沙の瞳に見つめられて私の理性が役に立たないポンコツに姿を変えようとしている。


ふーふーと緊張感から息が荒くなってくる。


「涼ちゃん?」

「……いい?」



「いいよ」



茶色い瞳が私を見つめ、キュッと凪沙が私の手を強く握った。

私の理性があっけなくポンコツに変身した。


凪沙の顎を優しく手で上を向かせて、チュゥと長めに唇を合わせた。


角度を変えながら啄むようにキスを繰り返す。



柔らかい……初めてキスした時も柔らかさと気持ちよさにいつの間にか夢中になってしまっていた。



凪沙の唇を食んだり、リップ音を響かせながら唇に吸い付いた。


「…ん……んっ……は…」


やばい。これ癖になる。

凪沙の口から漏れ出る吐息に、握られてる左手の温もり。


柔らかな髪を右手で撫でるとピクッと凪沙が反応した。


「んっ……」

「はぁ……」


目を開けると目の前の瞳は潤んで見える。

吸い込まれる瞳に抗うこともしないで、また唇に私のそれを当てに行く。


口を少し開けて、舌で凪沙の唇を舐めた。


「ま!!……ん…まって!」


手が強めに握られた。


顔を離すと眉を顰めた凪沙が私をジッと見つめる。


「…………あ」



またやりすぎた……



私の理性!!仕事しろぉぉ!!


私なにしようとした!?舌!?凪沙の唇を舐めたか!?自分のことだけど!ただのキスだけだったはずなのに深いキスしようとしてたか!?



「さすがに……それ以上は……」


凪沙の瞳が揺れて目を逸らされる。唇に手を当てて隠された。


「ご、ごめん。また……」

「私がお願いしたから……気にしないで……」


「う、うん。ほんとごめん……」



凪沙の家の前まで手を繋いで戻る。


今度こそ凪沙の手は離されてまた掴んだりとかはしない。

家に入っていくのを見送ってから、私は駅までの帰り道をずっと悶々としながら歩いた。



ポンコツめ。働け私の理性!!





喫茶みづき兼自宅の最寄り駅について改札を抜けた。


行きは凪沙がいるが帰りは完全に1人だった。

ゆっくりと歩みを進めると、1人の男が私に向かって歩いてきた。


見たことがあるような高身長な男は私に笑いかけながら手を上げた。


「涼。久しぶりだな」


「とう…さん?」


その男は私の実の父親だった。幼かったあの日、親は離婚して父親は家から出て行った。

それ以来全く姿を見せず、こうして顔合わせて話すのは何年ぶりだろうか……



幼かった頃の記憶が蘇ってくる。



――見て!テスト、クラスで1番だった!

――俺はもっと点数取れてた。もっと勉強しないと良い会社に入れないぞ



――リレーで1位取れたよ!!

――そんなの将来の役にたたない!勉強をしなさい!



――前より良い点取れたよ

――間違いがあるじゃないか。



あの頃どんなに頑張っても褒めてもらえたことは一度もなかった。



両親の言い争う声がする。


幼い私は2人の間に立って止めようとする。



――喧嘩しないで!……私、頑張って勉強するから……間違いなくすから……



私のせいで喧嘩していると思っていた幼い私は必死になって勉強をしていた。



――見て!!100点取ったよ!!

――…………



――父さんは?



家族がバラバラになった日。


幼い頃の私はどんなに頑張っても無駄なんだと思い知った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る